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第七章(その三)





 ハクメン対カゲフサとマサツナの戦いは、短時間で決着が付いた。元より、まともにぶつかっても絶対に勝てる相手ではない。一発当てれば勝ち、という破格の条件ですら、達成することはままならない。長期戦になったら勝てる見込みはゼロになる。捨て身の特攻のみが、唯一の勝機だった。

 ハクメンが二匹に襲いかかる。豪雨の後の濁流が押し寄せるかのようなその蛇体を、カゲフサとマサツナは同時に二つの方向に避けた。これは両方が囮となり、臨機応変に行動する作戦だ。どちらも本命であり、どちらも囮である。その役割を交互に入れ替える変幻自在の攻防。それが阿吽兄弟と呼び習わされた二人の得意技だった。

 つまり、おキヌとおフユは首を傾げていたが、二匹が野良犬を退治した逸話はどちらも本当だったのだ。カゲフサが囮であると同時に、マサツナもまた囮だったのだ。ハクメンは見事にその真ん中に突っ込んだ。周囲の木々が巨体になぎ倒され、あずまやがマッチ棒でできたミニチュアのようにぺしゃんこに押し潰される。

 以前野良犬と戦った時、二匹に惑わされた野良犬は勢い余って電柱にぶつかり、それでかなり勢いをそぐことができた。だが、今はもうもうと上がる土煙に二匹は雄叫びを上げて突っ込んでいく。


「うぉおおおおお!」

「おりゃああああ!」


 その土煙を切り裂いて、白い尾が巨大な鞭となって飛んでくる。

 とっさに伏せるカゲフサ。一方マサツナはジャンプしてかわす。衝撃波で霧散した土煙の中から、ハクメンが巨体をしならせているのが見えた。その血のように紅い瞳がこちらを見ている。怖いなんてものじゃない。いくら化外本来の姿に戻り、全盛期の気迫を取り戻したとは言え、できることなら今すぐ背を見せて逃げたいくらいだ。


「お前の相手はこのわしじゃあああああ!」


 自分の恐怖を絶叫で打ち消し、マサツナがなおもハクメンに突っ込む。喧嘩の時に相手のネコに噛み付くように、その白い鱗に覆われた首根っこに両手で組み付いた。ハクメンもされるがままではない。竜巻のように体を振り回すが、それでもマサツナは全身を使って口を開けさせないようしがみつく。

 あの時と逆だ。あの時、野良犬と戦っている時は、カゲフサが耳にかみついている間にマサツナがその鼻を引っかいた。それで野良犬は戦意を喪失し、尻尾を巻いて逃げ出した。あの興奮と勝利感は、今もまだ覚えている。それは決して失われたものでも、過去の遺物でも、昔の自慢話でもない。

 今だ。今も、それはできる。やるんだ。やらねばならない。


「これでも食らいやがれれええええええええっ!」


 カゲフサは腹の底からそう叫ぶと、竜のような蛇体を駆け上がり、ハクメンの横っ面に渾身のパンチを繰り出した。


 そして次の瞬間、三つのことが同時に行われた。

 力尽きてマサツナが手を放すのと、ハクメンの尾がカゲフサをはね飛ばすのと、カゲフサの拳がハクメンに届くのとが。



 ◆◇◆◇◆◇



 大の字でカゲフサは倒れていた。ハクメンの尾の一撃は、単なる物理的な打撃ではない。相手の魂そのものも同時に打ち据えるのだ。物体の硬度や材質など関係なしに、その本質そのものに衝撃を与える尾に打たれたのだ。たった一度食らっただけで、もう全身が動かない。疲労も今度こそ限界に達している。

 そんなカゲフサの倒れているところにまでマサツナが這ってくると、隣に同じように大の字になって横たわった。マサツナも同じような状態だ。そもそも、ハクメンと戦うということ自体が、常時魂を蝕まれることなのだろう。あんな風にハクメンの顔に組み付いたのだ。無事で済むはずがない。


