なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
パフェ喰う女は、病弱従妹を口実にすっぽかす男を、片手間で破滅させる
ランチの時、同席した友人の顔が余りに暗くて。
しかも、スープを飲む手が止まったままぼんやりしているので。
「食が進んでいないみたいですわね。もしかして……またすっぽかされたんですの?」
友人であるメリッサは少し躊躇い、うなずきました。
「マグノリア……私もうどうしたらいいのか……」
彼女の婚約者は、病弱な従妹に呼ばれて、交流をまたもすっぽかしたのです。
「病弱な方のお見舞いと言われてしまえば……行くなというわけにも」
しかも、その病弱な方のご実家は、メリッサの実家より家格が高いのです。
メリッサはナカホド子爵家。
彼女の婚約者はエラソー侯爵家。
その病弱の従妹の実家はジェントル侯爵家。
「これは、やっぱり」
「ええ。もしかしたら小説でよくある……」
病弱なのを口実に男を呼び寄せるパターンですわね……。
その時です。
「ちょっと訊いてもいいか?」
隣でパフェを喰っていた騎士科の女性が、割って入ってきました。
彼女は一カ月ほど前に、ここのパフェを食べて。
よほど気に入ったのか、週一くらいでパフェだけを食べに来るようになったのです。
普通に考えれば、会話に割って入るのは無礼なのですが。
平然と話しかけられたので、友人は
「あ、え、はい」
と答えてしまいました。
それにこの方。
以前、わたくしの元婚約者がある女性と問題行動を起こして、わたくしを悩ませていた時。
鮮やかに解決してくださったことがあるのです。
「ご令嬢は、その病弱なお嬢様と会ったことは?」
「ありません……一度、お見舞いに同行してもよろしいでしょうか、と申し出てみたのですが、知らない人間に会うと彼女の具合が悪くなるそうで……そう言われてしまえば、相手は侯爵家の御令嬢ですから、何の縁もないこちらから押しかけるわけにも……」
「なるほど」
騎士科の女性は、スプーンを置くと、改まった口調で、
「そいつの正体は2つのどれかしかない」
「そいつとは」
「病弱」
凄いネーミングです。
「本当に病弱。本当は病弱じゃない」
「それはそうですわね」
「でも、どちらでも、私には……」
「本当に病弱だった場合も考えられるケースは二つだ」
「2つ?」
「本当に病弱で、そいつを呼んでいる。本当に病弱だが、そいつを呼んでいるわけではない」
「え、でも、従僕の方がいつも……」
「あんたの婚約者が、従僕に命じて芝居をさせている、とも考えられる」
メリッサは、そんなことを思ったことさえなかったのでしょう。
「あ……」
わたくしも同じでした。
「小芝居ということですわね……主家の坊っちゃんに命令されたら逆らえませんわね」
「後者だったら、あんたの婚約者が勝手に押しかけているか、それを口実に、会いにすら行っていない可能性もある」
「ですが、前者だったら?」
「素人を呼ぶな、まず医者を呼べ、だ」
わたくしとメリッサは、思わず顔を見合わせ。
笑ってしまいました。
「確かにそうですわね……」
「私もそう言ってやりたいです……」
「そして本当は病弱でなかったら、考えられるケースは二つだ」
「ふたつ? 病弱なのを口実に、私の婚約者を呼びつけているだけでは……」
「もう一つは、病弱ではないが、そいつに利用されている可能性だ」
「利用されている?」
「病弱だから行かなくては、という口実に利用されてるってことだな。本人は健康優良児かもしれん」
「!」
言われてみればありえます。
メリッサも、
「そんな風に考えたことありませんでしたわ。ですが、そのどれかを判断する材料が……」
騎士科の女性は、あっさり。
「なら、確かめればいい」
「確かめる? それが出来れば最善ですが、我が子爵家に、そんなツテは……」
確かめるというのは、人を使って、メリッサの婚約者をつけさせる。
または、病弱な方の家を探らせるということでしょうが……。
高位の貴族で、懐が豊かなら人を雇うことができます。
奉公人が沢山いるなら、そのうちの数人に命ずることもできます。
ですがメリッサの子爵家では――
「もしかして、わたくしたちであとをつけろと?」
この方なら出来るかもしれません。
こう見えて、この方、騎士科ではトップらしいですから。
ですが……。
「いや、そりゃ無理だろう。相手に気づかれたら面倒だしな。だから正攻法だ」
わたくしは、ちょっと失望しました。
「子爵家が侯爵家へ抗議なんて出来るわけないですわ」
メリッサは、こくこくとうなずきます。
騎士科の女性は、
「いや、抗議じゃなくて質問だ。そして質問する相手は、病弱の家だ」
「え……」
「『婚約者があなたの娘に呼ばれて、わたしとの交流を何度もすっぽかしているのです。あなたの家では貴族の婚約をどうお考えになっているのでしょうか?』ってな感じで。その病弱の実家の侯爵家当主に手紙を送ってみりゃいいんじゃね? できれば御父上に送ってもらったほうがいいな」
