8.「当たり」と「合格」
8.「当たり」と「合格」
康祐は29歳で結婚した。妻の理恵は27歳だった。
康祐にしてみれば、理恵には家庭に収まって欲しかったのだけれど、理恵は仕事を辞めないと言った。せめて、30歳までは働きたいと。当然、子供もNG。恋人でいた時には、そんな理恵の事がまぶしくて、康祐は一生この人と一緒に居たいと思っていた。
理恵が30歳になった時、独立の話が舞い込んだ。理恵はせっかくのチャンスを逃したくないと言った。当然の成り行きで康祐と理恵は別れた。今から2年前、康祐が33歳の時だ。
別れてからも康祐は理恵と会っているけれど、結婚前の様なワクワクするような感覚は失われていた。
岩崎博子がいきなり自分の前にやって来たのには康祐も驚いた。
けれど、康祐自身も彼女が面接でうちの会社に来た時は心が弾んでいた。“恋”とまではいかないにしても、結婚してから感じることのなかった感覚を久しぶりに感じた。“一目惚れ”いや、そうではない。最初に電話を受けた時から康祐の心の中に彼女の存在が深く入り込んでいたのかもしれない。
「少しお話しましょう」
「構わないけど…」
康祐の横に居た諌山沙織が笑った。そして、席を立った。
「私、社長に挨拶してきますね」
そして、去り際に沙織は康祐にに耳打ちした。
「やるわね」
博子は率直に言った。
「佐久間さんは私のことをどう思いますか?」
「会ったばかりなのに、どう思うかって聞かれても…」
「第一印象ってあるでしょう?」
答えにくいことを簡単に聞いて来る。けれど、悪い気はしない。それはつまり、既に、康祐が彼女に魅かれているからなのかもしれない。康祐はすこし考えたけれど、本当に感じたことを素直に話すことにした。
「当たり!そう思った」
康祐は答えた。実際、そう思ったのだから。
「合格!私はそう思ったわ」
博子は言った。そして声を出して笑った。
「私達気が合いそうですね」