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祈り ―華やかな傘に守られ―  作者: 小路雪生
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第十七回

 瀧蔵が引っ越した事を知った沙織は、どこから捜そうかと思案した。

 瀧蔵とは大学が違う為、共通の学友や先輩・後輩の繋がりがない。消息を尋ねられそうな共通の友人がいないのだ。

 残る方法は、瀧蔵の勤務先に連絡をするよりないのだが、職場に連絡する事には躊躇いがあった。踏切の別れから既に四年も経っている上、職場ではゆっくり話も出来ない。瀧蔵にしてみれば突然の出来事に戸惑うばかりか、仕事の忙しい最中に架けてこられるのは迷惑だろう。しかし、それ以外に現在の瀧蔵と連絡をとる手段はなかった。

 瀧蔵が電話口に出てくれたら突然の連絡を詫びればいい、沙織はそう決めると、瀧蔵の住んでいたマンションを後にした。


 家に帰ると早速、電話番号案内で瀧蔵の会社の電話番号を調べた。

 久しぶりに話す瀧蔵への第一声を用意しながら勤務先のワールドシネマに電話を架けると、瀧蔵は既に退社したとの事だった。

 それを告げられた沙織はひどく驚いて

「いつですか?」

 やっと尋ねた。そんな沙織の問いかけに、電話口に現れた女性は戸惑いながら

「…申し訳ありませんが、分かりかねます」

 あやふやな感じで答えた。新人かもしれない。

「今、どちらにいらしゃるかお分かりになりませんか?」

 全く予想しなかった展開に動揺しながらも、何か手がかりを掴もうと切羽詰まった声になっていた。沙織の慌てた様子で何かを感じ取ったのか、その女性は急に笑みを含んだ声に変わり

「分かりかねます」

 先と同様の返事を繰り返した。その声は、男を捜しまわる女を揶揄するようだと沙織は感じた。なんとなく馬鹿にされたようで気分が悪くなった沙織は

「そうですか。ありがとうございました」

 切電の挨拶もそこそこに、素早く電話を切ってしまった。

 子機を充電器に置くのも忘れ、呆然とした。こうなるどこを捜せばいいのか見当もつかない。沙織は座り込むと肩を落とした。


「待ってるよ!」

 四年前、踏切で怒鳴っていた瀧蔵の姿を思い出す。瀧蔵はどこで待っているつもりだったのだろうか…それともあの言葉は咄嗟の思いつきだったのだろうか…沙織には、瀧蔵が辞めた理由も分からなければ、最後の言葉の真意も分からない。忽然と行方をくらました瀧蔵の身の上に何があったのか、沙織は全く心当たりがなかった。

この時、瀧蔵に再会するという願いが、急に途方もない事に思えてきて、次の考えも浮かばなくなってしまった。


 しかし、二年も付き合っていてこのくらいしか情報がないというのも情けない。まだ他に手がかりはなかったか、と沙織は過去の記憶を必死で手繰り寄せた。

 瀧蔵は高校を卒業するまで長崎で育った。瀧蔵の苗字は音こそ一般的だが、画数も多く、長崎市内で捜せば以外と早く発見出来そうな気がした。沙織はもう一度、電話番号案内で調べてみたが【瀧蔵遼】という氏名での登録はなかった。詳しい住所が不明の為、姓だけでは別人宅の可能性もある。沙織は暗い気持ちになった。

 沙織はパソコンを開き【瀧蔵遼】の名前をサーチエンジンで検索にかけてみた。が、名前だけではそれらしい記事は見当たらない。その時不意に、実家が貿易会社を営んでいる、と昔聞いた話を思い出した。

 沙織は【瀧蔵貿易】で検索を試みたが該当する記事はなかった。社名が分からないのでは捜しようもない。仮に、瀧蔵の実家が経営する貿易会社を発見したとして、そこに瀧蔵本人がいるのかは分からない。いなかった場合「瀧蔵遼さんはそちらにいらっしゃいますか」と連絡をする事で、会社の従業員や瀧蔵の父に怪しまれても困る、と沙織は思った。


 かつて瀧蔵は

「俺は継がないよ」

 そう言っていた。瀧蔵の家はいろいろと複雑だった。それを嫌った瀧蔵は

「オヤジが考えるだろ。俺には関係ないよ」

 他人事のように言っていた。

「一応株式会社だし、息子が継がなければいけない決まりはない」

 とも言っていた。

「だって、お母様だって息子と離ればなれでは寂しいんじゃない?」

「オヤジがなんとかするだろ」

 突き放すように言っていた。


 そんな人が長崎へ帰るのだろうか…。沙織は、あれこれと思い巡らしながら、壁にぶつかってしまった。

「やっぱり、今更って事かな…」

 沙織は独り言を呟いた。考えても分からない事だった。今はとりあえず出来る事をやるしかない、そう気を取り直すと今度は【瀧蔵遼】【貿易会社】で検索してみた。【滝貿易】という会社のホームページを見つけ、住所を見ると長崎市内とある。

