第五回
九時前に石川町の駅に着くと瀧蔵は既に待っていた。
中華街の西門にあたる延平門をくぐるとそのまま西門通りを歩き、善隣門を抜けて中華大通りを半分くらい進んだ所にある広東料理店に案内された。中国様式の極彩色に彩られた立派な構えの店だ。
黒い円卓に通されると
「何か食べたいものある?」
瀧蔵に訊かれた。
「北京ダック」
沙織は遠慮しない事に決めていた。こんなところで「なんでも結構です」と、おしとやかにしていてもいずれメッキは剥がれてしまう…そう考え、沙織は迷わず食べたい物をオーダーする事にした。それ以外の料理は瀧蔵に任せたものの、平然と注文するのを聞きながら沙織は勘定が心配になってきた。なかなか値の張りそうな店で、沙織は開口一番高価な料理を注文したことを後悔した。
「ここのはあっさりしてて食べやすいよ」
運ばれてきた料理を食べると瀧蔵の言った通り、中華特有の油っこさがなくヘルシーな感じだ。沙織は料理に舌鼓を打ちながら美味しさに我知らず笑みがこぼれた。北京ダックが運ばれて来ると、正装した店員が目の前で切り分けてくれる。飴色に輝く鶏皮を、レタスやパクチーに巻いて頬張った。
「おいいしい?」
瀧蔵に訊かれて思いっきり
「すっごくおいしい!!」
沙織は目を丸くして答えた。パリパリしてて香ばしい。美味しい物は人を幸せにするのだ…沙織はそんな事を思いながら次々に口へ運んだ。嬉しそうに食べる沙織を見ている瀧蔵も楽しそうだ。
蝦の野菜炒めも蝦のプリプリ感がたまらない。小龍包も旨味が凝縮されている。沙織が満足そうに箸を伸ばす様を瀧蔵は目を細めジッと見つめていた。視線を感じた沙織は急に恥ずかしくなり
「そんなに見ないで下さい…恥ずかしくて食べられない」
蚊の鳴くような声でうったえた。
「……いや、おいしそうに食べるな…って。もっと食が細いのかと思っていたんだ」
沙織に言われると瀧蔵は一瞬目のやり場に困った様に瞬きをしながらあらぬ方向に目をやった。が、再び沙織の顔に視線をあてると照れたような表情でそう言い訳をした。
沙織は、今まで見た事のない瀧蔵の様子に、これまでとは違った好印象を抱いていた。素直でてらいがなく、真面目な人なのだと感じる。洗練されていて一見近寄りがたいが案外素朴な良い人なのだと、どんどん惹かれていくのを感じていた。
「足りる?」
沙織のお腹の満たされ具合まで気にしてくれる面倒見の良さだ。
「アルコールはいけるのかな?」
沙織は訊かれると思いっきり頷いた。
「大っ好きなんです!」
そんな沙織の様子に瀧蔵は笑しながら
「前から、気になっていたんだけど、辻さん、受付に居た事ない?」
瀧蔵は不意に訊いた。
沙織は入社後、研修も兼ねて受付嬢をやっていた。他にインフォメーションセンターや館内放送から電話交換、売場に至るまで、営業・販促業務は一通りこなしていた。
「…はい、居ました」
きょとんとして答えると
「どこかで見た事ある気がしたんだ。丸藤で名刺交換したとき、ひょっとしたらそうかな、と思った」
瀧蔵は謎が解けたような顔をした。どうやら、以前売り場で沙織を見たことがあるらしい。
「…でも、受付は全員同じ制服来てますし、帽子まで被ってますから意外と皆同じ人に見えちゃったりしませんか?」
それにしても…と、沙織が訊き返すと
「そうかな…」
瀧蔵は首を傾げた。
「一階の、改札の横にある入口は目立つからね」
瀧蔵は言うと
「花形なんでしょ、受付って」
そう付け加えた。
「うーん…どうなんでしょ…そう見る方もいらっしゃるかもしれませんが、私はあんまり思いませんね…ドアの近くは冬は寒いし夏は暑いです。ウロウロ動けないし、へんなおじさんに フカヒレラーメン奢ってあげるよ とかナンパされたり、酔っぱらいにからまれたり、結構大変なんです…」
