方月祭童処刑命令
このまま平和が訪れるかと思いきや、レジスタンス元首は突然都庁軍への領土割譲と祭童の処刑を約束してしまう。
九段坂の横にある神社へレジスタンス管理地区の元首の妻が訪れていた。今までに亡くなったレジスタンスの兵士の慰霊のためである。慰霊のために神社に参拝することは、国際慣習上タブーであった。
日本人はあくまでも観光で神社仏閣に訪れることはあっても、祈願や慰霊のために神社に参拝すると各国のメディアが報道し、口を極めて非難する状況だった。ましてや元首の妻がそのような事をすれば、欧米のマスコミのバッシングにさらされることは明らかであった。しかし、首相は公約どおり、妻を神社の参拝に向かわせた。
その事にミマサカ・フーバーは大喜びし、クロードを呼び出して、酒を酌み交わし涙を流して元首を賛美していた。
祭童は元首の選挙公約は口先だけであり、決して履行されることはないと予測していただけに、その予測は外れたことになる。しかし、誰もそれを責める者はなかった。ただ、レジスタンス全体で大喜びし、今はただ、敵対していた陣営の垣根を越えて酒を酌み交わし、街に繰り出してお祝いの歌を歌っていた。
武士は、元首の妻の護衛として一緒に神社に参拝することになった。
武士も心穏やかな気持となり笑顔で元首の妻を迎えた。しかし、元首の妻の表情は極めて厳しいものだった。
「ちっ、今日は銀座のブティックにお買い物にいく予定だったのに、なんでこんな辛気臭いところに来なきゃいけないのよ、ぺっ」
元首の妻は神社の敷地にツバを吐き捨てた。
「あっ」
思わず武士は声をあげてしまった。
「なによあんた」
元首の妻は武士の胸倉を掴みあげる。
「あんた、ここで見たことを話すんじゃないわよ。ほんとに、まったく、兵隊なんて教養がなくても他に就職できない、下谷とか上野のホームレスどもがなる職業でしょ、ああ気持わるい。こんなドブくさいところ早く立ち去りたいわ」
武士は元首の妻の発言を聞いて体中の血が逆流した。武士が愛した下谷の下町、浅草の遊園地、上野アメ横のチョコレートの叩き売り。武士の幼い頃からの思い出を全て否定された気がした。あの愛しい下町の思い出を。
「さ、参拝終り、終り、さ、帰るわよ」
元首の妻はそそくさと帰っていった。この事は、絶対にフーバー兄弟などには話せるものではなかった。武士ただ一人こころにしまっていればいいことだ。
しかし、事はそれで終らなかった。元首は突然、記者会見を開き、赤坂見付けで祭童軍が病院を襲って大量虐殺をおこなったという発言をし、その謝罪と賠償として、都庁軍からレズスタンスが奪った千住、吉原、下谷、浅草、上野などの地域を都庁軍に割譲し、責任者の方月祭童を処刑して、そのクビを都庁軍に差し出すと発表した。
レジスタンス内部は騒然となる。テレビから元首の発言、痛切な反省とお詫びの言葉が述べられている。
武士は何が起こったのかわからなかった。突然の元首の妻の神社への戦没兵士への慰霊参拝。それでも、今回不思議と海外のメディアはレジスタンスを非難しなかった。理由がわかった。これはガス抜きだ。レジスタンスの兵士たちを喜ばせ、都庁軍へ領土と祭童の命を差し出すための策謀にすぎなかったのだ。
武士は慌ててフーバーたちの駐屯している馬喰町に向かった。
兄弟に面会を求めると、兄のサダヒデフーバーが応対に出てきた。サダヒデはご機嫌だった。
「いやあ、さすが元首、本当に素晴らしい策略です。こうやって千住、下谷だけじゃなく元々レジスタンスの領地だった上野まで差し出すといえば、さすがに都庁軍も遠慮して祭童さんは処刑しなくてもいいですよ。と言ってくれるでしょう。そこは相手の思いやりに期待して大丈夫ですぞ!」
「何を甘いこと言ってるんですか、相手は絶対に祭童さんを処刑させようとしますよ。外交に友情や思いやりはない。ましてや、この前まで殺し合いしていた相手がそんな思いやりをもってくれるわけないでしょ、何を甘いこといってるんですか」
