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エピローグ





 それから数日後のことだ。学校の帰り道をあかねと一緒に歩いているノリトは、目の端にネコたちの姿を見かけた。今日も相変わらず、ネコたちは大まじめな顔で例の六ヶ条を暗唱している。けれども最後の一文が違っていた。以前は、「『駅前組合』のノラどもには絶対に負けないニャ!」だったはずだ。

 それが、今聞こえてくる六つ目は、「駅前組合の皆さんとも仲良くニャ!」に変わっている。


「なんとまあ、あっさりと仲良くなったもんだなあ。遺恨や恨みなんて欠片もないんじゃないのか」


 ノリトはあかねの隣で馬鹿にしたように尾を振る。その尾の先には教科書の詰まったカバンが引っかけられていた。

 しかし、道を行く他の学生たちは誰もその異常に気づかない。化外と共に暮らしているにもかかわらず、あかね以外の人間たちは誰もそこに化外がいることに気づかない。ノリトはただの男子としてしか認識されていない。この事実に、誰も知らない秘密をノリトと共有している気がして、あかねは周りの学生たちに少しだけ優越感を抱いているようだ。


「よかったね。これで一安心だよ」

「ハクメン様を担ぎ出したお前の策略の勝利だな」


 珍しく、ノリトはあかねの頭の中身を誉める。


「それは違うよ。ハクメン様が言ってくれたんだ。何かあったら、自分の名前を使ってもいいって」

「ならば、普段からあの御方になれなれしくしていた甲斐があったってことだな」

「お父さんとお母さんには呆れられたけどね。ネコの喧嘩にハクメン様を引っ張り出すなんて何事だってね」

「そりゃそうなるよなあ……」


 あかねが語った両親の話に、即座にノリトは同意する。彼女の言う通りだ。あの後あかねは叱られはしなかったが、両親にきつく説教をされたらしい。

 ネコの縄張り争い程度の問題に、よりによって日本で五本の指に入る強大な化外が動いたのだ。しかも、たった一人の見習いの守役の言葉によって。学生の要求で最新鋭のイージス艦が抜錨したようなものだ。しかも、沖に流れたビーチボールを見つけるという理由で。ハクメンにとっては些細な問題だが、守役たちにとってはやはり看過できないのも事実である。

 化外が日本中に生息している以上、守役もまた日本中に存在する。ザシキワラシのような特殊な化外たちを管理するもの。キツネの化外たちと交渉するもの。テングと呼ばれるカラスの化外たちの山を守るもの。そしてオニと呼ばれる古い化外たちに睨みを利かせるもの。守役は組織を作り、互いに情報を交換し、秩序だった行動を取っている。

 だからこそ、あかねは一種の特異点として悩みの種になりかねないのだ。ただの一人の守役見習いの背後にいるのが、オニやテングも三舎を避くあのハクメンである。守役が慎重を期して保ってきたパワーのバランスを崩しかねない存在、それがこの三枝あかねである。


「でも、ハクメン様は喜んでいるみたいだけどね。御山の一番奥で、みんなにかしずかれてばっかりじゃつまんないよ、きっと」


 しかし、当のあかねはそんな複雑な問題など知ったことではないようだ。ハクメンの力を借りれば日本最強の守役になれる可能性を秘めてはいても、そんな称号になどまったく関心はない。今日も一中学生の日々を満喫しているようだ。


「お前のそのポジティブ極まる発想、大胆なのか無礼なのかたまに分からなくなるな」


 ハクメンを友達のように扱うあかねの言葉に、ノリトは苦笑いする。


「まあ、人間にもお前みたいなのがいるから、面白いんだろうな」


 最初はこいつは超弩級の馬鹿じゃないだろうかと心配したが、今はもう慣れた。むしろ、少し小気味よくさえ感じるくらいだ。

 突然、ノリトの横を歩いていたあかねの足が止まる。


「あ、いっけない!」

「今度はどうした」

「私、今日は体育倉庫の片づけを頼まれてたんだっけ。のんびり帰ってる場合じゃないよ!」


 ノリトの顔をのぞき込んで力説するあかねだが、そこまで力を入れて語られても困る。


「手伝おうか?」


 こういう返答を期待していたのだろうか。一応ノリトは水を向けてみるのだが、あかねはあっさりとそれを断る。


「ううん、大丈夫。一人でできるから。ごめんね、先に帰ってて」

「あ、ああ。分かった」


 どうやら、勘ぐりすぎたようだ。うなずくノリトを置いて、あかねは来た道を逆走していく。何ともせわしない動きだ。


「本当にごめん! じゃあね――――っっと、危ない危ない」


 あかねはノリトに手を振りながら遠ざかっていく。前を見ないで走るという危なっかしい走りに、ノリトが注意しようとした矢先、案の定あかねは道ばたの石につまずいた。ノリトが一瞬駆け寄ろうとしたが、幸いあかねはうまくバランスを取り戻してそのまま走っていく。


