88.決断
88.決断
康祐が尾崎家を訪れると、珍しく尾崎の姿があった。
「週末に休みが取れるなんて珍しいですね」
「実は、ジェノアは辞めたんです」
「と言うことは、もしかして?」
「はい。自分の店を出すことになりました」
「それはおめでとうございます。それで、どちらに?」
「九段に」
「じゃあ、うちの近くじゃないですか!オープンはいつですか?是非、伺わせてください」
「来月1日です。今度の店はジェノアのような高級店ではなく、大衆向けのイタリアンなので、気軽に寄って下さい」
「それは何よりです」
その日は尾崎が新しい店に出す新メニューを披露してくれた。康祐たちは腹がパンクしそうなほどご馳走になった。
和美と達雄は映画を見た後、いつもの様に食事をしていた。
「明日の予定は?」
達雄が翌日の予定を聞いてくるのはこれが初めてのことだ。
「何も無いわ」
「じゃあ、今日の門限は?」
「私がいくつだと思ってるの?門限なんかあるわけないじゃない…。ねえ、それって…」
和美が言い終わる前に達雄は和美の前に鍵を差し出した。
「君のために部屋を用意したんだ。いつでも好きに使ってくれ。そして、出来れば、今夜はその部屋で僕と一緒に過ごして欲しい」
和美はテーブル越しに達雄に抱きついた。グラスが倒れ、箸が宙を舞った。周りの客の視線が一斉に和美たちのテーブルに注がれた。和美はそんなことになどお構いなしに達雄にキスをした。
達雄は決して上手だとは言えなかった。しかし、和美は満足していた。これから少しずつ達雄との距離を縮めて行こう。今の仕事はもう辞めよう。康祐の顔を見ていると、未練が残りそうだから。私はこの人の気持ちに応えてあげたい。和美は心の底からそう思った。




