老子の戦略論
ついに、老子の戦略論に深く切り込みます。
「ぼいん!ぼいん!ぼいん!」叫びながら朝比奈がバランスボールの上で飛び跳ねている。
その横でユーベルトートが携帯電話の向こうの相手に何ども頭を下げて謝罪している。
やる夫は都庁室の机に足を投げ出してふんぞり返っている。
「伊賀忍軍の上忍、ただいま到着しました」
都庁軍の将校が部屋の外から声をかけた。
「入れ」
やる夫が許可を出す。
「はっ」
都庁軍の将校と一緒に髪の毛が水色の無表情な女の子が入ってくる。
「お前、名前は」
「藤林長門。中学二年生」
抑揚のない声で藤林はつぶやいた。
「藤林とか迫力ねえっぺな、相手の忍者は甲賀長門って名乗ってんだろう、お前は伊賀長門って名乗れ。いいな」
「藤林長門。大事な事なので二度言いました」
「あ?」
やる夫は眉間に深いシワをよせる。
ユーベルトートが携帯電話を切る。
「この者は伊賀衆の中でも選りすぐりの切れ者です。他に代わる人材ではありません。なにとぞご容赦を」
「チッ、じゃあお前に預けるからもう俺の前に出すな」
「はい、ありがとうございます」
ユーベルトートはやる夫に深々と頭を下げたあと、藤林のところまで行く。
ユーベルトートが高身長で192センチほどあるのに対して、藤林の身長は153センチほど。
かなりの身長差があった。
藤林は自分の小指をなめる。それを自分の鼻に突っ込んで鼻くそをとった。それを親指でこそぎとって、親指とひとさしゆびで丸める。腕をせいいぱい伸ばしてユーベルトートにさしだす。
「鼻クソ……食べる?」
「食べません」
ユーベルトートは冷静に返した。
「気にしないで……この鼻くそはたぶん3人目だと思うから」
藤林は今日三回目にほじった鼻くそに人称をつけて話した。
藤林はユーベルトートを見上げる。
「ごめんなさい……ヘルメットをかぶっているからたべられないのね」
「ちがいます」
ユーベルトートは即答した。
藤林は鼻くそをピンと指ではじく。
ユーベルトートはすばやく後ろに飛びのき、手からオタソードを出す。
鼻くそはジュッと音を立てて灰になった。
その光景を藤林は冷静にみている。
横で朝比奈はそのやり取りをしばらく凝視していたが、飽きたのか、またバランスボールの上で飛び跳ねだした。
「ぼいん!ぼいん!ぼいん!」
「いきましょ」
藤林がそういって背をむけた。
「はい」
ユーベルトートが答てついてゆく。
「パソコン室にご案内します」
「いいわ、モバイルがあるから」
「無線は傍受されます。オンラインでお願いします」
「そう」
ユーベルトートは藤林の前に出てそのまま先に進んだ。
「こちらへ」
パソコン室に入ると、むさくるしい男がパソコンでシューティングゲームをしたり、動画を見ていたり、
タブレットで本を読んでいたりした。
「紹介しまそう」
「必要ないわ」
ユーベルトートの言葉を藤林がさえぎる。
「右からグラサン、中卒、ハゲで。以後そう名乗るように」
「何いってんのお譲ちゃん、俺シューティングゲームの世界チャンプだよ、実際の実弾で勝負してみる?」
サングラスをかけた若者が煽ってきた。
「いついく?場所は?実弾演習でいいわね」
「ちょ、ちょっとまってよ、誰も行くとか言ってねえし、こいつ頭おかしいわ」
サングラスの男は後ずさりした。
「おい、ちょっと待てよ、俺はちゃんと大学も行って、こうやって都庁で働いているエリートだぜ、つまんねえ言いがかりはやめろよ」
もう一人の図体のでかい男がコメカミに血管を浮き立たせてすごむ。
「中学卒業後高校中退、大学入学資格を取得するも、入学直後、授業についていけず、退学、その後、親の経営する
食料品店の配達を一日3時間やりながらネット投稿のオモシロ動画のアフェリートで小遣いを稼ぐ。あなたの経歴はこうね。最終学歴は中卒で間違いないわ」
「中卒じゃねーっつってんだろうが!」
「中卒でも有能なら関係ないわ、ここで採用されたのならエリートよ、中卒に誇りを持って働きなさい」
「くっ」
中卒は口ごもった。
「ハゲ」
藤林がよぶとハゲはけだるい表情で藤林を見た。
「あなたの仕事を見せてちょうだい」
「いいよ」
ハゲはブログとネット動画でレジスタンスの味方になりすまし、祭童を応援して弟の勝を侮辱するような