沙織は当時の事を話した。
「今日はフカヒレおこげだけどね」
それを聞いた瀧蔵は笑いながら言った。
「そんなつもりじゃ…」
慌てて沙織が弁解すると、瀧蔵はニヤッと笑みを浮かべ沙織を見つめた。どれもこれも美味しく、大満足で平らげると
「出ようか」
瀧蔵に誘われるまま店を出た二人はそぞろ歩きながら元町へ向かった。十時を回っているせいか多くの店はシャッターを下ろし、通りはひっそりと静まり返っていた。
行き交う人はまばらで、中華街のような賑やかさはない。瀧蔵に連れられて入った店はレストランバーのようだった。 フランス料理の店らしいがウンターもある。後ろの壁にはグラスと洋酒の瓶が整然と並べられ清潔な印象の店だ。
瀧蔵にエスコートされカウンターの一番奥に座ると
「何がいい?」
瀧蔵は沙織に訊いた。
「…とりあえずビール、って雰囲気のお店じゃないですよね…」
沙織がメニューを見ながら上の空で答えると
「そんな事無いよ」
グラスビールをオーダーしてくれた。沙織は気取った事が嫌いだが、ここまできてビールも…と迷った。甘いものが嫌いな沙織はカクテルも気が進まない。すると、瀧蔵は沙織にパナシェをオーダーし、他にアラカルトでおつまみを頼んでくれた。ふと
「守屋さんに悪いみたいだな」
瀧倉はぼそっと呟いた。
「守屋さんのことは言わないで…」
その名前を聞くと申し訳ないが、せっかくの楽しい気分が台無しになりそうだった。
「随分苦手なんだな…でも…どうして俺ならいいの?」
瀧蔵も慣れてきたのか、いつの間にか “ 俺” と言うようになっていた。互いに少しずつ、素になっていきつつある状況下で瀧蔵に真顔で訊かれると沙織は答えに窮してしまう。
「…瀧蔵さんは、守屋さんとは違う気がするから」
「どんな風に?」
「…うーん……さっぱりしてて、守屋さんみたいに押し付けがましくないし、しつこくなさそう」
沙織は簡単にまとめて言うと
「…そうかな……」
瀧蔵は正面を向いて言った。沙織はじっと耳を澄ませた。長い沈黙に耐えられず
「瀧蔵さんもしつこいんですか?」
訊き返してみると
「しつこいかどうかはともかく、誰でも好きな人には執着すると思うよ」
瀧蔵そういうと沙織をジッと見つめた。
「誰かに執着されたとか?」
瀧蔵は答えない。逆なのか…そう沙織は思いながら
「瀧蔵さんは、彼女いらっしゃるんですか?」
ずっと知りたかった事を思いきって訊いてみた。
「…僕の事が知りたいですか?」
急に改まった口調で、少し意地悪な、挑発するような笑みを浮かべながら言った。
「ええ」
見つめ合ったままの沈黙の中で沙織は落ち着かない気分になった。
「……瀧蔵さんだけじゃなく、関わりのある人の事はみんな知りたいわ」
沙織が思わず口走ると、瀧蔵は冷めたような表情で正面を向いてしまった。更に長い沈黙の後、瀧蔵は低い声で
「……いるとかいないとか、別れたとか別れないとか、男と女ってそんなに簡単に割り切れるような、分かりやすいものじゃないと思うよ」
静かな、けれど、どこかきっぱりとした声で目線をやや上に向けながら言った。何かを思い浮かべているのかもしれない…そう感じた沙織は、瀧蔵の本音を聞いた気がして我に返った。「いない」と断言してほしかった…否定しない瀧蔵の様子が沙織には悲しかった。が、その場限りの嘘をつくような人物ではないのだと考えて、誠実な人として受け止めることにした。誰かいるに違いない…沙織はそう思う。沙織より七つも年上で独身だ。いろいろな過去や経験があるだろう。 しかもそれなりにエリートでこの風貌だ。周りが放っておくはずが無い…沙織は常々そう思っていたのだった。そういうことならやっぱり御縁はなかったことにしよう…沙織は決意し時計を見ると既に十一時になっていた。
「瀧蔵さん、明日早いんじゃありませんか?」
