44.君の手料理が食べたい
44.君の手料理が食べたい
何とも間が悪い。
康祐は麻美と食事をしていた。博子に振られた直後に麻美から電話があったのだ。内装工事のお礼を兼ねて食事をご馳走したいと。康祐は指定された新宿のホテルで待ち合わせをし、地階のイタリアンレストランで今まさに乾杯のグラスを交わしたところだった。康祐の携帯電話が鳴ったのはそんな時だった。
「あら、もしかして彼女から?」
麻美は微笑んで尋ねた。そして、無理をして自分に付き合う必要はないと言ってくれた。
「すみません。それじゃあ、今度埋め合わせをさせてください」
康祐は急いで席を立つと、電話に出た。
『やっぱり晩御飯をご馳走して』
と、博子の第一声。続けざまに博子はこう言って電話を切った。
『今エレベーターに乗るから。すぐに掛け直すわ』
康祐は携帯電話をポケットにしまうと、ロビーへ向かうエスカレーターに乗った。ロビーに上がると再び携帯電話が鳴った。博子からだった。康祐が携帯電話を耳に当てた瞬間、博子の叫び声が耳に飛び込んできた。
「あっ!」
その声は電話越しではなくて、直接康祐の耳にも届いた。視線の先にはエレベーターホールを早足で歩いてくる博子の姿があった。
二人は康祐の部屋がある南砂まで戻ってくると、この辺りでは一番大規模なショッピングモールの食料品売り場へ足を運んだ。
都営新宿線も混んでいたけれど、九段下で東西線に乗り換えると更に混み合っていた。向き合った状態で密着していると、康祐が博子の手を握って耳元で囁いた。
「そろそろ、料理教室の成果を見せてくれないかな」
二人ともホテルでの夕食を食べそびれたので、地元でゆっくりしようという事になって電車に乗ったのだが、康祐は博子の手料理が食べたいと思いついたのだ。
「自信がないわ」
「大丈夫さ。僕も手伝うから。ただ、冷蔵庫の中身が乏しいからで買い物をしていこう」
博子はカートを押す康祐の後姿を眺めながら、なんだか暖かい気持ちになっていた。




