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第六章(その二)





 屋敷の中は思ったよりも散らかってはいなかった。てっきりマサツナが子分を引き連れて乱入してきたと言っていたのだから、障子は破られ、床には足跡が付き、食器やら何やらが散乱しているものとあかねは予想していた。実際はところどころにネコが倒れているだけで、それはまあ、道ばたでひなたぼっこしているネコを普段見るようなものだ。


「ふざけるなあ!」


 いよいよ始まったらしい。廊下を歩くあかねの耳に、奥の客間の方角からカゲフサらしきネコの怒号が聞こえてきた。


「さっきから聞いていれば言いたい放題抜かしおって! 男なら爪と歯で勝負せんかい!」

「おうおう、元からない爪しまって欠けた歯を隠して子分の後ろで震えていた臆病モンがよく吠えるわ!」


 続いてマサツナのあくの強いだみ声も聞こえる。


「そんな風に吠えるのは犬だけじゃ! お前はネコじゃない。ただの飼い主に捨てられたみじめな野良犬じゃ!」

「相変わらず減らず口ばかり達者だなあお前は! 俺が怖いのか!? そうだろう? よく分かるぜ。そうやってこっちを挑発して、でかい風に見せて、強そうに格好つけているが、結局は俺が怖くて手が出せないだけなんだよお前はよお!」


 どうやらカゲフサも本性を出したようだ。あかねの前では慇懃無礼とばかりに敬語を使っていたが、恨み骨髄に徹したマサツナの前では何とも乱暴な口の利き方だ。


「なんじゃとおら! 上等じゃ!」

「ならさっさと覚悟決めて表出ろや!」


 そんなやり取りが繰り返されている。字面だけを見るならば、今にも客間の襖が蹴破られ、和服の肩を出した肌脱ぎの状態のカゲフサと、スーツのネクタイをはずして前を開けたマサツナとが、互いに睨み合いながら姿を現しそうなものである。けれども、いつまで経っても啖呵の応酬が繰り返されるだけで、一向に二人は表に出ることはない。


「あ~あ~もう、勝手に二人で盛り上がっちゃって」


 多分、二人とも口喧嘩は達者だけれども、本気になって相手に暴力を振るう覚悟はないのだろう。要するに見栄を張っているだけだ。あかねの言葉に緊張感がないのも、その見栄っ張りな部分が手に取るように伝わってくるからだ。

 いよいよあかねが客間へと近づいたその時だ。別の一室の襖が突然音を立てて開くなり、中から三匹の猫が転がるようにして飛び出してきた。実際に三匹のネコたちは廊下に着地するなりゴロゴロと転がり、続いてすっくと立ち上がるとあかねの前に立ちはだかる。


「待つニャ!」

「止まるニャ!」

「ストップニャ!」


 その顔と毛並みには見覚えがある。『きゃっとうぉーく』でバイトをしていた三匹のネコたちだ。確か面白い通称を自分たちで名乗っていたはずだ。


「あ、君たちは…………駅前組合の三馬鹿だっけ?」

「ニャー! 違うニャ!」


 失礼なあかねの勘違いに、一番前にいた一匹が背中の毛を逆立てて猛烈な抗議を開始する。


「バカじゃないニャ! バカって言う方がバカなのニャ!」

「三羽ガラスニャ! 羽はないし黒猫じゃないけどカラスなのニャ!」


 そういえばそうだった、とあかねは思い出す。この三匹の猫の内、黒猫は一匹もいない。せめてどれかが黒っぽいネコだったら、まだしもその色をよすがに連想できたかもしれないのだが。