「やったな……」

「やったのう……」


 だが、二人の顔は明るい。小さな子どもが、一日中泥だらけになって遊んだ後のような顔をしている。


「俺たちの勝ちだぜ……」

「ああ。ハクメン様に、勝ったんじゃ……」


 そうだ。勝利だ。鬼灯町のネコの親分は、あの恐ろしい御山の主と戦って勝つことができたのだ。


「ふふ、ははは……」

「ははは、うはははは……」


 知らず、どちらともなく口から抑えきれない笑いがもれる。


「やるじゃないか、見直したぜ、マサツナ」

「お前こそ、男を上げたのう、カゲフサ」


 笑いだけではない。かつてあれほど罵詈雑言しか出てこなかった口が、お互いの健闘を称える言葉を発した。


「俺たち二人の勝利だ」

「どちらが欠けても、勝ちはつかめなかったんじゃ」


 ハクメンに対する勝利という破格の勝利を、二人は惜しむことなく分け合う。改めて二人は互いの顔を見つめた。もう随分、こうやって敵意を抱かずに相手を見ることはなかった。懐かしく思うのと同時に、随分と男前になったものだ、と思う。

 かつての若く血気盛んな阿吽兄弟と呼ばれた時にはなかった、親分としての風格がその顔にはあった。もう、あの時に戻ることはないのだ、と二人は理解した。阿吽兄弟はやはり、昔話の中の呼び名だ。今はお互いに、組合の親分というのがその呼び名なのだ。一抹の寂しさを覚えつつも、親分であることを二人は誇らしく思う。

 しばらくして、遠慮がちに口を開いたのはマサツナだった。


「のう、カゲフサ。一発当てたのはお前じゃ。だから新公園はお前のもんじゃ」


 その提案に飛びつくことなく、カゲフサは反論した。


「なに言ってるんだ。お前がハクメン様に最初にぶつかったぞ。先に一発当てたのはお前だから、公園はお前のもんだ」


 カゲフサがそう言うと、マサツナは照れくさそうに頭に手をやって耳の後ろ辺りをぼりぼりとかじる。


「あ~、そもそも、マサムネ親父は橋の向こうはお前のものって遺言に書いたんじゃろ。親父の遺言に逆らうわけにはいかんわ」


 マサムネの遺言を引き合いに出されたら、なおさら退くわけにはいかない。


「おいおい、公園を公平に分け合うよう遺言に書いたのはマサムネさんだぜ。俺が公園を取ったら、俺こそ遺言に逆らうことになる。受け取れんな」

「いいからもらえ。わしはいらん」

「お前のものだって言ってるだろ。男に二言はないぜ」


 しばらくの間二人は睨み合っていたが、不意に大笑いを始めた。こんなにおかしいのは久しぶりだ。


「まったく、頑固な奴じゃ」

「こんなに馬鹿で義理堅いやつ、初めて見たぜ」


 二人は地面から身を起こすと、お互いの肩を親しげに力強く叩く。そうしていると、向こうからハクメンとあかねがやって来るのが見えた。


「話し合いは終わりましたか」

「おう、守役さん。それにハクメン様も」

「えらい迷惑かけたのう。でも、もう安心じゃ」


 ハクメンに対する恐ろしさは消えないが、それでもカゲフサとマサツナは笑みを浮かべてあかねを迎える。考えてみれば、この人間にも随分迷惑を掛けた。彼女が仲直りの場をこうして設けてくれなければ、自分たちは未だに醜い争いを繰り広げていたことだろう。あかねには感謝してもしきれない。