さりげなく帰る時間である事を伝えようとすると
「俺はいいけど…」
時計を見ながら何気ない風で言いかけたものの、沙織を気遣ったのか瀧蔵は次の瞬間
「…出ようか」
さっと軽い身のこなしで立ち上がった。何気ない仕草なのに一つ一つ絵になる人だ…沙織は感心しながら、今後はこうして飲む事は無いかもしれない、そう思うと残念に思えた。しかし、面倒な恋愛はしたくなかった。仕事も楽しくなってきたところだった。煩わしい恋愛をして集中力を切らしたくない…キャリアを積みたい沙織は良い方向に捉える事にした。後ろ髪を引かれるような思いを振り払うように、明るくご馳走になった礼を述べると、二人は店を出た。
駅までの暗い道を瀧蔵は押し黙ったまま歩いていた。沙織が今日のお礼は何にしようか…と次の昼に会った際、ご馳走になったお礼として渡すプレゼントをあれこれ思い浮かべていると、不意に瀧蔵に手を取られた。
沙織は思わず瀧蔵の顔を見上げた。立ち止まると真直ぐに注がれた瀧蔵の視線からは、一途な激しい情念のようなものを感じた。それまで見た事のない、ひたむきな眼差しだった。若い女性が恋に溺れるとこんな目をするものだが、瀧蔵の目はさらに力強さをたたえており、怖いくらいだった。沙織はたじろぎ目を伏せた。そんな沙織を責めるように瀧蔵は沙織の顔を覗き込んだ。瀧蔵がこんな目をする人だとは思わず、沙織の心臓の鼓動が高鳴った。
戸惑う沙織に瀧蔵が怒ったような、傷ついた顔をした。
「…ごめんなさい…」
沙織がやっとの思いで絞り出すように呟くと
「いや…勘違いだったようで…」
感情を押し殺したように平静を装いながら顔を背ける瀧蔵に
「違うの。…イヤなんじゃないの……怖いのよ」
沙織は喘ぐように呟いた。それは事実だった。沙織にはかつて彼がいた。学生の頃はディスコでナンパされ、ゆきずりのセックスをしたこともあった。それでも怖いと感じた事はなく、成り行きや雰囲気で受け入れてきた。
だが、今回は違った。初めて “ 怖い ” と感じたのだ。後戻り出来なくなるような、元の暮らしに戻れなくなりそうな、今までの自分を失ってしまいそうな…形容しがたい底知れない何かを感じた。
ジッと沙織を見つめる瀧蔵の瞳は、沙織の心を見透かすように沙織の瞳だけを捉えていた。沙織はその視線が怖くて目をそらした。瀧蔵は普通の、これまでの男達とは、何かが違った。沙織に一歩ジリッと近づきながら
「どうすれば良い?」
低い声で瀧蔵は訊いた。沙織の視線が瀧蔵を見ない事を許さないかのように、うつむく沙織の顔を覗き込もうとする。 その瞳は痛いくらいに真直ぐで真剣そのものだ。その目を見ると思わず顔を上げざるを得なくなってしまうような威圧感さえ感じた。沙織は、瀧蔵の激しい性格を垣間見た思いだった。
「…旅行に連れていってくれたら…」
長い沈黙の後、息が詰まるようなその場から逃れようと、とっさに口をついて出てきた言葉だった。
瀧蔵は、更にジリッと近づいて
「じゃあ、行こう」
低いが、しかし、はっきりとした声で言った。そこには微塵の迷いもなかった。
ジリッ、ジリッと近づく瀧蔵のせいで後ずさりをした沙織の背後には、壁しかない。完全に追いつめられ、逃げ場を失っていた。沙織は催眠術にでもかかったように動けなくなった。蛇に睨まれたカエルとはこんな感じかしら…と後から思ったが、あの後、どうやって帰ってきたのか今でもはっきり思い出す事ができない。
どのくらいの時間、そうして見つめ合っていたのだろうか…沙織は全身に電流が走ったように痺れ、頭がボンヤリとして自力で動く事が出来くなっていた。
「…いいね?」