「いや、この条件を飲めば、都庁軍は永遠にレジスタンスを責めない、すべての武器は焼き捨てて放棄すると言っているんです。すばらしい元首様の遠慮深謀ではないですか、さすが元首様、すっばらしい!」
「そんな、武器を放棄するわけないでしょ!領土を割譲して祭童さんを処刑すれば、必ず都庁軍は攻めてくる。絶対に攻めてくる!」
「何をいってるんだ武士君、もっと相手の思いやりを信じないと、やってみなければわからないじゃないか」
「祭童さんを処刑したら二度と戻ってこないんですよ!」
「だからあ、それは相手が思いやりで、許してくれますよ」
「もういい!」
武士は大声で叫んだ。
「なんだ、何の騒ぎだ」
ミマサカ・フーバーが騒ぎを聞きつけて出てくる。
「ミマサカさん、あなたは今回の事に反対ですよね。だって、あれだけ強行に戦いを主張してたじゃないですか。あんな元首、追放してしまいましょう」
武士がそういうとミマサカは眉間に深いシワを寄せた。
「……そんな無責任な事言うなよ、あの新蔵様しか元首はいないんだよ、他に元首になれる人はいない。新蔵様でなければ、もっとひどい条件を出されてレジスタンスは滅亡していただろう」
「何いってるんですか!今まで団結して戦ってきたじゃないですか!何で急にそんな弱気になってるんですか!」
弱気と言われてミマサカはカッと顔を紅潮させる。
「弱気じゃねえよ!今まで新蔵様を元首にするため、俺たちがどれだけ頑張ったか知ってるのか?莫大なお金をかけ、家を一軒ずつまわって頭をさげ、デモを行い、声がかれるまで支援を訴え、雨の日も毎日ポスター貼りをし……」
「そんな……あなたたちは、今まで自分のしてきた努力が無駄になるのが惜しいから祭童さんを殺せっていうんですが、自分の領土を敵に売り渡すんですか?」
「だから、新蔵様じゃなかったら、もっとひどい事になってたって言ってるだろ。俺たちは皆殺しにされてた。でも、千住や下谷を都庁軍に割譲したら、都庁軍は全ての武器を捨てて、永遠の平和がこの東京に訪れるんだ。その上で新蔵閣下は、都庁軍を指揮下にいれ、大阪鬼神の会も従え、日本をまた統一国家にする野望をもちながら、いまは面従腹背しているだけなんだよ」
「嘘だ!あんな奴がそんな事考えているものか!あいつは、自分たちがいい物を食ったり、銀座で買い物する小銭がほしいがために、国を売ったんだ!俺たちが皆殺しにされても、あいつは俺たちを見殺しにする。
「新蔵閣下を侮辱するな!あの方は必ずこの日本を統一する、かけがえのない英雄なんだ!そして、日本を統一したら世界も征服する!、そう我々に内々に打ち明けてくれた!あ!」
そこまで言ってミマサカは口をつぐんだ。
「こ、これは誰にも言うなよ、新蔵閣下が俺たちだけに打ち明けた秘密なんだからな」
「うちあけませんよ、そんな世界征服なんて、やるわけないでしょ、日本が焼け野原になるのを横目で薄ら笑いを浮かべて眺めながら欧米に政治亡命するんですよ、あの人は、自分だけワイロでもらった多額の金をフトコロにつめこんでね!」
「絶対そんなことはない!新蔵閣下は約束してくれたんだ」
「公約を破って嘘をつき、敵に領土を割譲し、祭童さんを処刑する条約に署名した奴など信じられるか!」
武士はそうは吐き捨ててフーバー兄弟の下を立ち去った。
激怒した武士はフーバー兄弟に一緒に戦おうと訴えるが、驚くべきことに、
フーバー兄弟は、いままで自分たちが一所懸命応援して、一軒、一軒知り合いを
回って選挙運動して当選させた元首を否定することは、いままで自分が人生をかけてやってきたことの否定になるから、現実から目を背け、元首の売国行為を見て見ぬふりをして、妄想に浸り、きっと都庁軍の思いやりで祭童の命はゆるしてもらえるとお花畑な妄想に浸っていることがわかり、武士は愕然とする。




