29.深入りはしない
29.深入りはしない
康祐は電車を降りると、エスカレーターを駆け上がり、一気に外に出た。大島の交差点で周囲の風景を確認してから新大橋通りを東へ向かった。中の橋商店街の入り口を見つけると、“純”まで走った。
店のドアを開けると、ママが手を振った。客は誰もいなかった。
「彼女、来ていませんでしたか?」
「さっきまで居たのよ。佐久間さんが仕事で遅くなるみたいだからって、たった今帰ったところよ」
康祐はうなだれて、カウンターに手をついた。
「少し飲んでいく?」
曜子は康祐を足止めしようと思った。このまま帰せば康祐は博子の部屋に行くのかもしれない。湯川と一緒に店を出た博子は部屋に帰っているはずもなく、まして、湯川が博子の部屋に居たらまずいことになるかもしれない。考えすぎかもしれないけれど。
「ああ、じゃあ、少しだけ」
康祐は頷いて、一番手前の席に着いた。曜子はホッとして康祐に微笑んだ。
東大島駅の都営新宿線高架下にある中華料理店、“龍神軒”に入った二人は生ビールで乾杯していた。
「よく来るの?」
博子が提案してこの店に来たので、湯川はそう聞いた。
「たまに、残業して夕食の支度が面倒な時とか」
「ふーん…」
湯川は博子を興味津々で眺めた。
「顔は綺麗なのに、なんだか、同年代のオヤジ仲間と飲んでいるみたいだ」
「えー!それって失礼。でも、男の人にはよく言われる」
博子も湯川に興味を抱き始めていた。しかし、妻子ある湯川と深い付き合いをするつもりなどなかった。康祐に対する当てつけのようなつもりだったからだ。この男ならお互いに深入りすることはないだろう。
曜子も客商売なのでわきまえている。二人の関係もまだよく知らないのに、余計なことはしゃべるまい。もし、何か聞かれても必要以上のことはしゃべらないようにと。
康祐は最初のグラスを一気に空けるとため息をついた。曜子はそんな康祐にマイクを差し出した。
「気分転換に一曲聞かせてくださいな」




