5.メリット
5.メリット
高田は仕事を切り上げて博子の入社祝いをやろうと言った。そして、どうせお前も暇なんだろうというような合図を康祐に送って来た。彼女は何か用事があるのだと思っていた康祐は返事を濁した。
「まだ、5時前ですよ。それに彼女だって急には無理でしょう」
「大丈夫ですよ。是非お付き合いさせて下さい」
彼女の返事は意外だった。
本当を言うと、博子にはこの後、男の人と会う約束があった。前の会社の取引先の人で、食事に誘われていたのだ。会社が倒産する前から何度も誘われていた。悪い人ではなさそうだったが、下心がないとは言い切れなかった。45歳、妻と二人の子供がいる。付き合ったところで博子には何のメリットもない。
ところが、会社が倒産すると、新しい勤め先を紹介してくれると言った。気は進まなかったけれど、背に腹は代えられない。会うだけ会ってみようと思っていた。それで、変な風に言い寄って来るようなら平手の一つでも食らわして帰ればいい。そんなつもりだった。だから、この会社に採用されたのはラッキーだった。
高田は二人を行き付けの寿司屋に連れて行った。
「とりあえず、今日は内輪だけど、改めて歓迎会は開くから」
高田はそう言って博子のグラスにビールを注いだ。
「何か用事があったんじゃないですか?」
康祐は彼女に聞いた。
「いいんです。知り合いが仕事を紹介してくれることになっていたんですけど、もう必要なくなりましたから」
「それならいいけれど…」
その知り合いってどんな人なんだろうか…。康祐は少し気にはなったが、彼女がそう言うのなら康祐が口を挟む問題ではない。
「そう言えば、最初に電話を受けてくれたのが佐久間さんでしたよね」
「ああ、他に誰も居なかったからね」
「それで、面接もされたんですか?」
「まあ、そう言うことかな」
博子は何か意味ありげな笑みを浮かべた。しかし、それがどんなことなのか、康祐には分からなかった。少なくとも、この時は。