そう問う声には有無を言わせない重みがあった。沙織は思わず目で頷いた。そんな沙織に瀧蔵は目を細めた。沙織の瞳を見つめたまま、それまで見た事のない余裕のある笑みを浮かべると、まるで、猫が捕まえた獲物で楽しそうにじゃれている時のような、しかし、逃がさないように瞳を輝かせ緊張している…そんな表情を浮かべた。
結局そこまで追いつめながら、その後瀧蔵は指一本沙織に触れずに体を離した。
いつかはそうなる、という余裕からだったのだろうか。
一夜明け沙織は昨夜の事をつらつらと思い出していた。思い出すだけでも沙織は全身が熱くなるような思いだったが、瀧蔵からのメールはなかった。夕方になっても何も連絡がこない事に沙織は次第に落ち着かない気分になっていった。もしかしたら昨夜の事を怒っているのではないか…やっぱり拒まれたと気を悪くしたのではないか…と、沙織は気をもんでいた。
どうにも気になって仕方ない沙織は思い切ってメールを送ることにした。
「昨夜はありがとう。ごめんなさい…気にしないでね」
すると二十分も経たないうちに瀧蔵から返信が届いた。
「いつにする?」
瀧蔵は率直だった。沙織は昨夜の事を思い出すと急に胸が早鐘を打ち、顔が火照るのを感じた。そんな自分に戸惑いながらスケジュール表を開くと、北海道展という催事が決まっていた為、連日業者と打ち合わせが入っていた。間もなく父の日を控えている為、その前後は無理だ。他にも会員向けセールやその為のDMのリストの整理、キッズフェア、水着の演出について婦人は当時フロアマネージャーだった葛西や守屋と打ち合わせが入っており、仕事が山積みだった。それ以外にもパートのシフト作成や、全店合同会議、本社への出張、それと前後する日程で本社から見える営業開発部長の店内視察など、毎日何かしら予定があり、休みなど言い出せる雰囲気ではない。平日では瀧蔵が無理だろうし…と考えると夏休みくらいしか取れそうになかった。随分先の事だ…と思いつつも仕事の状況を伝えると
「いいよ。どこに行きたい?」
瀧蔵は快諾した。そう答えられると、もう逃れようがない…その瞬間、沙織は新たな不安に襲われた。旅行に行ったら深い関係になることは必至だ。その後、実は彼女がいると分かったら、沙織は傷ついてしまう。昨夜、彼女の事を訊いた時、瀧蔵が否定しなかった事に沙織は引っかかっていた。沙織はその時ひらめいた。彼女が居るなら部屋に形跡があるのではないか…思わず
「あなたの部屋に行きたい」
衝動的にそう書き送っていた。
「いいよ」
「じゃ、今夜」
真偽を探るなら不意討ちでなければならない。先延ばしにしない方が良い…沙織は日を改めて証拠の品を隠されたりしたくなかった。
「今夜は……部屋が散らかってるんだ」
瀧蔵から遠回しに断った。
「今日じゃなきゃダメよ。やっぱり待てない」
やっぱり何かあるのか…沙織は駄々をこねた。ここまで来たら沙織も後には退けない気持ちになっていた。
「駅で待ち合わせて一緒に帰りましょう」
沙織がメールを送ると少し考えたように時間を置いてから返信が届いた。
「シーツも洗ってない」
瀧蔵からのメールに沙織はドキッとした。このまま行ったらただでは帰れない…沙織はそう感じた。が、虎穴にいらずんば虎児をえず…沙織は
「いいわ」
覚悟の返事を書き送った。
沙織は定時の八時十分に会社を出るとメールを送った。沙織が定時に会社を出るのは珍しい事だった。いつもなら早くても九時を回らなければ会社を出られないのだが、瀧蔵との約束の為、仕事を早めに切り上げたのだ。
「未だ終わらないから待ってて」
沙織に返事が届いた。早計だったかしら…沙織は己の軽率さと前後見境なしの申し入れに呆れていた。ほんの少し前まで躊躇い、夏休みまでは忙しい、とか、彼女がいたら困るし…などと乗り気でなかったくせに、一転して、部屋まで押し掛けて女の気配を探ろうとしている。なんて支離滅裂なんだろう…と自己嫌悪に陥っていると八時半を過ぎてから瀧蔵が現れた。改札近くの柱にもたれて待っていた沙織は、遠くからでも目立つ人だと改めて思い、颯爽と歩み寄る瀧蔵に釘付けになりながら見つめていた。