「あ……」
わたくしもメリッサも、それは考えてもみませんでした。
「ですが、彼女の実家より向こうのほうが家格が上ですのよ?」
「大丈夫だろ。なんせ、その手紙に書いておく内容はまっとうだからな。貴族の家同士の婚約をどう考えているのですかってだけだ」
言われてみればそうです。
「ジェントル侯爵家が怒ったりしないでしょうか?」
「するかもな。だが、それはそれでよしだろ。だって、そういう返事だったら、あの家は貴族として考えがおかしいっていう証明になる」
わたくしと友人は、すぐピンと来ました。
「なるほど。だから私の父が、公式に質問したという形にするんですね」
当主からの公式な手紙であれば、送った証拠が残ります。
そして質問を無視するのは向こうにとって悪手です。
返事がないということは、つまり、婚約者のいる青年を、未婚の娘の部屋へ足しげく通わせても問題ない、と認めたということですから。
「公式な書状であれば、向こうの何らかの形で返答をせざるをえませんものね……なるほど」
そのやり取りがあったと証明さえできれば、あの侯爵家はまともな考えをもっていない、という証拠になります。
あとは、それを根拠に噂でも流せば……。
「でも……なぜ婚約者の実家ではなく、病弱の実家に?」
あ、いけません。わたくしまで病弱呼ばわりしてしまいました。
「送っても意味ないだろ。息子の行動さえ把握していない無能か。把握しているのに放っておいている常識知らずか。爵位の差でなんとでもなると思っている傲慢野郎かだ。そんなのに期待してもな」
「なるほどですわね」
侯爵家に対してひどい言いぐさですか、納得ですわね。
メリッサの顔は、救いを見つけたとでもいう風に、少しだけですが明るさを取り戻したようです。
「それで向こうが、あんたの婚約者に釘をさして、そして婚約者がお見舞いとやらに行かなくなれば、少なくとも病弱の家はまともだ」
「ですが、彼女の婚約者が逆切れして、彼女を責めるかもしれませんわ」
「なら人目があるところで話すようにすればいい。そうしたら、婚約者の非常識さが証明できるってもんだ」
「あ。そう、ですね……」
「もし、病弱の家から、きちんとした手紙が返って来て本当に病弱なのだと言ってくれば、それをテコに、お見舞いにも行けるかもしれないしな」
※ ※ ※
翌週。
「あの方は……いらっしゃらないんですね」
「あの人、一週間に一度、フラッとパフェを食べにくるだけですもの……で、どうだったんですか?」
メリッサの顔は、少しだけ晴れやかでした。
「病弱……じゃなかったジェントル侯爵令嬢のお見舞いに行くことになりました」
「うまくいきましたわね」
意外なことに。
病弱の実家であるジェントル侯爵家は、まともな方々だったようです。
「婚約者の態度に変化はありましたの?」
「依然として、その方へのお見舞いを口実に、私との交流をすっぽかしてます」
「それを咎めは?」
「今のところしておりません」
「ということは……婚約者の実家のエラソー侯爵家には、ジェントル侯爵家から何の連絡も……?」
メリッサは、
「実は、私の婚約者。ジェントル侯爵令嬢に、お見舞いなんかに行ってないようなんです」
「え」
「ですから、御父様からの手紙に対して、ジェントル侯爵家から『詳しい事実関係が知りたいという』丁寧なお返事が来たんです」
「一度も?」
「ええ。一度も」
「余り言いたくないのですが……貴女の婚約者は、どうしようもないですわね」
「私もそう思います。だから私、御父様に頼んで、ジェントル侯爵家への手紙で『エラソー令息が見舞いに来ていないのなら、エラソー侯爵家には知らせないでください』と書いてもらったんです」
「それを守ってくれてるってことですわね……」
ジェントル侯爵家の御当主は、話のわかる方のようですわね。
なんとなくですが、友人にとっていい結末がくる予感がしてきましたわ。
※ ※ ※
また一週間後。
メリッサとランチのために食堂へ行くと、あの騎士科の女性が先に席へついていました。
「あ。今日はいらっしゃったんですね」
騎士科の女性は、
「今日は、パフェの新作の発売日だからな」
「ありがとうございます! 貴女の言っていたとおりでした!」
「なにが?」
「私、ジェントル侯爵令嬢であるマリア嬢と会って来たんです!」
わたくしは口を挟みました。
「本当に病弱な方だったんですの?」
「はい!」
騎士科の女性は、肩をすくめて、
「いくつかの可能性があって、そういう可能性もあるって言っただけさ」
「それでも! 貴女に言われなければ、彼女に会う機会すら得られませんでしたよ!」
「会う機会を作ったのは、あんたさ」
騎士科の女性は、ちょっと困ったように笑いました。
ああ、この人でも照れるんですのね。
わたくしはメリッサに、
「どんな人だったんですの?」
「すっごく純で愛らしい方でした! しかも歳が近い同性に会うのも初めてだったそうで……とても喜んでくださいました」
