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死神様は生贄の娘を離さない  作者: 武村


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七話 友との再会

叫喚地獄。

 永遠に叫び続ける領域。

 炎の熱がこの距離からでも

皮膚を焦がすようだった。


 刃で切り裂かれ、

獣たちに噛み殺されながら、

叫ぶあいつがそこにいた。

 

 あれは本当にあいつなのか。

 妖気は、忘れもしないあいつのものだ。

 確かに、あいつのはずなのだ。

 

 地獄は、終わりのない死だ。


 数多の責め苦に耐えかねて、

 叫び声をあげ続けるあいつから、

自身の罪の後悔、

或いは憎しみ、

恨み辛みは感じない。

 

「止めてくれ……」


 自然と、声が漏れた。

 

「……止めてくれ。」


 見ていられない。

 

 玄道が静かに告げる。

 

「地獄に、奴に、飲まれてはならぬ……」


「……分かっている

 ……理解はしている。だが!」


 土蜘蛛はふとこちらに顔を向けた。


「……主。」


「土蜘蛛……」


 あんなことがおこる前の、あいつがそこにいた。

 

 地獄は続いている。

 炎に身を焦がしながら、

刃に割かれながら、

獣に噛みちぎられながら。

 

そんな中でも、

あいつは昔のように笑いながら、

俺に話しかけた。


「遅かったじゃないか。

 待ちくたびれたぞ、主。」

 

「……土蜘蛛、なのか。」


 無意識に一歩近づく。

 しかし、それ以上前には進めなかった。

 玄道が、死神の腕を掴んでいた。


「これ以上近づくことは、許可できない。

 ……ここから話せ。」

 

 土蜘蛛は、今もなお責め苦を受けながら、

ふっと笑う。


「……主に、私はどう見えている?

 私は、主の知る土蜘蛛だよ。

 あんたが殺した。そうだろう?」


「……ああ。そうだ。俺が殺した。」


「だけど、現世にも私がいる。

 それが何故か分からないんだろ?」


 俺がここに来た理由も、

ここへ来ることも、

あいつは分かっていたような口振りだった。

 

「そんなことも分からないとは。

 主もまだまだだな。

 きっと、ここの獄卒共も、閻魔大王も、

そのもっと上の連中も、

誰も分かっちゃいないんだろうよ。」


「……お前は何を知っている。」


 玄道は黙って、二人の話を聞いている。

死神の腕を掴んだ手はそのままに。

 

「……主は、魂を黄泉に送る存在だろ。

それなのに、

魂が何たるかをまるで分かっていない。

 いや、分かろうともしなかった。

まるで流れ作業だ。善も悪も関係ない。

それが私には耐えられなかった。

 規律を重んじるのは良い。

それがあんたの根幹だ。」


「お前は、それが分かっているというのか……

 魂を食らい、理を乱したお前に、

魂の何が分かったというのだ!」


 感情が乱れる。

 笑う目の前の男が憎い。

 どうしてここまで歪んでしまったのだ。

 どこで間違えたのだ。


 玄道が掴む手の力を僅かに強めた。

 それに死神はハッと我に返る。

 

「まぁそんなに怒らないでくれよ、主。

 ……あんたより魂のことは

分かっているつもりさ。

 私は知りたかった。だから食ったんだ。

 最初は肉からだった。骨も食った。

じゃぁ次は?

 順番的に魂になるだろ?

 取り込めば、少しは分かるだろうと。

そして、知った……」


「何をだ……」


 土蜘蛛は笑みを深めた。


「……魂は、ふたつに割いても消えないんだよ。」 

 

 静かに死神を制しながら

話を聞いていた玄道は、

死神から手を離した。

 土蜘蛛の言葉に動揺したのだ。


「何を、言っている……」


 ぼそりと呟いた死神に、

土蜘蛛は可笑しそうに笑いだした。


「ハハッ。その顔、あの時みたいだ。

懐かしい。

 ……信じられないって顔だな。

 だが事実だ。実際に、

現世には私がいるだろう?」

 

 生きとし生けるものには、必ず魂がある。

 そして魂はひとつ。

 その当たり前が、簡単に崩れた。


「魂を食らって、もうひとつ分かったことがある。

 強さを、手に入れられるんだ。

 魂の質も重要と言えば重要なんだが、

まぁ、量を取り込めば問題はない。

 弱った魂も息を吹き返す。」

 

 死神は目を強く閉じ、拳を握りしめた。

 恨み辛み、憤怒。

 そして焦燥。

 全てに耐えるように。


「……お前を、そこまで変えてしまったのは

……俺だ。」

 

