(3)
「首なんか吊ろうとするなよ。お前が死んだら、今度こそシェラザードに手を出すからな?」
と、訳の分からない事を言われて、どこかの一室に連れて来られる。
天蓋付きの豪華なベッドの上に放り出されたと思ったら、ベッドの脇に置いてあった手枷を嵌めてきた。
「立て続けに自殺をはかられると流石に寝覚めが悪い。これだから貴族達の娘は嫌なんだ」
言いながら、エドワードは服を脱ぎ始める。
「……おれは、女じゃない」
不本意ながらも泣きながらそう言うと、エドワードはクックックと喉を鳴らした。
「そんな格好で、何を言ってる?」
両腕をベッドに括りつけられた全裸のままでエドワードを静かに見つめる。
「誓って本当だ。神が嘘つきでなければ」
「神が? 面白い事を言う奴だな。確かに胸はないが」
脱ぎ終えたエドワードがベッドの上に登ってくる。
「っ……」
男の顔を間近で見て、息を飲む。
すると何を思ったのかエドワードは、涙と汗で顔に張り付いた髪を綺麗に撫でつけてきた上に、涙を拭ってきた。
そして、意外と優しく素肌に触れてくる。
「名は何と言う?」
「え……」
エースと告げようとして、今回は極秘任務だという事を思い出す。
「名前なんか、どうでも良い。好きに呼べ」
微妙な所に触れてくるので顔をしかめつつそう言うと、エドワードは物凄い笑顔を浮かべた。
「じゃ、お前は今日からエミュだ」
「エミュ? ……っ」
口を塞がれると、嫌でもこの先何をされるかが想像出来た。
生まれたばかりで、身体や力のコントロールが上手く出来ないのが悔しい。
新たな涙が頬を伝ったのが感じられた。
「まるで赤ん坊みたいな肌だな。エミュ」
嫌がらせのように耳元で囁いてくるエドワードを睨みつける。
身を攀じる度にカチャカチャと手枷の音が響いた。
何故か焦らすような、ゆっくりとした動きのエドワードに対し、イライラしたエミュは口を尖らせる。
「やるなら早くしてくれないか」
「クックック……やっぱり変な女」
再び深く口づけて来る。
それは酷く長い時間だった。
(いつまで、こんな事をしてるつもりだ?)
酸欠で意識が朦朧としつつある中で考えていると、やがてエドワードはベッドから降りる。
「な、に?」
痺れた唇で問うが、返事はなく。
代わりにエドワードはズボンを履くと、ドアを開けて部下を呼んだ。
「おい、シーク。酒持ってこい。ロゼラルの一年物まだあったろ?」
「そりゃ、ありますが。女は?」
シークと呼ばれた細身の男は、チラッとベッドの上で酸欠のせいで顔を上気させながら泣いているエミュを見て、納得したらしい。
「随分、気に入ったみたいですね。船長」
「ああ。見せしめに、すぐに牢屋へ戻そうと思ってたんだが気が変わった。このままオレの部屋で飼う」
「飼う? 本気ですか?」
「勿論、本気だ」
「本当に気に入ったんですね。了解しました。今度は、くれぐれも気をつけて下さいよ。こっちが面倒になるんですから」
「わかってるって。手枷してあるから安心しろ」
エドワードは部屋に戻ってパイプを吹かせると、エミュを見つめた。
「お前、酒飲めるか?」
「飲んでみないとわからない。それより、どういうつもりだ?」
「言ったろ? この部屋でお前を飼う事にしたんだ」
「犬とか猫じゃないんだぜ? 人を飼うなんて効率的じゃないし趣味悪すぎるぞ」
「ははは! 違いない」
何がそんなに可笑しいのか?
疑問に思うくらいにエドワードは腹を抱えて笑っている。
笑いの波がおさまると、男は目に力を込めてエミュを見据えた。
「お前、誰に服を脱がされた? 女達に手を出すなと部下には厳しく言ってあったんだが」
「……」
眉間に皺を寄せていると、何故かエドワードは苛ついた様子で髪を掻き回す。
「言いたくないのか? それとも思い出したくないのか?」
どっちも違うという意味で、目を伏せる。
「顔は見たのか?」
顔を横に振ると、エドワードは溜息をついた。
「ま、良いさ。とりあえずシェラザードが無傷ならな」
何故か不機嫌そうに吐き捨てるようなエドワードの言葉。
「これ、外せ。痛い」
カチャカチャと音をたてる手枷を忌々しく睨みつけていると、エドワードが飽きもせずに口づけをしてくる。
強烈な煙草の匂いがして、むせそうになった。
正直、そうされると身体が勝手に泣き出すので、やめて欲しいのだが。
コンコンとノックの音がして、シークが酒瓶とコップ二個、それからツマミをお盆に載せて持ってきた。
「ここ、置いときますよ?」
「……ん」
呆れた様子のシークが、脇目も振らずにキスしている二人を見て、肩を竦めた。
エミュは泣きながら嫌がるように手枷を擦り合わせている。
「そんな子供に手を出さなくても、港に行けば幾らでもいい女がいるでしょうに」
シークは、脅し目的の対象に本気にならなくても……と呆れた。
「こいつ……エミュは別腹だ。こんな女がいたとはな」
「そうですか。それは失礼しました」
肩をすくめたシークが出ていくと、おもむろにエドワードは酒をコップに注ぎ始める。
「お前も飲めよ」
「どうやって?」
エドワードは口許に笑みを浮かべつつ、自ずから酒を口に含んだ後、再び深く口づけた。
「ん……」
琥珀色の熱い液体が喉を焼く。
独特な風味と酸味が絶妙で。
「……美味い」
「もっと飲むか?」
「普通に飲みたいんだけど?」
「却下だ」
こいつ嫌な奴だ。
そう思いながら、とても美味い酒を二人で飲み干した。
☆話のつじつまを合わせるために、少々修正。