ライマの年越し舞踏会
「ライマの初恋」から派生した別の未来の物語
1年も今日で終わりのこの日、テノス国では国王主催の年越しイベント、舞踏会が行われていた。
今年の舞踏会は例年以上に賑やかで来賓も多かった。 その主役は、まず、一人。 皇太子デイ。
「おお」
デイと隣国レイホウ皇女の見事なダンスに会場から感心した声が上がる。 二人は息もぴったりにスロー・フォックストロットを披露していた。
「ほほぅ。 我が息子、デイにしてはなかなか上手いではないか、のう、ラムール?」
「レイホウ皇女に恥をかかせぬために、私がみっちりと教えました故」
テノス国王と、褒め言葉をすべて使っても足りないと賞される王子付教育係の青年ラムールは共に並んでデイの姿を眺めながら微笑みあう。
「おやおや、あっちも賑やかじゃな」
国王がそう呟き、黄色い声が上がった場所を見ると、ラムールの表情が途端に固くなる。
その視線の先には、緩やかにカールのかかった黒髪が腰まで伸びた青年が一人、女官や貴婦人達に囲まれている。
彼こそもう一人の主役。 ラフォラエル。
白の館付の数学の教師であり、更にはライマという名の女であることを隠しているラムールの愛する夫でもある。
「うっわー、ラフォラエル先生、もてるねぇ、せんせー」
ひと踊りして戻ってきた皇太子デイが、感心しながら呟いた。
そしてちらりとラムールに視線を向けるが、ラムールはデイの言葉をスルーし、「では私も踊ってきましょうかね」と言い残して場を離れる。 みんなの憧れであるラムールが来たものだから多くの女性が一曲のパートナーの座を求めてやってくる。 ラフォラエルを囲んでいた貴婦人の何人かも慌てて彼から離れるのを見てラムールはほんの少し嬉しそうな目をするものの、全員が離れる訳でもなく、いや逆にラムールが一人の相手と踊っている間は手が空くものだから、逆にラフォラエルに寄っていく少女達もいて。
ラフォラエルは紳士的に、かつ魅力的に、女達に対応してダンスをしていた。
ワルツの調べに身をまかせながら優雅に踊るラムール達を見て、みながウットリと、ため息をつく。
ラムールは涼しい顔をして踊っていたが、内心は当然、イライラしていた。
――わかってるけどさぁ
ライマは視界の端でラフォラエルとそのパートナーのダンスを見ながら愚痴った。
今回、ラフォラエルが第二の主役な訳。 それはいわゆる【お披露目】である。
戸籍獲得プログラムによってテノス国籍を得、しかも国の教育機関で数学の教師に大抜擢された彼。 初めてのケースでもあるし、また、この国の人々に受け入れてもらわねばならない。 親睦を深めるにはこの舞踏会はもってこいだった。
親睦を深めるのが目的だから、ラフォラエルも当然、猫をかぶって社交的に振る舞っている。 しかし、なかなかの美青年、戸籍が無かったという過去に少し影のある雰囲気、教師の腕としては一流、さらに独身、となれば、女性達が放っておくはずがない。 それはまぁモテモテになるのも当然で。 今やラムールとラフォラエルはテノス国の黄金イケメンコンビとロックオンされていた。
――奥さんとしては旦那さんが他の女と踊っている姿を見るのはなんか腹立つっていうか
ライマとラフォラエルが結婚していることは国王と錬金術師の佐太郎しか知らない。 公表しようかとも考えたのだが、そうすると自分のことを女だとカミングアウトせねばならず、またラフォラエルが既婚者となると、やはり相手は誰だと詮索され、誰か明かせないとなれば、まだこの国に来たばかりの無国籍だった彼に不審を抱き、心を開かない輩も多いであろう。
だから結婚していることは内緒にする方が良いのだ、というのは、納得しようとするのだが。
無関心になろうとするのだが、やはり変な言葉が聞こえてくると冷静ではいられない。
「おおラフォラエルくん!! 私とも踊っていただきますよ!!」
背筋に悪寒を思い起こさせる声は、第48部署の男色家、通称変態モグラ。 やはりラフォラエルも彼にロックオンされたようで、いつもは非常に冷たい対応をするラフォラエルであるが、今日ばかりは逆らえないのであろう、順番待ちをしていた変態モグラの手をとり、何故か女役になって踊る。