「ごめんごめん。で、そこ通してくれる? 私は今から親分さんたちに一言言いたいことがあるんだけど」


 誰も傷つかない、平和的なあかねの提案は即却下される。


「ダメニャ! 今親分さんは向こうの親分さんと男と男の話し合いの真っ最中ニャ」

「誰も入れるなって言われてるニャ! 本当は加勢したいけれども親分さんがそう言うから我慢なのニャ」


 と、まあ、ここまでは親分の護衛として任じられた子分のネコらしい物言いである。しかし、ここからが違った。


「だから守役さんもおとなしくここで一緒に待つニャ。そこにお茶とお菓子があるニャ」


 三匹目のネコが肉球で部屋の奥を指す。つられてあかねがそちらを見ると、どうやらそこは子分たちが寝泊まりする部屋のようだ。

 万年床の周囲に、ネズミのおもちゃやら猫じゃらしやら将棋の駒やらが散らかっている。その真ん中にお盆が置かれ、上には湯飲みと煎餅が何枚か置かれていた。


「一緒に食べるニャ。そうするニャ」

「それもそうニャ」

「その方がずっといいニャ。楽しいニャン」


 たちまち三羽ガラスの闘争心は霧散し、あかねの足元で喉をゴロゴロと鳴らす。


「……お前たち、それはオイラたちが食べようとしたおやつニャ……」


 しかし、三匹の平和的な提案に異議を唱える者たちがいる。部屋の中で倒れて死んだふりをするネコたちだ。恐らく、ゆっくりとおやつを楽しもうとしていた矢先に奇襲を受け、お茶もお菓子もろくに味わえずに倒れていなければならなかったのだろう。


「勝手に食べちゃダメなのニャ……」

「恨むニャ……末代まで呪ってやるニャ……」


 ネコたちは眼を爛々と輝かせて、食い物の怨みは怖いということを体現しようと努力している。それだけ抗議しているにもかかわらず、どのネコも立ち上がろうとしない。喧嘩のルールは絶対の不文律としてどのネコたちにも叩き込まれているようだ。


「ニャニャニャ、やられ役が何か言っているニャ」

「無視ニャ無視。哀れなものニャ」


 三羽ガラスの内、最初の二匹は勝者の余裕で倒れたネコたちを鼻でせせら笑う。最後の一匹――あかねに一緒に待とうと提案したネコだ――は部屋に入ると、煎餅を一枚手に取った。器用に半分に割ると、片方をあかねに差し出す。


「はい。お煎餅ニャ。はんぶんこするニャ」


 食いしん坊のネコが、自分の分が減るにもかかわらず、ためらいなくあかねと分け合おうとするのだ。あかねの足元で煎餅を差し出すネコの目は、キラキラと輝いている。おまけに全身からは、金粉のようなオーラまで漂ってきた。あかねがそれを受け取り、一緒に楽しく待ってくれると信じきっている。

 しかし、まるで雨のそぼ降る日に段ボールに入った子ネコが「ボクを拾ってニャ」と目を潤ませてこちらを見上げているようなシチュエーションにもかかわらず、あかねはネコの提案を断った。


「気持ちは嬉しいけれど、駄目だよ。親分と親分の男の話し合いなら、そこに私も入れてもらわなきゃ」

「ニャ?」

「私は三枝あかね。代々守役としてこの鬼灯町を守ってきた一家の娘だもの。親分さんたちが組合のことを考えているのと同じくらい、私たちだって町のことを考えているんだ。だからここで、おとなしく待ってなんかいられない。私たちは私たちのやり方で、この喧嘩に仲裁を申し込むんだ」


 守役として模範的な言葉である。もし学校で「化外学」という科目があるならば、教科書の最初に序文として掲載したくなるような麗句である。しかし、そんなことをのたまうわりには、あかねにはやる気のない態度が目立ったのだが。寄り道はするし、居眠りはするし、あのハクメンに抱きつくし、まるで子どものお使いのような集中力のなさだ。


「そこまで言うのなら仕方ないニャ……」


 残念そうに、非常に、非常に残念そうに、そのネコは差し出した煎餅を引っ込めてうつむく。しかし、次の瞬間、きりっとした顔でネコはあかねを睨み据える。


「でも、ボクたちもここを死守する命令を受けているニャ!」


 続いて残りの二匹も叫ぶ。


「お姉さん、恨みはないけれどここでやられてもらうニャー!」

「さらばニャ! 骨は拾ってあげるニャー!」


 まるでゴムのボールが弾むようなリズミカルな動きで、三匹はあかねに向かって飛びかかる。たいした跳躍力だ。最高度はあかねの顔にまで届いている。だが、すかさずあかねはポケットに手を入れると、中から何かを取り出してネコにぶつける。


