第1話「やさしい星の朝」
光が、ゆっくりと差し込んでくる。
人工の朝は、どこか現実よりも穏やかだった。
コロニーの内壁に映し出された青空は、限りなく本物に近い。それでも、どこか“整いすぎている”気がするのは、ここで生まれ育ったからだろうか。
ユウ・カナメは寝台の上で目を開け、しばらくその空を見つめていた。
雲が流れている。
風はないのに、流れている。
「……今日も、普通の日か」
呟きながら体を起こす。
胸の奥に、わずかな違和感があった。
理由はわからない。ただ、なにかが引っかかっている。
無意識に手を握る。
ぎゅっと、確かめるように。
「……なんだろ」
答えは出ない。
ユウは小さく息を吐いて、ベッドから降りた。
着替えは簡単だ。
薄いグレーのシャツに黒のパンツ。どこにでもある日常の服。鏡に映る自分は、特別でも何でもない、ただの少年だった。
ドアを開けると、温かい匂いが流れ込んできた。
「ユウ、起きたの?」
「うん」
食卓には、湯気の立つスープが並んでいる。
その匂いだけで、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「冷める前に食べなさい」
「はいはい」
席に座り、スプーンを手に取る。
一口。
じんわりと、温かさが広がる。
「……やっぱこれ、好きだな」
「毎回それ言うわね」
軽く笑われる。
けれど、ユウは気にせずもう一口すくった。
この温かさが、なぜか大切なものに思える。
理由はわからない。ただ、失いたくないと思った。
食事を終え、外へ出る。
コロニーの通路はすでに人の流れで満ちていた。
整備士が機材を運び、商人が店を開き、子どもたちが走り回る。
どこにでもある、普通の風景。
「ユウ!」
振り向くと、仲間たちが手を振っていた。
「遅いって」
「ちょっと寝坊」
「またかよ」
笑い声が広がる。
「今日はどうする?」
「別にいつも通りでいいんじゃない?」
「それが一番だな」
誰かがそう言った。
ユウも、同じ気持ちだった。
歩いていると、ふと足が止まる。
通路の角。
人の少ない場所。
低い声が、聞こえた。
「……まだ選別は終わっていないのか」
「上からの指示だ。適性値が基準を超えた子供は――」
ユウは無意識に息を潜めた。
「このコロニーでやる必要があるのか?」
「安全だからだ。“ここなら気づかれない”」
心臓が、わずかに強く打つ。
「……あまり気分のいい話じゃないな」
「慣れろ。これは“未来のため”だ」
足音が近づく。
ユウはとっさにその場を離れた。
「……なんだ、今の……」
意味はよくわからない。
けれど、どこか引っかかる。
胸の奥に、嫌なものが残った。
歩きながら、ふと記憶がよぎる。
白い部屋。
無機質な光。
「大丈夫、すぐ終わるよ」
優しい声。
でも、その目は笑っていなかった。
腕に走る、冷たい感触。
「……っ」
ユウは思わず腕を押さえた。
「……なんで、今……」
そんな記憶、気にしたこともなかったのに。
首を振る。
考えても仕方ない。
広場に出ると、仲間たちが待っていた。
「遅ぇって!」
「悪い」
何事もなかったかのように、会話に戻る。
「なあ、外の世界ってさ」
誰かが空を見上げる。
「地球って、本当にあんなに青いのかな」
「行ったことあるやついないだろ」
「いいよな、一回くらい見てみたい」
ユウも空を見る。
作られた青空。
「……どうだろうな」
その瞬間。
胸の奥が、ざわついた。
言葉にできない感覚。
「……?」
ほんの一瞬。
“誰かの感情”のようなものが、流れ込んできた気がした。
「ユウ?」
「あ、いや……なんでもない」
笑ってごまかす。
けれど、その違和感は消えなかった。
午後。
人の流れが少し落ち着き、静かな時間が訪れる。
ユウは高い場所に座り、街を見下ろしていた。
人がいて、声があって、生活がある。
「……平和だな」
遠くでニュースが流れている。
戦争。
どこか遠い場所で、誰かが戦っている。
けれど、それは現実感がなかった。
「ここには関係ない……よな」
そう思いたかった。
夕方。
空が赤く染まる。
人工の夕焼け。
「この時間、好きだな」
何も起きない時間。
穏やかな時間。
「……ずっと続けばいいのに」
夜。
ユウはコロニーの外壁近くに立っていた。
そこには、本物の宇宙が広がっている。
無数の星。
終わりのない闇。
「……すげぇな」
静けさが、体を包む。
少しだけ、怖い。
それでも、目を離せない。
――そのとき。
遠くで、光が走った。
「……?」
一瞬ではない。
ほんのわずかに、長い。
まるで――
こちらを見ているような光。
一方、その遥か外。
暗闇の中に、複数の影が浮かんでいた。
戦艦。
そのブリッジ。
「……確認。対象コロニー、条件一致」
「子供の反応も出ている」
静かな声。
「回収を優先する。無駄な被害は出すな」
短い沈黙。
「――これは救出作戦だ」
しかし。
その事実を、ユウは知らない。
彼にとってそれは――
すべてを奪う“襲撃”になる。
コロニー内部。
小さな警告灯が、一度だけ点滅した。
誰も気づかないほどの、微かな異常。
ユウは、星を見上げている。
何も知らずに。
この世界がどれほど脆いのかも。
自分が何者なのかも。
そして――
もう二度と、同じ朝が来ないことも。
それでも今はまだ。
この世界は、やさしく回っていた。




