62.人を好きになるのに理由なんかない
62.人を好きになるのに理由なんかない
店を出ると、理恵はタクシーを拾って湯川を詰め込んだ。
「新宿」
そう言ってタクシーを走らせた。
湯川はタクシーの中で無言のまま、理恵の横顔を眺めた。左手は理恵がずっと握りしめたままだ。理恵は新宿の高層ホテルの前までタクシーを誘導すると、湯川を引っ張り下ろした。
「ついて来て」
事務所に戻った康祐は高田に呼び止められた。さっき、小田切から聞いた話を高田に報告した。
「そうか、志穂さんと…」
「社長、知ってるんですか?」
「一度だけその店に行ったことがある。それよりも、小田切の退職で主任の席が空いてしまった。どうだ?佐久間、お前に任せたいと思うんだが」
「えっ?」
理恵の勢いに押されて湯川はなすがままに理恵を受け入れた。
「私は本気であなたのことが好きなの」
理恵は体を回転させてタバコに火を付けた。
「どうして?」
「人を好きになるのに理由なんかないわよ。さっきも言ったけど、結婚なんて望まない。あなたの家庭を壊すようなことはしないわ。あなたに愛されなくてもいい。たまにこうして会ってくれるだけでいいわ。その代り、私はあなただけを好きでいることはできないの。それだけは覚えておいて欲しいわ」
湯川は都営新宿線の最終電車に乗っていた。確かに理恵は魅力的な女性だ。彼女がああ言うのならそんな付き合いも悪くないと思った。東大島について帰宅する途中、康祐と博子に会った。
「あら?」
湯川に気付いて声を掛けてきたのは博子だった。康祐も会釈をして微笑んでいる。
「その後、理恵とはうまくやっていますか?」
康祐に問いかけられて湯川は「えっ?」と声を漏らしてしまった。