メリッサの方も、彼女をすっかり気に入ったらしい。
「ご両親も、娘さんがこんなに笑ったのはひさしぶりだ、と大層喜んでくださりました」
騎士科の女性が、運ばれて来たいちごパフェを食べる手を止め、メリッサを見ると、
「つまり、病弱さんの家は、あんたの味方になったってわけか。なら――」
にやり、と笑い、
「あんたもやりかえせばいいじゃん。あいつと同じ手で」
メリッサは、戸惑ったように、
「やり返す……?」
「あ……メリッサ、この人は――」
理解したわたくしが言いかけると、彼女は目で『言うなよ』とサインを送って来て、
「クソ婚約者のご実家様と、あんたの実家の力の差。そいつをチャラにできるカードを手に入れたんだ。使うか使わないかはあんた次第だけどな」
「……」
メリッサの顔に、理解したという表情が広がります。
「そうですね……今も私はあの婚約者にやりかえしてやれるんですね。私があいつに……」
そう呟いた時。
穏やかでおどおどした友人の、今まで見たことがない表情でした。
※ ※ ※
半月後。
わたくしたち3人は、ランチで同席してました。
騎士科の女性は、相変わらずパフェを食べてます。
今日はチョコレートパフェですわね。
「先日、婚約者との交流日に、私、言ってやりました! 『今日はここで失礼させていただきます。病弱な友人が、心細いから側にいて欲しいと、私を呼んでいるので』と」
「反応はどうだったんですの?」
「勝手なことを、と怒り出しました! なぜ、貴方はよくて私は駄目なんですか? と返したら。うるさい! ですって。そうしたら、ほどよく、向こうの従僕が来て、婚約者も まぁいいだろう、今日はオレも呼ばれてるからな。って」
「いつものように帰ってしまった、というわけですわね」
「ええ。今回は、わたくしも、マリア様、いえジェントル侯爵令嬢のお見舞いに行ったのだから、本当はそこで彼と出会うはずですのに……いませんでした!」
「婚約者殿、いったいどこへ見舞いに行ったやら、ですわね」
わたくしは、我関せずとでもいう風に、パフェをむしゃむしゃ食べている騎士科の女性を見やりました。
彼女の幾つかあげた推測のうちのひとつだった、というわけですわね。
「マリア様、いえジェントル侯爵令嬢とは、何回もお見舞いに行ってすっかり仲良しになりまして」
「言い直さなくていいと思いますわ。だって、そのご様子からして、名前呼びを許されているのでしょうから」
「ええ! あちらも、私のことをメリッサ様って呼んでくださいますの……彼女、私と一緒に学園に通いたいと、リハビリも一生懸命始めたんです。向こうの親御さんも、娘に同じ年頃の友達ができたと大喜び。そして婚約者に対しては娘の病気を勝手に使われて、とカンカン。すっかり私の味方なんですよ」
「確か、ジェントル侯爵家は、エラソー侯爵家より、家格は同格でも、権勢は上でしたわね」
高級官吏を多数輩出している家ですもの。
「しかも人を使って、婚約者の行動を調べ上げてくださったんです! そうしたら、マリア様に呼ばれたと称していた時、いろんな女と会ったり、男友達と遊び歩いていたり」
「……優先順位が判っていない方でしたのね」
なるほど。だから婿なのですわね。
一家を立てさせたり、当主になる長子を支えたりはさせられない。
婚約者の実家である、エラソー侯爵家もそう判断していたのでしょう。
騎士科の女性が、パフェを食べ終え、
「なら婚約解消もうまくいくだろうな」
「ええ。いくら侯爵家とはいえ、それだけ不利な事実を調べ上げられている上に、同じ侯爵家で、しかも高級官吏が一族に多いところとは争いたくないでしょうから」
「入り婿くらいしか使いようがなかった程度の息子のためじゃ、徹底的にやりあわないだろうな」
「ジェントル侯爵ご本人から伺ったのですが、御当主自ら抗議に行ったら、エラソー侯爵は平謝りで、全責任を息子に被せていたそうです」
「そりゃ、完全に切り捨てられたってことだな」
彼女の元婚約者(まだ婚約者ですが)の未来は真っ暗ですわね。
元婚約者の一方的有責で、賠償金を取られ、入り婿になるチャンスを逃した上に。
ジェントル侯爵家は愛娘とその友人をコケにしたとカンカンですから。
なんらかの形で悪評を広めるでしょうね。
ジェントル侯爵夫人が社交界で語ったりすれば……効果は絶大ですわね。
社交界での悪評。婿入り先探しは絶望的。
かといって分家を立てられる才覚もない。
領地の代官をする能力があるかも怪しいもの……
彼の人生、詰みましたわね。
メリッサは、騎士科の女性に、深々と礼をしました。
「あなたの最初の忠告通りにしたらうまくいきました。本当にありがとうございました」
「よせやい。パフェを食べながら雑談しただけだよ」
照れる様子は、ちょっとかわいかったですわ。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