「俺たちは、新公園を二人で分け合うことに決めたぜ」

「公園はどちらのもんでもない。どっちの組合のネコも、自分の縄張りとして自由に使える場所に決めたんじゃ」


 だが、男ならば口だけではなく行動で示さなければならない。二人は申し合わせたように、公園を共有することを申し出た。あかねの苦労に対するせめてものねぎらいだ。


「これでいいだろ、守役さん。もう喧嘩は終わりだぜ」

「そうじゃ。親分の誇りにかけて、もう絶対に喧嘩はせん」


 遺恨をすべて捨て、親分の顔に戻って重々しくそう言う二人に、あかねは敬意を抱いてうなずき――――


「は? 何言ってるんですか?」


 ――――はしなかった。


「……ニャ?」

「ニャ……?」

「なんで、お二人とも自分たちが勝った前提で話を進めているんですか?」


 あかねの言っていることが、理解できない。この守役は、いったい何を言っているんだ。


「え、だって、その、守役さんが……」

「ハクメン様に一発当てたら勝ちだって、言ったじゃろ……?」


 しどろもどろになりつつ、カゲフサとマサツナは改めてトライアスロンの第三戦のルールを確認する。自分たちは確かにそう聞いた。そしてそれを守った。だから、この戦いはハクメンではなく二人の勝ちであるはずなのだ。


「ええ、言いましたよ」


 あかねは読めない表情のままうなずく。


「だったら……」


 しかし、あかねの次の一言が二人を硬直させた。


「どこにあるんですか? その、一発当てた『傷』が」

「ニャッ!?」

「ニャッ!?」

「どう見ても、無傷ですよね。ねえ、ハクメン様?」


 何食わぬ顔で、人間の皮をかぶったキツネは自らが威を借るハクメンの方を見上げる。


「ああ。ネコの化外にしては力はあったが、いかんせん鋭さが全く足りぬ。私の鱗にひっかき傷をつけたければ、せめて鬼灯山に生える杉の大木を、爪の一撃でへし折るくらいの力は用意してもらわねばな」


 恐ろしいことに、ハクメンもまたあかねを注意するどころか、その肩を持っているのだ。


「言いましたよね、私。ハクメン様がお二人の喧嘩を買われるって。つまりそれは、ハクメン様も公園の争奪戦に参加していただくってことですから」

「ニャアア! 聞いてないニャ!」

「詐欺ニャア! 嘘つきニャア!」


 あまりにもひどい屁理屈に、二人は親分の顔をかなぐり捨てて抗議する。外面似菩薩内心如夜叉とはこのことだ。


「じゃあ、もう一回勝負します? ハクメン様と」


 二人の抗議などまったく受け付けず、さらにあかねは外道な発言を続ける。


「ちなみに、さっきはハクメン様も手加減されて、本気の一万分の一しか出しておられませんから」

「あかね、私をそうかいかぶるな。一万分の一はさすがにありえぬ」


 ハクメンが口を出すが、二人にはどうでもいい部分だ。


「じゃあ、本気の半分ってことで」

「それはない」

「なら、間をとって百分の一ってことにしましょうか。どうです? やりますか?」


 にこやかにあかねは尋ねる。


「い、嫌ニャ……」

「死にたくないニャ……」


 どれだけプライドがあっても、未練があっても、そこで二人は「はい」とはうなずけなかった。恐怖心が誇りを上回っていても仕方がない。


「はい。では、お二人はここまで頑張られましたが、残念ながら新公園を手に入れることはできませんでした。かくして新公園はハクメン様のものとなります。おめでとうございます!」


 ぱちぱち、と一人で拍手するあかね。それに応えるように、公園の地面に一瞬だけ御山の紋所が光の線となって描かれてから消えた。

 二人は死んだ魚の目でそれを見ていた。あれほど執着し、あれほど欲しがり、あれほど自分のものだと訴えた公園が、目の前でかっさらわれていく。そのショックに二人の心は壊死していた。その上さらに、弱り目に祟り目と言うべき状況が続く。


「私はこんな猫の額ほどの土地などいらぬ。御山で充分だ」


 ハクメンはあっさりと、公園などいらないと言ったのだ。自分たちが命がけで手に入れようとしたものを、手に入れた当の存在が塵芥のように扱っているのを目の当たりにした二人の心痛は、推して知るべしである。けれども、同時に二人は思った。「そんな猫の額ほどのものを巡って、自分たちは今まで馬鹿な争いを繰り広げてきたのか」と。


