外国人の目から見た日本
国人のヤスケが語ります。
武士は、レジスタンス内部での戦争を出来るだけ回避するよう動いていた。
しかし、フーバー兄弟の祭童への不満が強く、中々話しはまとまらなかった。なんとかクロードの仲介で弟のミマサカには会うことができたが、彼らが一番怒っているのは、黒人のヤスケ・クルーグマンのことであった。祭童がヤスケに建設財政を任せており、ヤスケは軍事施設ではなく、もっぱら道路を作っているという。
ミマサカの兄は公共事業は悪であり、道路を作ると景気が悪くなるという経済理論を信じており、ヤスケのような人物に建設事業を一任している祭童に強い不信感をもっているということだった。ヤスケ一人の問題であれば、ヤスケを解任すれば戦闘は回避できるかもしれない。そう思った武士は祭童に事情を話す前に、直接ヤスケに会って話しを聞くことにした。ヤスケが説得に応じて自ら建設担当を辞職すれば問題はそこで解決する。
ヤスケは豊洲の建設現場にいた。豊洲と有明間に橋を通し、荷車が通れるよう整備していたのだ。
「やあ、武士さん」
武士を見つけるとヤスケは屈託の無い笑顔で笑った。ヤスケは日本語のほか、英語、ドイツ語、フランス語など多言語を話すことができる聡明な人だった。この人なら説得すれば自ら建設担当を辞任してくれるのではないかと武士は期待した。
しかし、答えはNOだった。ヤスケは、フーバー兄弟の意見に従えば、戦争より多くの人が死ぬので辞職はできないといった。武士には意味がわからなかった。
「戦争しなければ人は死なないでしょう」
「それが間違いだというのです。戦争しなくてもデフレが促進し、不景気になれば職を失った人が餓死したり自殺したりします」
「それは自然死でしょう」
「ちがいます。デフレの促進と景気減速の相関関係はすでにデータでわかっています」
ヤスケはグラフを見せながら武士に説明したが武士はいまいち理解できなかった。
「それはそれとして、どうして道路なんて作っているんですか、道路を作ると借金が増えて不景気になるとフーバー兄弟は主張してますよ。私も学校の先生にそう習った記憶があります。道路を作れば作るほど国の借金が増えて不景気になると」
「それは事実ではありません。道路を整備するのは労働者一人当たりの生産性を向上するためにやっているのです。今、インフラ整備がまったくされておらず、馬車はあっても、馬車が通ることができる道がなく、人が担いでものを運搬しています。馬車を使えば、一人あたり、運搬できる量が格段に増えて一人当たりの収入も増えます。そうすればその人は金を浪費し、景気に貢献するでしょ?」
「フーバー兄弟にその話は聞きました。彼らは、今、戦争で人が死んで労働力が少ないので、外国から安い労働者を大量に入れれば、物価がさがり、物が安く買えて人々の生活は楽になると言っています。ヤスケはそれを邪魔して日本を破壊しようとしていると」
「それは違います。物価が安くなる、つまりデフレになると物が安くなりますね、それで困るのは物を売っている日本に住んでいる人たちでしょう。安い労働力が入ってくれば、現在、高い賃金で働いている一般の人たちは解雇され、職はすべて低賃金の外国人に奪われる。それが、祭童様がいつもいっている大金持ちによる民衆に対する搾取なんですよ。大金持ちの搾取っていったら、葉巻をくわえた金歯で金の手すりの杖を持った太った大金持ちがその杖でガシガシ労働者を殴ったりするイメージがあるでしょ?だから、現在にはそんな大金持ちによる労働者の搾取なんてないって一般の人たちは信じ込んでいるんですよ。でも、実際は外国人移民を大量に日本に入れ、デフレを促進すれば、日本人は職を失い、デフレが加速し、職を失った人たちは餓死したり、自殺したりする」
「でも、生活保護があるでしょ?」
「日本では日本人に対する生活保護の審査が厳しくて、おにぎり食べたいと書き残して餓死したような人が沢山いるじゃないですか。外国人に生活保護を支給しなければ人権派が糾弾し、役所の職員は家族の生命、特に子供さんの身に危険が及ぶことを恐れて、積極的に支給する。結果、外国人労働者はもっと低賃金で働いても生活が成り立つようになって、日本に前からいた労働者の職を奪うことになる。結局、これは大金持ちの経営者をより大金持ちにするためのシステムなんです」
「じゃあ、どうすればいいんですか、労働力がなかったら、みんな困るでしょ」
「だから一人当たりの労働生産性をあげるのです」
「どうやって?」
「たとえば、道路を作って、一人当たりが運べる量を増やす。運ぶ時間が短縮すれば工場労働者の待ち時間が少なくなり、効率的に生産が行え、生産力が向上する。一人当たりの運送料が増えれば、荷物あたりの単価が下がり、一人あたりの運搬車の賃金はあがるのに、依頼主の負担は下がります。ね、簡単な理屈でしょ?」
「何故、そんな簡単な理屈なら誰も思いつかなかったんですか?」
「誰でも思いつきますよ。実際、世界各国ではそうやって景気を回復させている。日本だけが頑なに公共事業を拒絶してその余ったお金を近隣諸国のODAとして支出して、そのお金が近隣諸国の道路建設に利用され、日本のお金で道路と工場が整備されたため、コストがかからず安い値段で商品を日本に輸出する。そして日本の企業が倒産して、日本は益々貧しくなる」
「どうしてそんな事に……」
「日本人は幼い頃から上から言われたことには疑問を持たずに服従するよう教育されている。そのほうが統治者にとって便利ですからね。私は日本の教育をうけていないので、他の国がやっているとおり、当たり前の事をやっているだけです」
「でも、そうやって近隣諸国を助けているから世界からは尊敬されているんですよね」
「まさか。日本は昔から日本の事を尊敬し、友好関係を切望してきたミャンマー、インド、インドネシア、パラオ、ベトナム、マレーシアなどの国は冷酷に突き放し、日本に敵対的な国にはもみ手をして莫大な金を貢いできた。そんな国が尊敬されるはずないでしょ。親切にすれば見殺しにし、敵対して脅せばいくらでも金を出す。そんな卑屈で卑劣な人間が身の回りにいたらあなたは尊敬しますか?」
「……」
「私は、この国を普通の国にしたいのです。だから建設担当は辞任しません。この国の教育を受け、それに疑問をもたない人たちがこの国の運営をしつづければ、いずれこの国は滅びるでしょう。私は、私を奴隷から解放してくれたこの国に感謝している。だから恨みを買ってでも、この国に尽くそうとしているのです」
ヤスケは優しい笑顔をみせた。
武士は胸がつまって何もいえなかった。
武士はずっと聞き役でした。




