11.まずはアドレスから
11.まずはアドレスから
業務時間が終わると、博子は「お先に」と告げ、事務所を出た。それを見た康祐もすぐに席を立った。
博子が指定したのは歓迎会をやったワインバーだった。彼女はカウンターの端に座っていた。
「お待たせ」
康祐はそう言って彼女の隣に座った。
「どうして誘ってくれないんですか?」
博子は焦れたような表情で康祐を見つめた。
「いや、あれ以来、岩崎さんが僕を敬遠しているように感じたから…」
「女の方から誘えないでしょう。それに社内でいちゃいちゃするのは嫌だわ」
博子の今の言葉は康祐には意外だった。康祐は博子がもっと積極的な女性なのだと思っていたからだ。だから、最近はこんな風に考え始めていた。
「僕はてっきり、岩崎さんは社交辞令であんなことを言ったのかと思っていたよ」
「だとしたら、わざわざ佐久間さんのところまで行ったりしないわ」
佐久間康祐いつもそうだった。自分から女性に声をかけるのが得意ではなかった。そのために、学生の頃はずっと彼女と呼べる相手はおろか、女友達さえ出来ないままだった。
理恵との出会いはそんな康祐にとって運命ともいえるものだった。理恵は何かと人の世話をするのが好きな―悪く言えばお節介なのだが―女性だった。そして、口数の少ない康祐にも好意的に接してくれた。康祐はそれを自分に気があるのだと勘違いしていた。
自分は女性にはもてない。康祐は自分でそう決めつけていたため、好意を持っている女性の存在に気が付く訳もなかったから仕方がない。
ただ、実際には康祐のことを密かに思っていた女性は少なからずいたのだ。理恵は康祐と良く話をしていたので、そんな女性達から相談を受けたことが一度や二度ではなかったのだ。
康祐はマスターが薦めてくれたチリ産の白ワインを一口啜った。今までみたいな受け身の状態では女性と付き合うことは難しい。理恵と結婚したことでそのことを忘れていた。今、岩崎博子はそのことを思い出させてくれた。
「とりあえず、携帯電話のメールアドレスを教えて」
まずはそれくらいの事は知らないと始まらない。




