100.いくつになっても恋をしたい
100.いくつになっても恋をしたい
出会いは最悪だった。男女の相性は第一印象でほぼ決まってしまうなどという話を聞いたことがある。そういう意味では琴音にとって伸行と結ばれることは有り得ないことだった。康祐の第一印象も決して良いものではなかった。
本当に自分との相性が良い相手に巡り合うことは奇跡に近い。そんな中で琴音は最高の相手と結ばれた。
伸行と付き合い始めても、衝突することは多かった。けれど、いつの間にかお互いの考えが同じなのだという事に気が付いた。なんだかんだ言っても、一緒に居ると心地がいい。いつの間にか一緒に暮らしていた。琴音が26歳の時、最初の子供を妊娠した。それをきっかけに琴音は仕事を辞めて籍を入れた。伸行は琴音に仕事を続けてもらうために、田舎から母親を呼び寄せ一緒に暮らしたいと言った。けれど、義母と暮らすことを琴音は歓迎したものの、仕事はきっぱりと辞めたのだった。
康祐の第一印象は、無表情で何を考えているのか判らない、一緒に居ると鬱陶しい。そんなイメージがあった。だから、敢えて、話しかけることもしなかったし、用事がなければそばに寄ることさえもなかった。知らない人間と余計な関わりを持つことはトラブルの元になることを何度も体験していたから。
康祐に対する考えが変わったのは琴音がティーエムアーキテクトを辞めてからだった。仕事のパートナーとして否応なしに付き合わざるを得なかった。そして初めて気が付いた。何を考えているかわからない男は誰よりも色んなことを頭の中に詰め込んでいた。いつ、どこで、どんなことが起こってもサラッと対応してしまう。琴音が望んでいることはすべて事前に用意がされている。琴音は次第に、康祐をただの仕事のパートナーというより、一人の男として認めていた。それは、かつて、高田に憧れていたのとは全く違う感情だった。
康祐は初めて琴音の顔をじっくりと眺めた。綺麗な顔をしていると思った。元々美人だということは認識していた。けれど、琴音の顔には自信や経験が創り出す力強さがあった。その力強さが圧倒的な美しさとして滲み出ている。
「以前、あなたが言ったように私もいくつになっても恋をしていたいわ。もう、恋に恋する年頃ではないから、本当の恋をしていたいわ。私が女である限り」
「僕もそうだよ。僕が男である限り、いくつになっても恋をしたい」
その一瞬で、二人はお互いを理解し合った。
「さて、それじゃあ、そろそろ昼飯でも食べに行こうか?」
「さすが、佐久間さん!」
「カツカレーの大盛りを食べに行くよ」
「カツカレーの大盛りを食べに行くわよ」
同時に言った後、二人は目を合わせた。そして、腹の底から声を出して大声で笑った。