 キーワード検索では駄目かもしれない、と期待していなかったが、沙織はやっと手がかりに繋がりそうな情報を見つけた。やや興奮して身を乗り出し【滝貿易】のホームページを開いてみた。

 まず、誰の会社かを調べようとトップページの【会社役員】という項目をクリックした沙織は、期待に胸が高鳴った。挨拶文にざっと目を通しながら一番下に目をやると【代表取締役 瀧蔵遼】と、名前が記されていた。それを見た瞬間、沙織は飛び上がりそうなほど驚いた。

「いた!!」

 遂に発見したという喜びと安堵感で沙織はディスプレイに抱きつきたいほど嬉しかった。

「どうして、会社を継いだの?」

 しばし感激に浸りながら、沙織はディスプレイの文字に思わず問いかけてしまった。

 消息が分かり嬉しかった。もっと難航すると思われたが、意外とすぐに瀧蔵を発見出来、喜ばしい限りだ。

 が、ここまできて冷静に考えると、踏切越しに別れたあの日以降、瀧蔵の暮らしはかなり変化をしていそうだ。そこには沙織の知らない様々な事情があるに違いない。ホームページを見たからといって、安易に連絡を取っていいものか、沙織は悩んだ。

 沙織は、自身の四年間を振り返った。葛西の事や丸藤を辞めた事、アルコールの問題や現在の体調不良など、本当に幾つもの難題が次々に襲ってきた。沙織はそこを独りでくぐり抜けてきたのだ。辛いと感じる事も、誰かに頼りたいと思う事も沢山あった。が、そんな時に限って頼りになる人がおらず、最近になって様々な問題がやっと一段落した感じだ。だからこそ、今になって逢いたいと思うのだが、瀧蔵はどうなのだろうか。

 恐らく、こうして知る限りでは、瀧蔵も沙織と同様に今日までの四年という歳月の中で、人生の転期を迎えていたに違いない。

「今の会社を辞めるつもりはない」

 かつて、瀧蔵ははっきりとした口調でそう断言していた。なのにその会社を辞め、実家を継いだとなると、ただならぬ事態に見舞われたのではないか…息子が継がねば会社を治められない事情があったとすると、考えてはならない事だが、瀧蔵の父に不幸があった、という可能性がある。そうだとしたら、瀧蔵自身、家の問題や新しい仕事などで気苦労も多かったのではないか。沙織はそこまで考えると、瀧蔵の人生の一大事に自分がなんの力添えも出来なかった事が無念で仕方なかった。

 実際のところは本人に確かめない限り分からない事だが、とにもかくにもこうして慣れない家業を継いだ今、やっと落ち着いた頃かもしれない…瀧蔵の暮らしや心境を考えると、それを乱すような事はしたくなかった。

 沙織は、その名前を見つめながら何時間も考え込んでいた。


 数日間悩んだ沙織は、瀧蔵の所在が長崎と判明した事で、仮に連絡をして気まずくなっても、今後は逢う事はないだろう…そう考えることにした。

 瀧蔵の事情に思いを馳せても結局は独り善がりな考えしか浮かんでこない。いくら考えても分からない事だった。ここはやはり、一時の恥を偲んで近況を尋ねがてら連絡してみよう…沙織は結論を出すと、滝貿易のホームページを開いた。

 きっと瀧蔵も変わっているに違いない…沙織はそれを考えると心が沈んだ。

 その後、香子とはどうなったのだろうか…沙織は、瀧蔵と別れて以降、ずっとその事が心に引っかかっていた。成り行きも結果も判然としないまま、別れる事になってしまった。

 瀧蔵は現在、何を考え誰と一緒にいるのだろうか…沙織は想像してみるが、一度離れてしまった人の暮らしや心をいくら推し量っても分かるはずはない。

 知りたければ、本人に直接確かめるしかない…沙織は何度もそう思いながら、この日も滝貿易のホームページと睨めっこをしたまま過ごし、半日が過ぎようとしていた。

 夕暮れ近い時刻になって、今日も悩んだまま一日が無為に過ぎるのか…そう思うと、もう一日も無駄には出来ない気がした。

「さっさと架けよう!!  架けましょう!」

 尻込みする自分に大きな声で喝を入れてみた。

 玉砕、その二文字が心に浮かんでは消えていく…考え込むと電話を架けにくくなるものだ。沙織はコーヒーを入れると、ゆっくりと味わった。鎮静効果のせいか、心が少し和らいだようだ。沙織は子機を掴むと、余計な考えを振り払うように無心でホームページに載っている番号を押した。『話すのは五年ぶり…』沙織はその年月の重さをひしひしと感じていた。正直なところ、沙織はとても架けにくい。逆の立場なら戸惑うだろうし、ひどく自分勝手な気もする。20代の沙織だったら絶対に連絡出来なかっただろう…そんな事を思いながら、電話を持つ手は緊張して震えそうだ…耳を澄ますと呼び出し音が聞こえてきた。

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