水際の少女たち
レジスタンス内戦に勝利した祭童たちはお台場で戦勝祝賀会をもよおす。
外の風に当たるために近くの砂浜に行く武士であった。
戦いが終ったあと、佐脇嬢が泣きながら前田犬に飛びついていた。
「会いたかったよー姉貴ぃ」
「おう、よしよし、祭童様がぶったおれたとき、ゴム弾で打たれた胸から命令書が出てきたそうなんだが、そこには、祭童様なき後は武士に天下を託すと書いてあったそうだ。それで、武士様が祭童様が気絶している間に、武士様のご命令で、私を牢獄から出してくださったってわけさ。まあ、私は一度だって理由なく人を殺したことはないがな。いつも相手が悪いから殺しただけだ」
「よかった、二度と会えないかとおもったよー」
いつもは気難しい佐脇嬢であったが、この時ばかりは姉の前田犬に甘えっぱなしだった。
前田犬は殺人の罪で無期懲役の判決を受け、牢獄に入っており、その時罰で額に犬という刺青を入れられてい「とtた。
武士の判断で釈放されたものの、その後、祭童の命令で、罰として今まであだ名だった前田犬が彼女の正式名称となった。その他の罪は、今回の戦いの勲功により恩赦されるおこととなった。
その後、有明のテレビ局の残骸を改築して作られたヤサブロー家の大広場で戦勝の祝勝会が開かれた。
主催は祭童であり、出資したのはカトリーヌの家の商家であったが、不思議と祭童もカトリーヌもいない。
いつも犬のように武士のあとをついてくるヒルダもいない。いるのは男たちばかりだ。
「おお、期待の英雄武士殿でござるか、お噂はかねがね聞いておりまするぞ」
声をかけてきたのは方月家の長男、方月広だった。その横に弟の捨阿弥もいる。
長男は武芸拙く廃嫡になった。今は、本人の望みで吉原方面軍の指揮をとっている。吉原には主だった戦略拠点はなく、敵が攻めてくる可能性も低い。同じ理由で弟の捨阿弥も近隣の千住軍の指揮官に任命されていた。弟は手癖が悪く、ひとのものを盗むので、先代から勘当され寺に入れられていたが人員不足のために還俗して軍に加わったのだ。どちらも癖がある人間であった。
「これはどうも」
あまり相手になりたくない武士は一応礼はしたが、スキをみて距離をとった。周囲を見ると、今回の戦いで大きな戦果をあげた佐久間盛、方月家では経済官僚として力をもっている祭童の叔父の方月敏などが笑談している。
女たちがいないと、けっこう武士が今まで接触していなかった男性も多数いることがわかった。
日頃周囲を女性に囲まれて生活していただけに男ばかりだとどうにもむさくるしい。年頃の女の子と一緒にいると甘い香りがする。その匂いがしない。すこし外の風に当たりたくて、武士は祝勝会場の外に出ようとした。
「お待ちください、殿方は外に出ることを禁止されております」
衛兵が止める。
「いや、すいません、トイレ」
「失礼しました」
衛兵が身を引く。
武士は海風に当たりたいと思って建物の外に出た。満月が明るく周囲を照らす。青白い世界が目の前に広がっていた。
海岸はすぐそばだ。武士はまっすぐ海岸まで歩いていく。その時である。
ザブンと音がする。誰か水に落ちた音だ。誰か酔っ払って海に落ちたかもしれないと思い、武士は慌てて砂浜まで走り出した。その時、目の前に裸体の少女たちの姿が移る。青白い月の光に照らされて、その白い素肌は輝いて見えた。
そのあまりの美しさに武士はただ、呆然と見つめながら立ち尽くしていた。
その中に祭童もいた。形のいい胸を露わにして冬の海からあがってくる。これは一体どうしたことだ。
「何者!」
真っ裸の甲賀長門が叫んで武士に走り夜。
「これはいかなることだ!男は外に出ることを禁じられていたはずだが!」
長門は武士の首筋に鋭いクナイをつきつける。
「ご、ごめんなさい、知らなかったもので」
武士の姿に気づき、際童は慌てて水の中に体をしずめる。
「きゃっ、男の人よ!」「いやっ」「みられちゃったー、もうお嫁にいけないでありますのんた~」
女たちが武士に気づいて騒ぎ出す。
目を怒らせて胸を隠しながらカトリーヌが走りよってくる。
「あなたって最低!」
バシン!
カトリーヌに平手で殴り飛ばされ武士はひっくり返った。
気がつけば、そこはテレビ局の残骸を改造したカトリーヌの屋敷の中だった。服を着た少女たちが武士の顔を覗きこんでいる。
「見損ないましたわ、武士殿」
カトリーヌが険しい表情で武士をにらみ付ける。
「いったい、何が何やらわからないんですが、なんで、こんな冬の最中に海で水泳なんかしてるんですか?」
「馬鹿め、水泳ではない!此度の戦で死んだ英霊の魂を慰めるためのミソギだ!」
千秋が怒鳴った。
「あ……はい……はい?」
武士は意味がわからなかった。
「まあ、よいではないか、武士は異邦人。知らぬでも無理からぬことだ。だが、もう一度同じ事をしたらそのそっ首叩き落すぞ、よいな」
祭童が満面の笑みを浮かべて武士の首に刀を突き付けた。
「しません!しません!絶対しません!」
武士は必死にクビを横に振った。
「祭童様、一大事にございます!」
そこに伝令が走りこんでくる。
「何事だ」
「都庁軍が約束どおり、台東区を都庁軍側に割譲せよと恫喝してきております」
「放置しておけ、それは前の元首が決めたことだ」
「お待ちください、前の元首は選挙で選出されました。このまま選挙をせず、公約も守らないとなると、アメリカが介入してくる恐れがあります」
カトリーヌが進言した。
「またか、今まで、その民主主義だとかアラブの春とかのせいで、どれだけの血が流れ、どれだけの都市が灰塵に帰し、世界中に難民があふれたと思っているのだ。そんな馬鹿なことをまた繰り返すというのか?」
そこにヤスケ・クルーグマンが進み出てくる。
「やってくるでしょう。一般大衆にとって戦争は災いですが、1%の金持ちにとっては金儲けの道具です。世界に難民があふれ、治安が悪くなればなるほど、世界の90%の富を独占する1%の人々は喜ぶでしょう」
「そんな馬鹿な!戦争が好きな奴などいるのか!」
「皆、自分が死ぬのはイヤです。しかし、モニターのむこうで貧乏人が何人死のうと、大金持ちにとってはアリを踏み潰したのと同じ事なのです」
「うーむ、ならば、カトリーヌ、ヤスケ、お前ら、なんとかアメリカと折衝してくれぬか。赤坂見付大虐殺など虚構なのだ。それは誰が見ても資料を見ればわかることだから、証拠を見せればアメリカも納得して引くであろう」
「かしこまりました」
カトリーヌは深々と頭をさげたが、ヤスケはクビをひねって沈黙した。
「どうした」
「知っていますか、かつてアルカイダもイラクのフセインもアメリカに対して友好的で、アメリカが大好きでした。それが……、いや、やめておきましょう。なんとかします」
ヤスケは深く頭をたれた。
都庁軍はレジスタンスから追放された元首が公約した通り、台東区を割譲するようレジスタンスを恫喝してくる。




