92.精いっぱいの主張
92.精いっぱいの主張
生まれたばかりの子供の世話がこんなに大変だとは思わなかった。話を聞いたり、雑誌などで読んで、それなりに覚悟はしていたのだけれど。
優介は食が細いせいか、睡眠時間が短く、寝ぐずりが激しい。昼夜関係なく博子は家事と育児でまともに寝ることが出来なかった。休日に康祐が面倒を見てくれるので、そういう時はここぞとばかりに寝貯めするようにした。
「ごめんなさい。せっかくのお休みなのに」
博子は申し訳なさそうに康祐に言う。
「僕は結構、楽しんでやっているから構わないよ」
実際、康祐は初めての自分の子供を見ることが楽しくて仕方がなかった。どんなにたいへんでも我慢強く面倒を見たし、それを大変だと思ってもいないようだった。。
博子が起きると、康祐が夕食の支度までしてくれていた。
「ねえ、私、このまま家庭を守りたいと思うんだけどいいかしら?」
「僕はそうしてもらった方が嬉しいよ。社長はがっかりするかもしれないけれど」
育児が落ち着いたら復職するつもりでいた博子だったが、手の掛かる子供ほど可愛いという事なのだろう。康祐は結婚した当時から博子には家庭に収まって欲しいと思っていただけに、その申し出を拒む理由は無かった。
博子が復職するまでの派遣社員として勤務していた琴音がデザイナー契約をしたことで、高田は新たに事務の女性社員を応募した。今度は派遣ではなくて、正社員として。最初に問合せの電話があった女性を面接もせずに即採用した。早速、その日の午後に来社してもらう事にして、琴音と引き継ぎ業務を行わせたのだ。
その日の夜、高田は琴音を食事に誘った。
「今日は急に誘ってしまって、家庭の方は大丈夫だったのかい?」
「そういう気を遣ってくださるのなら、お誘いにならないでください。大丈夫じゃなければ、お誘いを受けたりは致しませんから」
琴音は凛とした態度で高田を見据えた。生真面目で硬い印象の彼女が精いっぱい、好意を主張しているのだということを高田は理解していた。
「新しい子はどうだろう?すぐに使えそうかな?」
「3日下さい。3日で一通りは教えます。それにしても、無謀ですよ。あんなに簡単に社員を採用するなんて」
「君が引き継ぎをしてくれるのなら、どんな子でもモノになると思ったからさ」
「買い被り過ぎです…」
琴音はその先の言葉を発することが出来なかった。高田に唇を奪われたから。