動画とブログを運営していた。
多数の信者をかかえており、祭童のファンのブログを見つけると、内紛を装い、言いがかりをつけて、
信者に襲撃させる。コメント欄に罵詈雑言を書き連ね、相手がイヤになってブログをやめてしまうまで続ける。
そうやって、祭童信者は頭がおかしいというイメージ操作をするやり方だ。
「くだらない」
藤林は吐き捨てるように言った。
「何がくだらないんだ」
「あなたはコメント欄で自分の主張を否定されると怒り出す。新自由主義を馬鹿にされると激怒する。
祭童は反グローバリストなのに、新自由主義者が祭童を褒め称えているのはおかしい。ゆえに、ネット掲示板では
お前は工作員と呼ばれ、嘲笑されている。動画もブログも全部やめて、最初からやり直せ」
「何言ってんだ、ここまで信者を集めるのにどれだけ時間と手間がかかったと思ってるんだ!ふざけんなよ!」
ハゲは藤林につっかかろうとするが、藤林はすばやく手からオタソードを出してハゲに突きつける。
「やるか、ここで死ぬか?」
「は……はい、わかりました」
ハゲはおとなしく席に着くと、すすり泣きながらブログと動画を削除した。
「いい、あなたたちに言っておくわ。敵に成りすますなら、絶対に自分の思想をさらけだしてはだめ。グラサン。あなたは最初、レジスタンスを褒め称える動画をUPして人気をあげて動画ランキング上位に上り詰めたけど、そのあと、都庁軍の行動に疑問を持つ者はレイシストだって動画あげて、一気に人気を落として都庁郡の工作員認定されてしまっているわね。そしたら今度は祭童支持派の人気動画ランカーのファンを揶揄して『俺たちレイシストは都庁軍の女をレイプして子供を虐殺して戦争を激化させてやるぜ、ぐへへとか言ってますもんね祭童信者って』という動画をあげて、
完全に工作員認定されている。実際に祭童の支持者がそんな言動をしているのならまだしも、そんな人間がまったくいないのに、そんな厭味を言ったら逆効果よ。結局、あの動画であなたは完全に工作員認定されてしまったわ。そうではなく、そこは、祭童信者になりすまして、祭童の思想を絶対的に信奉し、すこしでも規律を乱すものを口汚くののしり、『都庁側の住人を海にたたきこめー!』だとか『都庁側の人間を皆殺しにしろー!あなたたちが大嫌いです!あなたたち都庁側の人間を新宿大虐殺しますよ!』と罵倒すれば、祭童支持派の中の穏健派と過激派が対立して争いが起こるの。それが正しい工作というものよ。あなたたちがやったことは、都庁側が祭童側を分裂させようと、工作員をつかって動画をあげていると、祭童支持者に思わせただけだわ」
その指摘を受けてグラサンはいかにも不満そうな表情を顔に浮かべてそっぽをむいた。
「あなたに来ていただいてよかった。都庁側の情報戦略が根本的に間違っていた事実が露呈しました。こいつらが
使えないなら解雇して新しい人材に変えますがどうしましょう」
ユーベルトートが問う。
「できるだけ教育してみますわ。情報戦は才能があるか、才能がないか、頭がいいか、頭が悪いかではないのです。
柔軟性があるか、いかに状況にあわせて自分を変えられるか、円心如水です」
「老子ですね」
「はい、情報戦は循環と無形。OODAループによって情報をフィードバックし、相手にこちらの体制を把握させないように常に形態を変化させ続けることです。一度攻めれば、相手はこちらの攻撃の型を認識する。そうすれば、相手が聡明な敵であればあるほど、二度目は通用しない。一度成功したが故に二度目は必ず失敗するのです。よって、策謀は常に無形でならねばならぬ。それを成すために必要なことが柔軟性です。柔軟性させあれば、中卒でも学歴が
まったく無くても使える。かつて街亭の戦いにおいて字もろくに読めない副将王平は、正しい判断をしたが、高学歴で多くの兵法を読んでいる馬謖は王平の無学を侮り、その助言を無視して大敗したのです。
策謀を行うものはこの戦いの事を胸に刻まなければなりません」
「それでは、不足がある時はご遠慮なくお申し付けください」
「恐れ入ります」
ユーベルトート、藤林とも深々と頭をさげて礼をした。
ついに、謀略戦の開始です!




