91.新たな希望
91.新たな希望
ティーエムアーキテクト社長の高田は自身も一流の設計士だ。大きな設計コンペで何度も賞を取っている。この業界においてはそこそこ名の知れた人物なのだ。
琴音が所属する派遣会社からティーエムアーキテクトでの勤務を言い渡されたのは偶然だったのだけれど、その社名を聞いた琴音の心中は穏やかではなかった。あの高田の事務所で仕事ができるのだ。設計の実務ではなく事務職だとしても、そこで働けるのは胸が高鳴る。
「羽田さんって、以前は長田さんの事務所に居たそうだね」
長田というのは琴音が以前に勤めていた設計事務所の所長の名前だ。
「はい。でも、もう10年以上も前の話ですから」
「ちょっと付き合って貰えないかな?」
「えっ?でも、ここの仕事は?」
「誰も居なくなるわけではないんだから、君がちょっと居なくなるくらい大丈夫だよ」
もしかして、以前の経験を買ってくれて何か仕事を与えてもらえるのではとも考えた。けれど、その仕事はしないと決めているので変に期待するのはやめた。
高田に連れられてきたのは私立の幼稚園だった。夏季休暇の間に室内の家具をリニューアルするのだという。機能的で子供たちが使うのに便利で、可愛らしいデザインにしたいという事だった。
「社長、私は…」
「解ってるよ。残業してまでやる必要はないから。君の経験と実力なら今の仕事だけじゃ手持無沙汰だろう?」
確かにそうなのだけれど、派遣社員の琴音が自分の一存で契約内容と違う仕事をするわけにはいかない。
「会社の方には技術職としての単価で申請を出しておいたから」
翌日から琴音は必要な資料を集めたり、メーカーの展示会などに足を運んだりした。もちろん、事務の仕事に支障が出ない程度に。琴音が外に出ている間は高田が電話番を引き受けてくれた。そして、琴音がデザインした家具はことのほか好評で、その手の専門誌にも掲載されることになった。
「おめでとう!羽田さんってすごいんだね」
琴音のデザインが掲載された雑誌を手に事務所の面々が祝福をしてくれた。
「フリーのデザイナーとして、ウチと契約する気はないかい?」
高田から思わぬ誘いを受けた琴音は、思わず高田の顔を見つめていた。




