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祈り ―華やかな傘に守られ―  作者: 小路雪生
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第一回

―かがい―とは『貴人にさしかける絹傘』という意味と、孤独・宗教・芸術を表す四柱推命の星の名前でもある。

 沙織は、電車の窓ガラスにうつる自分の顔を見て、ため息をついた。

 窓の外には宵闇が広がり、街の灯が通り過ぎていく。 

 帰宅中の人々が多いであろう、夜の電車内には疲労感が漂っていた。

『この電車に乗っている人の何人が本当に幸せなのだろうか…』沙織は、どことなくくたびれた周りの人々の様子を盗み見ていて、ふいに瀧蔵を思った。


「当機は、間もなく長崎空港に着陸致します…」

 機内アナウンスに目を覚すと、眼下に広がる大村湾の上空を旋回し、着陸態勢をとる飛行機の中にいた。

 始発電車で羽田空港に向かい、朝一番の搭乗だったせいか沙織はずっとウトウトしていたようだ。

 寝ぼけた頭で窓の外を見た瞬間、急ブレーキをかけながら着陸した衝撃で機体が激しく振動した。あまりの揺れと急ブレーキの音、眼前まで迫る海の景色などから、咄嗟に沙織は『止まりきれない!海に突っ込む!!』…と覚悟したが、あわや…という感じで滑走路をカーブし、徐々に減速したものの、なんて乱暴な着陸なんだ…と、思わず外国人の操縦士に腹を立てた。

 羽田を出る時は肌寒く雨が降っていたのだが、離陸して1時間を過ぎた頃から機内の温度が上昇し、窓から朝日が射し込んでいた。長崎空港に降り立つと朝の天候が嘘のように晴れ渡り、上着が要らないほど暖かだ。荷物を受け取り、長崎市内行きのバスのチケットを買おうとして、思わず沙織は

『来ているかしら…』

と、辺をぐるりと見渡した。もしかしたら、瀧蔵が自分を迎えに来ているかもしれない…と期待をしたのだ。

が、瀧蔵の影すら無い…。沙織は、一瞬でも期待した自分の愚かさが恥ずかしくなり、慌てて自販機で〔長崎方面(長崎新地・長崎駅前経由)ー 長崎空港〕往復のチケットを購入したのだった。

 瀧蔵とは、くっついたり離れたりしながら、これまでの時を過ごしてきた。いったい何年になるだろうか…と数えてみるが、数えるのが面倒になって途中でやめた。

 瀧蔵には敢えて到着の時間を連絡していなかった。その上、瀧蔵は、呼んでもいないのに勝手に訪ねる女をわざわざ迎えに来るような男ではなかった。

「何時に着くの? 迎えに行くよ」

 沙織は、そんな言葉を期待してわざと到着日時を曖昧に伝えたのだ。心のどこかで瀧蔵に期待している沙織がいた。

 そんな沙織の心を無視するように瀧蔵はわざと

「そうですか。気をつけて」

 素っ気なくメールで返事をよこしただけだった。「いつ来るの? いつまでいるの? どこに泊まるの?」等々…一切、尋ねようとしなかった。 そんな瀧蔵の態度に、沙織の気持ちは沈んだ。楽しいはずの旅行の計画が一気に色褪せ、ガイドブックを開く事さえ虚しく感じられてしまったのだ。

『初めての長崎観光なのに…一緒にあちこち行きたかったのに…』

 そんな沙織の気持ちなど、瀧村にはまったく伝わらないようだった。

 箕島を埋め立てて完成したという、海上に浮かぶ長崎空港を、沙織を乗せたバスがゆっくりと離れた。空港から九州本土に架かる橋からは、大村湾の水面がキラキラと白く輝いていた。 


 車内は先ほどよりいくらか空いたようだ。電車が最寄りの駅に着いた。

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