クレーム担当の太原さん
とある病院を訪れるユーベル・トート
目黒の桜並木が窓から見える病院。軍の駐屯地に隣接した病院にユーベル・トートは果物を入れたカゴをもって訪れた。
病院のベットの横の机にそのカゴをそっと置くユーベルトート。
「リンゴをむきましょうか禅師」
「もうしわけないね」
頭を丸坊主にした青年が微笑を浮かべた。
「禅師お体の具合はどうですか」
「放射線治療でなんとか持たせてはいるが、おかげさまで髪の毛は全部抜けてしまったよ」
「どうか長生きしてください、禅師からはまだ学ぶべきことが沢山あります」
「いや、私のような若輩者をそのように言ってくださって恐縮しますよ。私も少しでも長生きしてこの国を、この東京都をよくしていきたい。余命いくばくもないと知って得度して僧籍には入ったものの、まだ生へ執着がすてきれぬ」
青年はそう言いながら窓の外に視線を泳がせた。
「あれから、都庁のほうでは変わりないですか?」
「それが……」
「何か?」
「まず、ご存知と思いますが、レジスタンスにオタの暗黒面を使いこなす者がいます」
「ああ武士君か……。しかし、彼一人ならレジスタンスの内部分裂を誘うことと、経済的圧迫を加えることによって屈服させることも可能だ」
「その事です」
「どうしたんですか?」
「最近、伊賀者のちょう報員を大量に雇用したのはいいのですが、その中に服部平蔵という者がいます。その者が、海外から安い物資を大量に輸入することを都知事に進言しております。デフレを促進することによって、都知事の資産価値が上昇する。金持ちであればあるほど、暮らしやすい世の中になる。そう言って都知事を扇動しております」
「それで都知事は?」
「それが嘘なら都知事も平蔵を退けたでしょうが、実際にデフレが加速することによって物価は下がり、金持ちはより資産価値が上昇することにより裕福になりました。その具体的な数値を見せて、平蔵は都知事によりデフレを加速するよう訴えるとともに、緊縮財政を進言しております。財政支出を減らせば、デフレ加速によって都の資産も倍増する。そう言っております」
「そうですか、たしかに財政を緊縮すればよりデフレが促進し、大金持ちの資産は増える。それは事実です。しかし、外国から安い品物が関税障壁なしに入ってくれば、現在内乱状態で価格競争力が脆弱な日本の企業は軒並み競争に敗れて倒産する。そうすれば、結果的に我々全体が弱体化することになる。そのことを都知事に説明なさい」
「はい……しかし、都知事は、物価が安くなれば庶民の暮らしも楽になる。民間企業の競争により、より優秀な企業が生き残り、日本の国は強靭化すると都知事は信じて疑いません」
「勝つのは資本力がある企業でしょう。たとえ技術力があっても、資金力がない企業は倒産し、技術は海外に流出する。そうすれば益々日本は弱体化するでしょう。そうでなくても、開発投資を怠ったために技術力が低下し、庶民の生活は一部で戦国時代の頃のレベルまで後退している地域もある。なんとしても都知事を説得してください。わかったら、私の事はいいから、早く都庁に戻りなさい」
「はい、分かりました太原禅師」
ユーベル・トートは病室を出た。
太原はアンニュイな表情を浮かべながら外の景色を眺める。
「松平武士君か……秋葉原のバイトで一緒だったときは素直でいい子でしたが、今もあの時の純心な気持を失わないでほしいものですね」
太原はつぶやいた。
祭童が送り込んだ服部平蔵が都庁軍をじわじわと蝕んでゆく