「おキヌ、おフユ」


 燃えがらとなって立ち尽くしている二人を無視して、ハクメンはなぜか二人の妻の名前を呼ぶ。


「はい、ここに」

「お呼びでしょうか、ハクメン様」


 しずしずと歩み出てきた二人に、ハクメンは長い首を向けるとこう言った。


「ということで、お前たちにこの場所を下賜かしする。好きに使うとよい」

「ニャ?」

「ニャ?」


 もらった矢先にいらないと言う。いらないと言った矢先に今度は他人にくれると言う。あんまりなハクメンの言動に目を丸くするカゲフサとマサツナに気づいたのか、ハクメンがじろりと二人を睥睨した。


「なんだ。私が自分のものをどう扱おうと私の自由ではないか。それとも、何か文句があるとでも?」


 二人は大慌てでぶんぶんと首を左右に振る。この祟リ大蛇に睨まれると生きた心地がしない。心臓どころか、全身を鷲掴みされたような感覚に陥るのだ。


「ありがたくいただきます、ハクメン様。ただ……」


 おキヌは夫の醜態に目もくれず、丁寧に何かを提案しようとする


「ただ?」

「またここが争いの火種となっては困ります故、私たちのものといっても、化外ならば誰に対しても開かれた場所としたいのですが、よろしいでしょうか」


 おキヌの言葉を、おフユが引き継ぐ。提案そのものは、カゲフサとマサツナのしたものと何ら変わりない。ただ、それを言っている口が違うだけだ。


「よい。許す」


 あっさりとハクメンは彼女たちの願いを聞き届ける。だったら、自分たちが公園を共有すると言った時に認めてくれてもいいのに、と二人は思うのだが、口には出せない。ハクメンもまた勝ち負けにこだわっていたのか、それとも徹底的に二人をへこませたかったのか。おそらくは後者だ。確かにもう、二人にハクメンに挑む気力はない。 


「ありがとうございます、ハクメン様」

「必ずや、化外たちにとってよき休み場といたしましょう」


 二人が丁寧に一礼すると、改めてハクメンは鎌首をもたげ、周囲のネコたちを見据える。こうすると、誰が本当の鬼灯町の支配者かが分かる。それはネコたちやその親分ではない。このハクメンだと誰もが思うことだろう。


「皆の者、これにて、此度の騒動は終いとする。各自この結末に納得し、遺恨を捨て、仲睦まじくするように。よいな!」


 ハクメンの勅命に、今まで遠巻きで見守っていた――と言っても、肝心の戦いの時は皆怖くて目をつぶったり丸くなったりしていたのだが――ネコたちは一斉に「ニャー!」と応えた。

 かくして、鬼灯町のネコ騒動は終焉を迎えたのである。



 ◆◇◆◇◆◇



 ハクメンが再び歪んだ空間に消えるのを見届けてから、あかねとノリトもまた異界を後にした。後に残ったのは、ネコたちだけだ。今や誰のものでもなくなった新公園に、町中のネコたちが集まっている。小さなネコたちがじっと見つめているのは、泥だらけになった自分たちの親分である、カゲフサとマサツナだ。いつの間にか、時刻はもう夕方になっていた。

 地面にへたり込んでいる二人に近づいてくる人影を認め、カゲフサとマサツナは顔を上げた。おキヌとおフユがこちらに向かって並んで歩いてくる。側まで来ると、二人はそろって自分の亭主の前にしゃがみ込んだ。


「まったく、なんて恰好だい。まるで育ちざかりのいたずら坊主じゃないか」

「面目ない……」

「マサツナさんは、もう少し分別のあるお方だと、私は思っていました」

「す、すまぬ……」


 妻の言葉が、二人の心に刺さる。仮借ない叱責だが、とてももう言い訳はできない。二人は年齢を経た化外であり、しかも組合のネコたちを預かる親分だったはずだ。だが、実際にしてきたことと言えば、組合を私闘に巻き込むという仁義の欠片もない行為だ。

 カゲフサとマサツナは、雷に打たれたようにそろって居住まいを正すと、同時に地面に額を叩きつけんばかりの勢いで頭を下げた。その場に手をついて謝るこの体勢は、生物が命の危機を感じた時に本能的に取る防御の形態、あるいは擬死の一種であるとも言われている。しかし同時に、それは覚悟のあらわれでもあった。