「きゃあ゛あ゛」
女役でのダンスなんて男のラフォラエルも慣れていないものだから、要所要所で微妙に間違ってしまうのだが、その度にここぞとばかり変態モグラがたまらなく嬉しそうにラフォラエルに密着する。 そんな姿を見て、女官達は悲鳴を上げる。 当然ライマも変態モグラを後ろからブン殴ってやりたいが、自重自重。 ラフォラエルから気を反らせる為に自分が変態モグラの囮になろうかとも考えたが、おそらくそれをすると、ラフォラエルの方が先に切れるだろう。
笑顔のまま、ぎりっ、と歯をかみしめた。
「ラムール様?」
「はっ?」
ふと気がつくと、今一緒に踊っているパートナーの女性が何か訴えたさそうにこちらを見上げている。
「どうかしましたか?」
上の空だったことのお詫びも兼ねて極上の微笑みで尋ねると、その女性は嬉しそうに頬を染めた。
「いえ、あの。 ラストに踊るお方はもうお決めなのかしら……って、気になって」
ラストの相手。 説明するまでもない今回の舞踏会のラストだ。 最後に一曲、一番踊りたい者と踊って、そして新年が明け、花火が上がり、今回の舞踏会はお開き、という流れになっている。
「私は誰とも踊りませんよ。 仕掛け花火の最終チェックをするために一度外に出るつもりです」
その言葉を聞いた女性の顔が晴れる。 どの女がラムールの最後の相手の座を射止めるのか不安だったのだろう。
「ラフォラエル先生はどなたと踊られるのかしら?」
「……さぁ。 彼のことはよくわかりません」
あえて冷たく告げ、ラムールはそのままダンスを続け、一曲を終えて席に戻る。
――最後の相手、かぁ。 ラフォーは誰からの申し出を受けるのかなぁ
くるりと振り向いて、女官と踊るラフォラエルを視界の端に入れる。
彼ならおそらく深く考えずに、順番でビンゴだった女性と踊るのであろう。
最後の女性、は、特別な相手、という意味合いもあるのに。
だからライマはあえてその姿を見たくなかったので最後の一曲の時はこの場を去ろうと決めていた。
「ネぇ、デイ。 センセーは、あの、新しく来た、ラフォラエルが嫌いなのカ?」
デイの許嫁、レイホウ皇女が小声で尋ねた。
デイは心配そうにラムールとラフォラエルを交互に眺めた。
「んー。 せんせーが最終面接してOK出したから、嫌いとか、そんなんじゃないと思うんだけど。 ただ、まだ警戒してっのかなぁ。 何かラフォラエル先生が変な動きをしたら、即殺滅する気なんじゃないかってのが、俺らみんなの予想なんだけど……」
「殺滅サれるかもしれない、っていうのにラフォラエルは堂々としてるナ」
「だろ? すっげーよな。 ラフォラエル先生」
そんな二人のやりとりに聞き耳をたてながら、佐太郎と国王は視線をあわせ、複雑そうにラムールとラフォラエルを交互に見た。
国民の間ではラムールはまだラフォラエルに心を許していない、と思われている。
実はただ、夫婦であることを隠しているだけなのだが。
「ラムールの無関心な態度は全くそういう意味ではないのじゃがなぁ。 もう少し仲良くしてもよいのに、あやつも不器用じゃ」
他の女と戯れる姿を見るのはさぞ辛かろうと思い、国王もあえてラストダンスでは、ラムールを引き留めるつもりはなかった。
そして、時が過ぎ、次が最後の一曲、ラスト・ダンスだ。
デイ王子とレイホウ皇女をはじめ、おのおのが自分のパートナーと組み出す。
「ラフォラエル先生はどなたと?」
進行役をしていたヤン教授が尋ねると、会場が好奇心でざわついた。 その会場の端にラムールもひっそりと立っている。 せめて、相手くらい知らないと、見ていない間に気が狂いそうだったから。
ラフォラエルは最初からそこしか見つめるつもりだったとしか思えないほどの迷いのない仕草で、ひっそり立っていたラムールに視線をなげかけ、よく通る声を一言発した。
「――ラムール教育係」
「私が何か?」
ラムールことライマはとても事務的に返事をした。
ラフォラエルはつかつかとラムールに近づいて来る。
