28.不安な気持ち
28.不安な気持ち
博子が“純”に来て、しばらくすると一人の男が入ってきた。男は博子から一つおいた席に座った。
「いらっしゃい」
曜子はそう言うと、博子に目配せしてその男の前に移った。どうやら常連の客らしい。そう言えば、先日、康祐と飲んでいるときにも見かけたような気がする
康祐は驚いて立ち上がると、上着を手にした。
「すいません。そろそろ行かないと…」
そう言って、若杉家を飛び出した。
麻美はグラスのシャンパンを一気に飲み干し、苦笑いを浮かべた。
「ちょっと急ぎ過ぎたかしら…。まあ、でも、これくらいの方が楽しめるのかしら」
そう呟くと、シャワーを浴びに浴室へ向かった。
康祐は若杉家を飛び出すと、速足で駅へ向かった。市ヶ谷の駅に着くと、JRの改札口で立ち止まった。普通なら、飯田橋まで行ってから東西線に乗り換えるのだが、都営新宿線の方へ歩き出した。出かける前の博子の表情が気になった。メールの返事がないことも。
ホームに着くと、ちょうど急行電車がやってきた。東大島に急行は止まらないが、“純”に行くのなら急行が停車する大島の方が近い。電車に乗ってから博子にメールした。
『これから帰るけど、行ってもいい?』
博子の隣にはいつの間にか、その常連の客が座っていた。あれから他の客は一人も来ない。自然な流れだと言えばそうなのだが、隣の席を勧めたのは博子だった。
博子にしてみれば、康祐に対する後ろめたさはあった。けれど、それ以上に不安な気持ちの方が大きかったのだ。正直、今日は康祐はもう、ここには来ないと思っていた。だからというのではないけれど、一人で居るのがとにかく辛かった。
湯川と名乗ったこの男は、そんな不安定な博子の気持ちをすっぽり受け止めてくれた。ただ、話を聞いているだけなのだが博子にはそれが心地よく思えた。
「湯川さんって、結婚してらっしゃるんでしょう?」
「そうだよ。曜子ちゃんちの子供と同級生の子供が居るんだ」
隠そうともせずに、堂々と言う湯川に好感を覚えたのと同時に残念だと思う気持ちを抱いたのも否めなかった。そんな時、康祐からメールが入った。博子はそれを無視した。
「ねえ、湯川さん、お腹がすいたのでラーメンでも食べにいきませんか?」




