第二章(1)『カナン海軍』
助けてくれた将校は、カナン海軍に所属するグレイ・ランツという中将だった。
年の割に位が高いので、相当なやり手だと考えられる。
「君の名前は?」
とても優しい瞳をしたランツ中将は、目の前に暖かい紅茶を差し出した。
豪華な内装の船室に一人で連れてこられて、大きな毛布を被せられて、今に至る訳だが。
「え……と」
暖かい紅茶を手に取って考える。
しかし、適当な名前が思いつかなかった。
「エミュ」
「エミュか。年は?」
これまた答え辛い質問だった。
「十五歳くらい……?」
多分。
おそらく。
捉えられていた女の子達の中では最年少だろう。
「どうして、死神エドワードのアジトにいたんだい?」
「……」
(どうして、と言われても)
黙っていると、ランツ中将は小さく溜息をついた。
「心配しなくて大丈夫だよ。さっきの戦闘で死神エドワードは死んだって報告があったからね」
「……死んだ?」
あのキス魔が本当に死んだのか?
「君も他の女の子達と同じようにエドワードに攫われて来たんだろう?」
(アイツが死んだのであれば、そういう事にしておいた方が無難か?)
と思いつつ、曖昧に頷く。
「そう……もう心配ないからね。港についたら、親御さんの所に送るよう手配するから」
「あの……」
「ん? どうした?」
「親は、いないので……」
酷く驚いた様子の中将。
それもその筈、他の女の子は各国から集められた貴族や王族の娘たちだったからだ。
「そうか。それなら信頼のおける孤児院を紹介しよう」
「ありがとうございます」
(親切な男に出会えて良かった)
エミュは胸を撫で下ろした。
「次の港についたら、すぐに病院へ行こうね」
唐突にランツが、そんな事を言い出す。
「病院……?」
「他の子から聞いたんだけど、君はエドワードに気に入られて……」
「どういう風に聞いたのかわかりませんが誤解です。私は何もされていません」
無表情で語るエミュを見つめたランツは、困惑したように眉尻を下げる。
実の所、エドワードの女好きはとても有名で、一度目をつけられたら対象の女性が心身を壊すまで手離さなかった。
それは子供でも例外ではない。
姫や他の少女達、そして捕まえた末端の海賊達の証言をあわせると、そんなエドワードが"部屋で飼う"と言い出すくらいに酷くエミュに執着していたらしいので、ランツは心配していた。
「心配ないよ。すぐに済むから」
「ですから、必要ありません」
かたくなに首を横に振るエミュを見て、中将は困ったように眉を寄せた。
「そう。でも、考えておいて」
「……わかりました。あの、一つお願いが」
ランツに無理を言って、少年用の海軍の制服を用意して貰って着替える。
「制服は良いけど、剣や銃は危ないからね」
困った様子のランツに、仕方なくも妥協するしかない。
「助かりました。ランツ中将。この恩は必ず」
「期待しないで待ってるよ」
苦笑したランツを横目に見つつ、長い金髪を後ろで縛ると、少し華奢な少年従軍……に見えなくもない。
「何だか勿体無いな」
鏡の中の自分の姿に漸く満足したエミュを見て、ランツは苦笑する。
「勿体無い、とは?」
「折角、綺麗なのに」
「綺麗? そうですか?」
「うん。ま、気にしないで」
ランツが軽く溜息をつく。
「ランツ中将。出来れば、このまま海軍に入れて頂きたいのですが」
「君が?」
ランツは目を丸くした。
「駄目でしょうか。身寄りがないので、何とか稼ぎたくて……」
「残念だけど、うちの海軍は女性起用に関して規制が厳しくてね」
「それでも構わないのですが」
「後で色々教えてあげよう。……落ち着いたら、もう一度考えてみると良いよ」
「ありがとうございます」
その反応からして、何となく難しそうだな……と考えているとランツがポツリと呟いた。
「もしかしたら、だけど。ソウに行く前に立ち寄るライシアの方が女性兵士を雇っているかもしれない。先の戦争で色々と人材が疲弊してるからね」
「戦争?」
「知らないかな? ライシアとソウで起きた戦争だよ。収束に三年くらいかかったかな」
「……」
黙っていると、ランツが説明してくれた。
「五年くらい前に北の国ライシアの上級騎士だったとある戦犯が謀反を起こして、シェラザード姫の故郷であるソウ国に戦争しかけたんだ。――キングも愚かな事をしたな」
「キング?」
思わず、エミュは聞き返す。
(キングが戦犯って……一体何やらかしたんだ? っていうか……どういう事? 別人か?)
通常ならば、出撃したばかりのキング達は今、赤子か幼年期の筈だった。
「キングっていうのは戦犯ライン・ウォルトの渾名だよ。渾名の通り王のような覇気のある男だ。ライシアで戦争前迄は英雄と呼ばれていたんだが……近々、極刑になるっていう噂だね」
「……極刑?」
エミュが目を細めたのを見て、ランツが口を開く。
「謀反と戦争を起こしたからね。国際裁判が、いつになるかわからないけど、それが終わったら極刑になるんだよ」
「そのキングっていう人は今、どこにいるんですか?」
「ライシアの北にある収容所にいるよ」
「収容所……」
エミュは思案気に目を伏せる。
(もし、キングが"あのキング"だとしたら……アイツ等、今、何歳なんだ?)
ライシアで降ろして貰って、真相を突き止めるのも一つの手かもしれない。
(あー、でも。それより先に聖女を探さないと……仕事も見つけなきゃなー)
人生の始めに家族がいないのは痛かった。
「あっと。こんな時間だ」
ふと時計を見つめたランツが、エミュを促す。
「姫が待っているよ。急がなくちゃ」
「はい」
色々しなければいけない事が山積みだった。
しかし、何より先に……。
八年→五年に変えました。無理があったので……。