43.ドキドキするのは…
43.ドキドキするのは…
痴漢を撃退してくれたことがきっかけで、正行と付き合うことになった。正行は大人の男だった。正義感が強く行動力があり、いろんな知識も豊富だった。そんな正行を愛するのに時間は必要なかった。
博子にしてみれば、少しも考えなかったわけではない。正行くらいの年齢であれば結婚していても不思議ではないし、妻子がいると考える方がむしろ自然だったから。
愛し合う時はいつも新宿の高層ホテルだった。正行の職場が新宿だったから。正行の部屋へ誘われたことは一度もなかった。そして、正行も博子の部屋に泊まることはしなかった。
「知ってて付き合っているんだと思っていたけど」
正行の口からそんな言葉を聞いても「もちろんよ」と強がった。「奥さんと別れて」そう言いたかったけれど、言えなかった。「好きだよ」正行の口から出るその言葉が博子を縛り付けた。いつかは願いが叶う。そう信じて付き合ったけれど、正行は一度も博子に「愛している」とは言わなかった。
もっと早く気付けばよかった。正行にとって博子は愛人でしかないのだと。
「今日は早く上がれるから一緒に飯でも食おう」
康祐に誘われて嬉しい半面、博子は困った。
「今日はダメ。早苗と約束があるの」
言えるわけがない。前に付き合っていた男と会う約束があるのだなんて。
「まあ、いいや。今日は久しぶりに残業もないし、僕はまっすぐ帰ってるから」
「ええ、ごめんなさい…」
相変わらず、待ち合わせの場所は新宿の高層ホテルのロビーだった。正行はきっと部屋を取ってあるのに違いない。約束の時間より5分早く着いたけれど、正行は既に来ていた。
「やあ、とりあえず、飯を食おう」
そう言えば、ここに泊まる時はいつもここで食事をしていたような気がする。レストランの窓から新宿の夜景を眺めながら博子はふとそう思った。あの頃はこんなことが嬉しくてたまらなかった。今は康祐と一緒なら、学生相手の定食屋でもドキドキする。あの時ドキドキしたホテルのレストラン。あの時と同じように正行と一緒なのに。けれど、ちっともドキドキしない。博子は正行に対する思いが急に醒めていくのを感じた。
「ごめんなさい」
そう言って席を立つと、博子はまっすぐにエレベーターに向かった。向かう途中で康祐に電話を掛けた。
「やっぱり晩御飯をご馳走して」