「何なんだ、ありゃ」


 あかねの背中を見送っていたノリトの側に、一匹のネコが塀の上から近づいてきた。器用にその上で座ると、こちらをちらりと見る。ハンゾーだ。


「仲良くしようとしたけど失敗したニャ? 振られたニャ?」


 こちらを揶揄するような物言いだが、ノリトは怒ることなくむしろ笑う。


「バカ言え。あれでいいんだよ」

「どういう意味ニャー?」

「人間は人間、化外は化外のいていい場所があるってことさ。あいつは、自分でも知らないうちに、うまくバランスを取っているみたいだけどな」


 ノリトの説明に、それでもハンゾーは首を傾げたままだ。ネコと何食わぬ顔で喋っている、尻尾の生えた学生。そんな不思議な姿を、誰も気づかずに通り過ぎていく。

 それに気づくのは、今はここにいないあかねだけだ。あかねは帰っていった。化外の見えない人間たちしかいない学校に。化外である自分たちを置いて。しかし、それは薄情でも不義でもない。あかねは守役だが、何よりも人間であるのだ。化外と共に生きる存在ではない。人間と共に生きるべき存在なのだ。

 ただでさえ、あかねは化外の側に近寄りすぎていると危惧されている。ハクメンでさえ、それを憂慮していた。人はあまり化外に親しみすぎると、知らず条理を外れて化外の側に引きずり込まれる。ザシキワラシなどは、そうなった人間の末路とも言われてるらしい。しかし、あかねは知らずしてちゃんとバランスを取っているのだ。

 化外の側にはまり込まず、人間の側に偏りすぎず。だから、こうやってノリトを置いて学校に戻っていったのは、至極当然であり、正しいことなのだ。ノリトはそう確信している。邪険にされたと怒るどころか、むしろ感心さえしていた。


「まったく、あいつは本能で生きてる奴だよ。体育系ってのは、みんなああなのか?」

「さっきから何言ってるのか全然分かんないニャー」


 だからこそ、あかねはハクメンの側に平然といられるのだろう。それは、あかねにとってもハクメンにとっても良いことだ。


「ハクメン様も、当分は退屈しないで済みそうってことさ」

「ますます分からないニャー。君ばっかりずるいニャー」


 ネコの小言を、ノリトは聞き流す。

 さて。それならば化外は化外のいる場所に帰ろうじゃないか。ノリトは周囲を見回す。幸い、抜ケ道はすぐに見つかった。少し離れた場所にある稲荷の鳥居だ。人間には見えない方角に伸びる抜ケ道が、ノリトにはよく見える。ノリトがそれに近づくと、なぜかハンゾーもついてきた。どうやら彼も異界に戻る気らしい。

 ノリトはそのまま抜ケ道に足を踏み入れようとして、しかしやめた。その手が、二回拍手を打つ。そして彼はつぶやいた。


「――開き給え。――招き給え」


 何となく、あかねの真似をしたのだ。本来化外は何の制約もなく抜ケ道に入れる。こうやって真似をしたのは、あかねがどういう気持ちで抜ケ道を使っているのか知りたかったからだ。


「やっぱり、分からないか」


 けれども、かすかに期待していたその答えは得られないままだった。別段それを悲しむ様子もなく、ノリトは抜ケ道に踏み込んだ。答えなどなくてもいい。まだ当分、あの騒がしい守役との付き合いは続くのだろうから。ノリトに続いて、ハンゾーも抜ケ道に入っていく。

 そして、誰もいなくなった。あかねは今頃学校にたどり着いているだろう。ノリトとハンゾーは、異界のどこかを他の化外たちと一緒に歩いているだろう。そうやって、時に交錯し、時に分離し、人と化外たちの営みは続いていく。


 ――ここは鬼灯町。人と化外とが生きる町。二つの間を取り持つ(はずの)守役は、今日も大忙しである。





(終わり)





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