「本当にすまん! 俺が悪かった。言い訳はなしだ。みんなには迷惑をかけた。この通りだ。もう俺はお前たちの親分じゃない!」

「わしも同罪じゃ! こんだけアホなことをして、わしは親分失格じゃ。お前もみんなも、わしを笑ってくれ! 石を投げてくれ!」


 二人はそのまま頭を地面に擦りつけたまま動かない。

 どれくらいの時間が経っただろうか。思わぬ事に、亭主の不義理をなじる言葉も、親分の不徳を責める言葉も聞こえてこなければ、唾も石も砂もごみも飛んでくることはない。


「やれやれ、なに言ってるんだい」

「そうです。顔を上げてください」


 おキヌとおフユの口調は、呆れてはいるものの怒気はまったく感じられない。

 恐る恐る、二人はさらに泥にまみれた顔を上げる。そんなカゲフサを見て、おキヌはそっと自分の腹に手を当てる。


「あんたは、生まれてくるこの子のために頑張ってくれたんじゃないか」


 おフユの方は、相変わらずの無表情のままでマサツナに告げる。


「マサツナさんも、組合を守りたくてこうしたこと、私は分かっていますよ」


 そう。すべては遠回りだったのだが、きちんと道となって繋がっていたのだ。今この瞬間に、ありとあらゆる下らない益体もない意味もない二人の言動の何もかもが、見えざる手によって集約されていく。どんな顔をしていいのか、何を言っていいのか、もはやすべての虚飾をはぎ取られたカゲフサとマサツナに、二人の妻は言う。


「それに、あのハクメン様相手に一歩も引かないなんてねえ」

「正直に申しますと、あそこまでやるとは思ってもみませんでした」


 そして、最後にこう付け加えた。


「ああ、有り体に言うとさ、惚れ直しちまったよ」


 おキヌはそう言うと、照れたように頬をかいて笑いながら横を向く。


「私は、マサツナさんの妻でよかったと思います。今、はっきりと」


 おフユはこう言いつつも、本当に表情が一切変わらない。けれども、その尻尾は落ち着かなく嬉しそうに左右に動いている。それに気づいたのか、おフユはぎゅっと自分の尻尾を握りしめて動きを封じる。感情を表に出さない彼女の心の内を、その尻尾は代弁していた。


「お、お前……!」

「すまん、本当にすまん……!」


 感極まったカゲフサとマサツナは立ち上がり、よろけながらもおキヌとおフユに駆け寄って抱きつくと、おいおいと泣き出した。高そうな二人の服が汚れるのもお構いなしだ。


「はいはい。まったく、遅すぎるんだよ、このバカ野郎が」

「後できちんとクリーニングに出して下さいね。後でいいですけど」


 おキヌとおフユは、それぞれ自分の亭主に抱きつかれ、片方は仕方ないと笑いながら、片方はやや迷惑そうな感じで、その頭をぽんぽんと撫でる。これではまるで、母ネコに抱きつく子ネコのようだ。しかし、二人ともまんざらではないようだ。そもそも、おキヌもおフユもこれを望んでいたのだ。二人はそっと目を合わせて、かすかにうなずく。

 女二人の目配せに、肝心のカゲフサとマサツナはまったく気づかない。二人とも、子どものように男泣きに泣いている。ただでさえ水と泥と土で汚れていた服が、今度は涙と鼻水で汚れていくのは悲惨だが、もう諦めたらしくおキヌもおフユも何も言わない。

 それに甘えるように、組合の親分であり、二人の夫であり、一匹のネコであるカゲフサとマサツナは泣き続ける。今までの不義理のツケを、涙で支払うかのように。その光景に喜びの声を上げるのは、公園に集まった沢山のネコたちだった。彼らはニャーニャーと鳴きながら、親分とその妻に歓声を送る。

 やや強制的な感は否めないが、これはこれで、めでたしめでたしなのだろう。きっと。





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