93.考えて行動するべき
93.考えて行動するべき
朝食の支度を終えてテーブルに付く。家族全員が揃って朝食をとるのが羽田家の日課になっている。
「またデザイナーの仕事を始めるんだって?」
主人が読んでいた新聞をたたんで聞いた。
「ええ。フリーのデザイナーとしてね。自宅で仕事ができるから助かるわ」
「なんだか、昔の君みたいに生き生きしているね。頑張れよ」
食事が済んだら主人と子供たちを送り出す。子供たちを先に外へ出した主人がそっとキスをしてくれる。
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
こうして私の1日が始まる。昨日でほとんどの引継ぎは終わっている。今日は彼女の仕事ぶりを確認するだけ。ティーエムアーキテクトでの勤務は今日で最後。新人の子の歓迎会を兼ねて、送別会もやってくれることになっている。
「お母さん、今日は少し遅くなるので、子供たちをお願いします」
「ああ、ゆっくりしておいで。最後のお勤めだものね」
会社に着くと、高田社長とエレベーターの中で一緒になった。
「この前はごめん」
「いいえ、それくらいのことは仕事の一部だと割り切っていますから」
「そういう風に言われると、なんだか切ないなあ」
「高田さんほどの人があんな風に軽々しい態度を取るのは良くないです」
「けっこう本気なんだけど…」
そこでエレベーターのドアが開いた。社長室へ向かう高田の後姿を見送りながら琴音は食事に誘われた夜のことを思い出していた。
あの日、高田はいきなり琴音にキスをした。琴音は慌てずにそのキスを受け止めた。すると、高田の方が気おされて唇を離した。
「ごめん」
「謝るくらいなら、もう少し考えてから行動なさるべきです。そうでないと、謝られた私がみじめになってしまいます」
そんなやり取りがあったことを琴音は思い出していた。