「はいマタタビ」

「ニャアン♪」

「ニャンニャン♪」

「ニャー♪」


 ぽとり、と三匹のネコは一瞬で脱力し、毛玉となってその場に転がる。全身を縮め、尻尾を体にくるりと巻き付け、手で顔に何かをぎゅっと押しつけ、至福そのものの表情で完全に戦意を喪失していた。


「そこでおとなしくしていてね」


 あかねが三匹にぶつけたのは、以前ハンゾーにあげたのと同じ、マタタビ入りのポーチの封を切ったものだった。その効果は推して知るべし。あれだけ闘争心に燃え、親分の命令を遵守していたネコたちも、ただの無力な毛玉である。三匹ともポーチに顔をうずめ、手でもみほぐし、舌で舐め、あかねの言葉さえも耳に届いていないようだ。

 三匹を踏み越えて先に進もうとしたあかねの足が、不意に止まった。先程の部屋の中から、毛玉となった三匹を倒れたネコたちが羨ましそうに見ていたのだ。


「うらやましいニャ……」

「すごく、いいニャア……」

「オイラたちも……マタタビ欲しいニャ……」

「はいおまけ」


 部屋の中にポーチを三つ投げ込んでさらに毛玉を量産し、あかねは満足げな顔でその場を後にした。



 ◆◇◆◇◆◇



「そこまでです!」


 襖を力一杯開いて、あかねは客間へと乗り込んだ。木製の枠に襖がぶつかり、派手な音を立てる。実は、あかねはこれをいっぺんやってみたかったのだ。だからなにがそこまでなのか分からないし、そんな風に乗り込む必要もないのだが、とにかくあかねは襖を思いっきり力任せに開くと客間に足を踏み入れる。


「あぁ!?」

「んん!?」


 喧々囂々けんけんごうごう侃々諤々かんかんがくがく、そういう試験に出てくる四文字熟語に使われそうな勢いで口論していたカゲフサとマサツナが、そろってあかねの方に首をねじる。


「いい加減にしてください! 大の大人のネコ、それも一つの組合の親分ともあろうものが子どもみたいに喧嘩して! もうこれで終わりです!」

「黙れこのガキが!」

「そうじゃ! 部外者は引っ込んでろ!」


 二人とも頭に血がのぼっていて、自分以外のすべてが敵に見えているようだ。だが、畏れ多くもハクメンより鬼灯町の化外たちを管理する役割を賜った三枝家の娘に対して、この無礼である。断固許すまじ。


「えい」


 あかねはなおも息巻く二人に、マタタビ入りのポーチをぶつけた。


「ニャアン♪」

「ニャアン♪」


 いかな化外のネコたちの親分であろうとも、マタタビの魅力にあらがえるはずがない。たちまちカゲフサとマサツナはだらしない顔になり、ポーチに頬ずりしながら畳の床に伏せてしまう。幼児退行した中年のおじさんがはいつくばっているのを見ているようで、微妙に気色悪い。

 しかしあかねはこれで容赦しない。続いてポケットから取り出したのは、あらゆる機能がこれ一台に集約されている携帯である。通話、メールのほかにも、カメラの機能があるのは周知の事実である。


「そして写真を撮ります」


 シャッターを切る電子音と共に、二人の親分の痴態がばっちりと保存されて画面に映った。携帯内部が汚染された気分がする。


「や、やめてくれっ!」

「何をするんじゃあ!」


 どうやら、自分たちが写真に撮られたことが分かったらしい。カゲフサとマサツナは驚いたことに、瞬時にポーチを放り出して立ち上がった。ネコのくせに驚異的な精神力である。口元にだらしなく流れるよだれを手で拭い、二人はあかねに迫る。