「よろしければ、お相手を」
「……」
その一言にドヨッと会場が動揺する。
ラムールは差し出されたラフォラエルの手をさも無関心そうに見た。
「理解できませんね」
「わたくしは、最後の相手は、もっと親交を深めてみたいと思う方をと、願っております」
ラフォラエルの瞳が真っ直ぐライマを射抜く。
「わたくしが踊ってみたいと思うのは貴方だけです」
ほんの少しラムールは驚いたようにびくりと肩を動かした。
「ただ、先ほど男性と踊ってみて分かったのですが、わたくしは女性側のパートはいささか慣れていないので男性側で踊らせていただけるとありがたいのですが」
「つまり私に女性側で、だと?」
ラムールの口調が強張り、会場の者達にも緊張が走る。 美しいラムールは女のようだと言われるのが大層嫌いであることは周知の事実である。 だがその空気をかき消したのはデイであった。
「大丈夫だって! せんせーは、俺のダンスの稽古中、ずっと相手方としてやってくれたんだから、踊れるって! 余興! 余興だって、せんせー!」
「デイ」
眉をひそめるラムールに向かって国王が更に続けた。
「そうじゃな、余興じゃ、余興。 どうせおぬしは誰とも踊る気が無かったのであろう。 ならば、おぬしと踊れなくて困る者は誰もおらぬ。 余興じゃ」
「陛下」
ラムールは目を閉じてため息をつくと、スッと顔を上げた。
「御意」
もうその眼差しにもう迷いはない、いやそれよりも。
「但し、やるのであれば完璧に女性役に徹しますのでご了承を」
そこにいる全員が見とれるほど美しい笑顔を披露した。
ラフォラエルは嬉しそうに微笑み、スッと手を差し出し、ラムールはその手に自らの手をさしだし前に進み出た。
「音楽を」
陛下の指示で、音楽が流れ出す。 そしてラムール達はゆっくりと動き出した。
それはとても息のあった美しい動きで。
先ほど変態と踊った時に悲鳴を上げた貴婦人達も、まるで物語の挿絵のように美しい二人にうっとりと視線をそそぎ、ほうっ、とため息をついた。
「なんて美しい」
「お似合いだわ」
そんな声を聞いて陛下は小さく微笑み、「さぁ、皆も」と促し、それぞれがそれぞれのパートナーと踊り出した。
「ラフォー、ダンス、上手い」
ラムールが小声でラフォラエルの耳元で囁いた。
「それは光栄だな」
ラフォラエルも嬉しそうに微笑む。
「ずっとライマとだけ、踊りたかった」
同じく、耳元で返す。
「私だって、踊りたかった。 ラフォー、沢山の女の人と踊るから……ちょっと妬いたんだから」
「馬鹿。 妬いてたのは俺のほう」
「え? だって私、女の人としか踊ってないよ?」
見つめ合いながら、二人はステップをふむ。
「それはそうだけど、ライマが女パートで踊ったとき、お前の相手って一人だけだったろ?」
「え?」
「デイ王子と。 王子のダンスの練習のためとはいえ、ダンスをしたときに男役のパートナーがデイだけってのは、俺としては、妬く」
ターンしながら、隙をみてラフォラエルの唇が軽くラムールのおでこに触れた。
「ばかぁ」
赤くなりながら、ラムールは軽く抗議した。
と同時に、音楽が止み、照明が落とされる。
このまま外を向けば、新年を祝う花火が上がる。
会場にいる者達が一人を残して全員、外を向く。
細い光の糸が地面から天へ向かって伸びていく。
花火が夜空に咲こうとしたその瞬間、ラムールの肩をラフォラエルの指がトントンと叩いた。
「?」
ラムールが向いたそのとき。
新年を祝う花火が鮮やかに明るく夜空を照らし、その光が会場の後方の壁に唇を重ねる二人の姿をだれに知られることなく浮かびあがらせた。
二人が唇を離すとほぼ同時に花火の音が会場に響きわたった。
「新年あけましておめでとう、奥さん」
音にまぎれてラフォラエルが告げると、抑えの効かなくなったライマが思わず唇を彼に重ねた。
ほんのちょっとの間、二人は沢山のキスを交わした。
そして、そんな熱々の二人に気づいていた国王は、テノス国の講師は男色家揃いだと噂が立たなければいいなと、ちょっとだけ頭をかかえていた。
なにはともあれ、新年である。