横浜から三つ目の駅を降り、ゆるい坂道を上っていった所に瀧蔵の住まいがあった。
四階建ての低層マンションで、オートロックの品のいい造りだ。そこの最上階で降りると突き当たりが瀧蔵の部屋だった。
「散らかってるよ…」
やや不機嫌とも取れる声で言いながら招き入ると、確かに散らかっている。足の踏み場はあるのだが、衣類やタオル等が散乱していた。新聞は高々と積み上げられ雪崩のように崩れているし、下着も脱いだままだった。沙織の勘では女性が出入りしている形跡はなさそうだ。トイレやバスを見ないと確実ではないが、そこまではさすがにできない。沙織は、瀧蔵を信用していなかった自分を恥じた。
「ごめんなさい。押し掛けてしまって…」
瀧蔵は無言のままだった。
「どかして適当に座って」
淡々と言うと、上着をソファーに投げた。
「…散らかってるわね。片付けましょうか?」
沙織が部屋を見回しながら言うと
「片付けにきたの?」
昨夜とは違う穏やかな目をした瀧蔵に出会い、沙織はうつむきながら
「そうじゃないけど……。やっぱり、今夜は帰ります」
自分のはしたなさがイヤになって踵をかえそうとした瞬間、瀧蔵に肩を掴まれた。
迷う間もなく瀧蔵に唇をふさがれた。予想以上の激しいキスだった。息が止まりそうなほど長く、執拗なほどに沙織を離そうとしなかった。沙織は小柄のためヒールを脱ぐと目の前は瀧蔵の胸しか見えない。抱きすくめられたら身動き出来なくなってしまうのだ。瀧蔵は沙織を壁に押しつけるように唇を塞ぎながらブラウスのボタンを外すと、ブラジャーの下をまさぐっていた。長いキスが終わった途端、背中から回した腕で沙織の体を掬い上げるように軽く反らせると、身をかがめるようにして唇で乳房を愛撫した。ストッキングの中には瀧蔵が指をしのばせていた。沙織は、もう逃げられないと観念すると、全身から力が抜けていくのを感じた。その途端、沙織はベッドに押し倒され、秘所に瀧蔵の口唇愛を受けながら、スカートも脱がされていた。全て一瞬のことのように瀧蔵の一連の動作は素早く、沙織に考えるいとまを与えようとしない。電気が煌々とついている中、一番恥ずかしい所を見られた沙織はめまいがしそうだった。
「恥ずかしい…」
そう言うのがやっとだったが、瀧蔵は聞こえないのか、沙織の両脚を広げると更に奥まで舌と指で刺激する。沙織の頭は真っ白になった。瀧蔵は、自分も服を脱ぐと今度は丹念に下腹部から胸の辺まで愛撫を加えた。唇が耳元を撫でた時、体を二つに引き裂くような衝撃が全身に走った。沙織は初体験の時でさえ、こんな感覚にはならなかった。セックスという行為はこんなにも無味乾燥なものなのか…と、多感な年頃だった沙織は拍子抜けした事を覚えている。その時以外でも、なんとなく沙織はいつもシラケていたり、相手が粗雑だったり稚拙だったりしてセックスという行為に馴染めなかった。が、今夜は違った。体の芯が忽ち熱くなり、今まで感じた事のない刺激が全身を突き抜けていく。これまで聞いた事の無い声を聞き、自身が発していると気づくまでに時間を要した。そしてそれが自分の声だと分かると沙織は愕然とした。が、その声を止めようとするが自分でも制御出来ない。瀧蔵の動きは更に激しくなり、それにつられように沙織の声も激しくなる。沙織は自分が泣いているのかと、思わず自分の顔に触れて確かめたほど、すすり泣くような声をあげていた。こんな風になるのだ…薄らいでいく意識の中でぼんやりと思った。この初めての経験を前になす術もなく、やがて全てが真っ白になっていき、暗闇の中で大きな風船がはじけたように感じた。