「待った、待ってくれ!」

「後生じゃ、それをこっちにくれっ!」

「嫌ですよ。冗談じゃないです」


 逃げるあかねをカゲフサとマサツナは追いかける。マサツナがあかねの背を追いつつ、カゲフサが微妙にあかねの進行方向に回り込もうとしてきた。こういう時だけは遺恨を捨て、ぴったりと息を合わせてくるから非常にたちが悪い。


「それっ」


 だが、こうなることは予測済みだ。あかねはカゲフサの手をひらりとかわし、障子を開けると携帯を中庭に向けて放り投げた。宙に舞うそれに、まるで図っていたかのように屋根の方から赤銅色の尾が伸びると、素早く巻き付いて上に引っ張り上げる。


「ナイスキャッチ、ノリト君」


 見事なタイミングに、あかねはサムズアップする。


「ほうほう、これはまたえぐいことするなあ、あかね」


 上を見上げるあかねと、屋根の上で背から尾を伸ばしているノリトの目とが合った。あらかじめあかねは屋敷に突入する前にノリトを呼び出し、作戦を伝えておいたのだ。


「仕方ないよ。自業自得。こうしないと話を聞いてもらえないからね」

「まったくだ。じゃあ、こいつは預からせてもらうからな」


 そう言うと、ノリトは足早に屋根を登って視界の外へと消えていく。これでよし。作戦通りに物事が運んでくれた。あかねは改めて、あ然としている二人に向き直る。


「さて、私の話を聞いてもらえないでしょうか? もし無視するようなら……」


 そこであかねは目を細めて、二人を睨む。どことなく、ヘビの化外を思わせる動作だ。


「今の写真をお二人の子分たち全員にばらまこうと思うんですけど、よろしいでしょうか?」


 脅迫めいた、いや、明らかな脅迫に、カゲフサとマサツナの尻尾の毛が一瞬竹箒のように逆立った。


「お返事は?」


 むしろ優しげなあかねの物言いに、一も二もなく二人はうなずく羽目になる。


「は、はい……」

「分かりました……」

「よろしいです」


 しおしおと、先程までの啖呵はどこへ行ったのか、しょぼんとした様子でカゲフサとマサツナは座卓の前に敷かれていた座布団に腰を下ろした。いったいこれからどうなるのだろう、といった不安な目つきであかねを見ている。


「さて、今回守役である私がここまで出向いたのは、お二人とお二人の率いる組合の喧嘩の仲裁に入るためです」


 ようやくだ。ようやく、これで抗争の解決の門口に立つことができた。あかねは頭をフル回転させて、二人の心に届くように腹の底から声を出す。


「率直に言って、こんな喧嘩は無意味です。どちらの理由も正当ですし、どちらの理由も不当です。譲り合うことが必要だと私は思います。違いますか?」


 しかし、そろそろ自分の痴態を写真に撮られるという衝撃から冷めてきたのか、カゲフサが座卓に肘を乗せて抗議してきた。


「も、守役さん。言わせてもらうが、これは俺とこいつの喧嘩だ。いくら守役と言えども、勝手にしゃしゃり出てきては困るぜ」


 そうなると、その尻馬に乗っかるのは当然マサツナだ。


「そうじゃ。男ってのはな、たとえ周りに迷惑かけるとわかっていても、退けない時があるんじゃ。お嬢ちゃん、そこのところ、分かってもらえんか?」


 驚くなかれ。先程まで殺し合わんばかりに言い争っていた二人の発言がこれである。まるで互いが互いを庇っているかのような協力体制だ。


「では、お二人はあくまでも、喧嘩は続けるということですか? あくまでも、新公園は自分のものであると主張なさるつもりですか?」

「おうよ。公園はもともと橋のこちら側にある場所だ。マサツナが欲しがること自体マサムネの親父の遺言に反しているんだぜ。俺たちが退く理由なんてない」

「なに言ってるんじゃ。公園を公平に分け合うように言い残したのはほかでもないマサムネ親父じゃ。お前のほうこそ遺言に反しているんじゃ。わしらこそ、退く理由なんてない」