 死神は、ふーっと深く息を吐いて、

ゆっくりと目を開けた。


「……すまなかった。」


 静かな謝罪が響く。

 ヘラヘラと笑っていた土蜘蛛の表情が

凍りついた。


「……俺は、語らずとも、

お前なら分かってくれると思っていた。

 好きにしろと言ったのは、

そんな意味ではなかったのだ。

 ……言葉が、足りなかった。

 お前を踏みとどまらせることも

できたかもしれない。

だが俺は、そうしなかった。

 お前をこのような化け物にしてしまった。

 その責任は、俺にもある。

 すまなかった……」


 死神は一歩一歩と土蜘蛛に近づき、

そして膝をついた。

 頭を深く垂れた。  

 

「……やめろ。

 ……謝るな。」


 土蜘蛛の声は震えていた。

 それでも、死神は頭を下げ続ける。

 

「……私は、

私がしたかったようにそうしただけだ。

 他の誰からも指図を受けず、探求し、

答えを求めただけだ。

 ……それを。

それをお前は、自分のせいだと言うのか!」


「ああ。そうだ。

 その責任の一端は俺にある。」


 土蜘蛛はわなわなと震え出した。

 

「あーーーーーー!!!!!!!」


 地獄の責め苦など、とるり足らない。

 ある意味娯楽。

 そろそろ飽きてきた頃、こいつはやってきた。

 来るだろうとは思っていた。

 現世の私が力を取り戻し、

また探求を続けている頃だろうことは

分かっていた。


 出し抜いてやった。

 かつての同胞も、神も仏も、

全ての者を出し抜いてやった。

 こいつらには知る由もないことを、

私はひとりで突き止めた。

 

私は正しい。

 

私は正常だ。

 

そう自負していた。

 

それをこいつは……

 

 切り裂かれ、噛み砕かれ、

焼けただれても、また戻る。


 永遠の死を味わっても感じなかった痛みが

体中を蝕み始めた。

 

 その痛みに耐えながら、

ふー、ふーと肩で息をする土蜘蛛は、

ゆっくりと頭を上げた死神の顔を

射抜くように見つめていた。


「……やめろ。

 そんな顔で私を見るな!」


 悔しさと切なさ、

そんな感情が入り交じった顔であった。

 

「……この先、上はお前を許さないだろう。

理を崩したのだ。報いは受けねばならぬ。

 

死神として、俺はお前を許さない。」


 土蜘蛛は苦しげに死神を睨みつける。


「……しかし、俺は、

 友として、お前を許そう……」

 

「やめろーーーー!!!!」


 かつての友の許しに、

土蜘蛛の精神は脆くも崩れ去った。


「やめろ!

 私を恨め!

 私を憎しめ!

 そんなことを言わせるために、

私はここで待っていたのではない!」


 土蜘蛛は、泣いていた。

 

 土蜘蛛の涙に、死神は咄嗟に腕をのばした。

 その先は灼熱。

皮膚が焼けるその瞬間、肩を強く引かれた。


「……そこまでだ。」


 玄道だった。

 

「それ以上行けば、戻れなくなる。

 ……もうすぐ夜明けだ。戻るぞ。」


「……ああ。すまない。」


 死神は立ち上がり、土蜘蛛に背を向けた。

 叫び声が、頭に響く。

 しかし、死神は振り返ることなく、

玄道の後を追った。

 

 


静かな螺旋階段を、二人は黙って登っていた。


 もうあいつの声は聞こえない。


「……奴はこの後、さらに下の黒縄地獄へ行く。

今までの奴なら、平気だっただろうな。

 ……しかし、今の奴なら……

 いや、ここで奴の話はよそう。

 持っていかれる……」


「ああ。」


 今まで、どんな責め苦も耐えたあいつは、

もう耐えられないだろう。

ここからが本当の地獄だ。

 報いは受けなければ。

 分かってはいるが、胸が潰されるほど苦しい。


 僅かに焼けた腕が、ジリジリと痛んだが、

それよりも心が痛かった。

 

 

 閻魔殿に戻ってきた死神は、

閻魔を前に深く頭を下げた。


「規律を曲げ、あいつに会わせていただき、

感謝致します……」

 

 閻魔は静かに死神を見下ろしていた。


「まずは、戻ってなによりだ。

 ……して、詳細は玄道に聞く。

 お前には時間がないのであろう?」

 

「はい……。

 救いたい、人がいます。

 もう猶予はありません。」


「そうか。

 おい、あれを持ってこい。」


 閻魔は近くの獄卒に指示を出す。

 ほどなくして、

死神の前に獄卒はあるものを渡した。


 一振の刀。


「持って行け。」


「感謝します……」


 もう一度深く頭を下げた死神は、

急いでその場を後にした。



七話 友との再会 [完]

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