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再会

 目を覚ますと、木の葉の合間から見えていた空の色が夜とは変わっていた。この色が朝なのだということは理解していた。

 同時に、彼はある異変に気がついた。素早く身を起こして辺りに気を配る。

 昨日まであったものが、なくなっている。

「においが……」

 少女のにおいが、しない。

 嗅覚が衰えたわけではなかった。木のにおい、草のにおい、土のにおいははっきりとわかる。少女のにおいだけが、まるで昨日に取り残されてしまったかのようにすっぽり抜け落ちているのだ。鼻に神経を集中させても、手応えはない。

 額から汗が零れ落ちる。昨日の汗とは、量も気味悪さも違う。内側にある何かが崩れてしまいそうだった。人間はこの程度の汗に、こんなにも揺さぶられてしまうのか――少年は立ち上がることさえ叶わなかった。

 風に吹かれた森のざわめきが、一層不安を煽る。何処からか運んできた不安を、彼の内側へ積もらせていく。その重さに負けそうになったところに、物音が聞こえてきた。前方から聞こえてくる木の葉を踏む音は、徐々に近づいてきている。

「わっ!」

「えっ!?」

 音の主が木の陰から突然現れると、彼は声を上げて驚いた。

 現れたのは少女だった。彼の声に彼女も小さく悲鳴を上げ、

「…………」

「…………」

 一転、顔を赤くして二人とも息を呑んで押し黙った。

 とりあえず彼は立ち上がった。少女と出会えたのはよかったが、少年はいざそうなると何をすればいいのかわからなくなった。何も言葉が浮かんでこない。折角喋れるようになったのはいいが、これではどうしようもない。

 少女は昨日と同じ頭巾、同じ服を身にまとっていた。ブラウスと前掛けは雲のように白く、スカートは地面と同じ茶色だった。そして、大きな頭巾と籠の中の木の実は、共に綺麗な赤色をしていた。

 そして、同じ――いや彼以上に驚きのこもった表情をして、裸の少年を見ていた。背丈は少年の方が頭半分ほど高い。

「あなたは……」

 少女が呟く。咄嗟に少年は何か答えなければと思い、自分の胸を強く叩いた。

「お、おれ、にんげん! き、きみと、いっしょ!」

 少年はちゃんと言えた気がして、少女に伝わった気がして、嬉しくなった。鼓動が強まる。心臓も、内側にある何かも激しく動いていた。

 ……当の少女の方はと言うと、曖昧に頷くだけなのだが。

「これは、なに? これっ」

 少年は構わず一歩踏み出して、また自分の胸を叩いた。

「きみにも、あるの?」

 少女はしかし、首を傾げた。これと言われても少年が胸のことを言っているのか、手のことを言っているのか、それとも別の何かなのか区別がつかない。

「…………どれ?」

「これだよ!」

 意味を測りかねた少女の手首を掴むと、少年は自分の胸に彼女の手を無理矢理押し当てた。

 何故かはわからないが、胸の鼓動は一層激しくなった。少女にも、その震動が伝わってくる。視線が交差し、少年は急に少女に見つめられているのが急に恥ずかしくなった。

 それは少女にとっても同じことだったらしく、彼女は少し顔を赤らめて視線を下へと移した。必然的に、少年の下半身に目が行く。彼女の頬が、夕焼けに染まった。まだ日は沈んでいないというのに。

 不思議に思った少年も、自分の下半身へと目を向けた。股間からそそり立っているモノを見ていたら、天啓のようにある言葉が頭に浮かんだ。彼はこんな状態のことを知っていたし、何より言葉が浮かんできたことが嬉しかった。

「これ、興奮!」

「…………」

 親切心で教えたつもりだったが、少女の顔は逆に引きつった。彼自身も、何故自分が興奮しているのかわかっていない。とりあえず、この興奮は彼女のおかげだった。獲物を前にしたときなどにこれに近い感覚が訪れるのだが、それとは少し違う気もするし、同じような気もする。

 少年が考えている間に、彼女はそっと少年の胸から手を離した。胸に触れていた温もりが、すっと冷めてゆく。

「と、とにかく、人間なら服を着てくれない?」

 少女は目を宙に向けながら言った。先ほどの少年と同じくらい言葉がつっかえている。

「ふく?」

「そう、服。裸で外を歩くのは人間じゃないわ」

 少女は自分のスカートの裾をつまんでみせた。だが少年は、

「じゃあ、おれって、何?」

 と真顔で聞くので、少女は返答に困った。

 少し考えてから、少女はぽんと手を叩いた。

「と、とにかく、私の家に服があるから。それを着て。ね?」

「う、うん」

 じゃあついてきて、と彼女が言うので、少年は大人しくその後に続いた。

 後姿の少女の後頭部は頭巾にすっぽりと隠れていた。赤い頭巾は彼女の頭を包み込むように丸まっていて、籠の中の木の実とそっくりだった。

 前を歩く少女に気づかれないほどの小さな音が、腹から鳴った。

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