「はッ! 盗人猛々しいとはこのことだな。まったく情けない。お前と一時の間でも兄弟だったことが恥ずかしいぜ」

「それはこっちのセリフじゃ。わしこそお前の兄貴だったことが恥ずかしくて仕方ないわ」

「嘘をつくな! 俺が兄だっただろうが。弟はお前だ!」

「ちーがーう! わしが兄貴じゃ! お前は弟も弟、末の弟じゃ!」

「なんだと!」

「なんじゃと!」


 所詮、協力体制は一時的なものに過ぎなかったようだ。あっという間にメッキは剥げ、再び互いの顔に唾を飛ばす口論が始まる。


「はいはいはいはい! 黙って黙って黙ってください!」


 つかみかからんばかりのカゲフサとマサツナを、あかねは押しとどめる。できることなら、座卓の上に立って二人の間に割って入りたいくらいだが、さすがに不作法すぎるので実際はしない。


「分かりました。お二人の気持ちも姿勢も態度も、よーくよーく私は分かりました」


 元より、ここまでこじれにこじれた問題だ。あかねとしても、自分が仲裁に入るくらいで解決はしないと思ってはいた。現実にそれを目にすると少々傷つくが。やはり仕方がない。とっておきの奥の手を出す必要があるようだ。二人の子分たちも、おキヌもおフユも使えない奥の手を、あかねは持っている。


「分かってくれたか。呑み込みが早くて助かるぜ」

「じゃあそういうことで、お嬢ちゃんはうちに帰ってくれるか?」


 あかねの「分かりました」という言葉を、手を引くという意味に勝手に取り違え、カゲフサとマサツナは早速あかねを追い出しにかかる。もう用はない、放っておいても構わない家具のようなものだ、と言わんばかりの素っ気なさだ。


「は? 何言ってるんです?」


 その態度に鼻白んだのもつかの間、あかねは二人の親分に喧嘩をふっかける勢いで胸を張る。実際、それくらいしてもいい程、二人の態度は守役に対して失礼だ。


「そんなに喧嘩がしたければ、買うって言ってるんです」


 あかねの大言に、カゲフサとマサツナはヒゲを全開にして呵々大笑した。完全に舐めきっている。


「ははははっ! バカなことを言うな。買うだって? 男の喧嘩を?」

「そうじゃ、お嬢ちゃんにネコ同士の喧嘩なんか買えるわけがないんじゃ。ははははっ!」


 そんな非礼を目の当たりにしても、あかねは余裕を失わない。むしろ今の内に笑っておけ、と腹の中では逆に笑い返しているくらいだ。


「え? 何言っているんです?」


 さすがに、不遜な態度をまったく崩さないあかねに不気味なものを感じたのか、二人はそろって笑うのを止める。這い寄ってくるのが分かるのだ。地面を這い、二股になった舌で匂いを嗅ぎ、熱さえもその器官で見通し、獲物を執拗に追いかけるあの陰湿な捕食動物のような気配を。


「私が買うんじゃありませんよ。私の家である、三枝家を守役に任命してくださった方が買われるんです」

「な、え、それって……」

「まさか、まさか……」


 ようやく、事の重大さが分かったようだ。カゲフサとマサツナはお互いの顔を見合わせ、がたがたと震え始めた。そう、その気配はヘビだ。ヘビは獲物に襲いかかり、締め殺し、丸呑みにする。


「ええ、そうですよ」


 ヘビに見込まれたカエル、という語は、ヘビがカエルを睨むとカエルは動けなくなるという俗説から来ている。カエルがどうなるのか本当のところは分からないが、ネコはどうやら動けなくなるようだ。その恐ろしさを知る故に。あかねが発しようとしている名前が、どのような意味を持つかを知る故に。

 満を持してあかねは、動けないカエルと化した二匹に、その名を告げた。


「ハクメン様が、お二人の喧嘩を買ってくださるんです。よかったですね。これで思いっきり喧嘩ができますよ。ハクメン様の前で」


 かくして、カゲフサとマサツナの逃げ道は塞がれた。二人の喧嘩をハクメンが買うと言ったのだ。天地がひっくり返っても、逃げられるわけがない。





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