1.きっかけは1本の電話だった
1.きっかけは1本の電話だった
広いフロアに電話の音が鳴り響いている。誰も取る気配がない。康祐は立ち上がってブースから顔を出して辺りを見渡してみる。
「ありゃ?誰も居ないや」
佐久間康祐が務める会社は建築の設計と工事の管理をやっている。事務所には個人ごとに仕切られたブースが並んでいて、彼の作業スペースもその中の一つにある。
鳴っている電話は代表番号にかかって来たものだった。今日はたまたま総務の女の子が不在だったため、鳴りっ放しになっている。普段なら、誰かしら居る者が電話を取るのだが、今日は皆外出していて、事務所には康祐しか居なかった。
康祐は仕方なく電話を取った。
「ティーエムアーキテクトさんですか?」
落ち着いた女性の声。
「はい、そうですが…」
「岩崎と申します。ハローワークから紹介されてお電話したのですが…」
ハローワーク?康祐は思い出した。今まで居た総務の女の子が寿退社することになっていたことを。それで、代わりの子を募集しているという話を聞いた覚えがある。
「面接にお伺いしたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?」
康祐はスケジュールボードに目をやった。社長の帰社時間は午後3時になっていた。
「申し訳ありませんが、今担当の者が外出しておりますので、3時以降にもう一度お電話して頂いても宜しいでしょうか?」
少し間をおいて、彼女は応えた。
何か用事でもあるのだろうか?康祐は一瞬、そんなことを思った。まあ、それは余計な詮索だ。
ほどなく受話器から彼女の声が聞こえて来た。
「分かりました。それでは後ほど改めさせていただきます。失礼ですが、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
康祐は自分の名前など聞いても仕方がないのに…。そう思ったけれど、彼女に名前を名乗った。
「佐久間といいます」
「佐久間さん、わざわざご対応いただきありがとうございます」
そう言って、彼女は電話を切った。