表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐の耳と尻尾のある私が人間と暮らす!  作者: もものけだま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/1

第一話 狐の家族

 私が木の下で本を読んでいると、風が優しく吹いて木々の葉が揺れる音がさらさらと聞こえてくる。


 周りにはウサギやリス、それに小鳥たちが集まっていてみんな静かに私の朗読を聞いている。

 

 私の声は流暢で、もう詰まることもなく言葉が口から溢れ出てくる。

 

 私も大好きな本の1つである『星降る神社の星の巫女様』を読み終えると、動物たちが嬉しそうに鳴いたり跳ねたりしている。

 

 私は皆に「ありがとう」と小さく言ってから本を閉じ、空を見上げると青い蝶が一瞬だけ光って消えた気がした。

 

「お婆さん……聞いてますか?」

「私の声は届いてますか?」




第一話 狐の家族



「ヨミ?ちょっと良いかしら」


 私が本を読んでいると、遠くから母さんの声が聞こえてくる。

 

 私は本から顔を上げて、森の中にひっそりと建っている小さな家の窓から声のする方を見る。

 

 庭を見ると、そこにはとても綺麗な白い狐の耳と尻尾を朝日に輝かせながらお母さんが私に向かって手を振っている。

 

 

「ヨミ?水を汲んできてくれない?」



 お手伝いかぁと思いながらスッと目を逸らす。少し離れた場所では父さんが薪を割っている姿が見えた。

 

 

 私達家族はりっぱな耳や尻尾は持っているが、普通の狐とも森の獣とも違う。

 

 私はまだ出会った事はないが、人間と言う生き物達もこういった振る舞いと生活をしているらしい。

 

 私達のような種族は他の地にも転々としているらしく、旅をしている者達が時たま私達の家にも人の物を運んで来る事がある。

 

 前回、この家にそんな狐たちが訪れた時に、私は父にねだり面白そうな本を買って貰った。



 その本を熱心に読んでいた時に母から声を掛けられたのだ。

 

 しかし本と引き換えに父とした約束は、母さんの手伝いをする事だった。

 

 

「約束だししょうがないか……」



 ため息交じりの声を出すも、本の続きが気になってしょうがない。

 

 父は滅多に私の事を怒る事はない……しかし怒った母はもの凄く怖い。

 

 そんな母の顔が頭をよぎると、さっきまで読んでいた物語のワクワク感がどんどんかき消されていく。

 

 

 私は「続きはまた後で読めばいいか……」と思いなおし、本を閉じて立ち上がると、庭に出て桶を持って川へ向かった。

 

 

「いってくるね!」


「ヨミ、お願いね」


「川に落ちないように気を付けるのよ」


「は~い」



 いざ外に出ると空気が気持ちよくて、足取りはとても軽く鼻歌なんかを歌いながら歩いていた。

 

 今日の川の水は昨日よりも冷たかった。桶に水を汲むとずっしりと重くなったけど、いつもの事だしこれくらいなら大丈夫だ。

 

 

 ふと、川に映った自分の顔を眺めてみる。

 

 

 そこには父に似た私の黒いフサフサな耳が風になびいていた。

 

 母はとっても綺麗な真っ白い毛並みをしているのに、私が母に似たのは白い尻尾だけだった。

 

 

「私の尻尾はサラサラで綺麗なのになぁ……」


「髪も耳もお母さんみたいなのが良かったのに……」



 ヒューと風が吹くと、川辺に居る事もあってか、立派な毛皮に身を包んでいても冷たさを感じる。

 

 体が冷えて来たので、私は桶を持ちなおし家に戻る事にした。

 

 

 家に戻りながら考えていた事は、さっき読んでいた本の続きのことだった。

 

 あの物語は、どんな風に終わるのだろうと思いながら、早く続きが読みたいと思うと自然と帰りの足は速くなる。

 

 

 家が見えてきて、あと少しで着くと思ったその時だった。

 

 

 聞いたことのない音が聞こえ、低い獣の唸り声に心臓が跳ねて足が止まる。

 

 何かがおかしいと思って家の方を見ると、たくさんの黒い影が見えた。

 

 

「……ケガレだ」



 ケガレの群れが家を囲んでいる。

 

 父が母の前に立ち斧を振り回して戦っている。

 

 母さんも箒を構え必死で追い払おうとしているが、みるからにケガレの数が多い。

 

 

 向って飛びついて来たケガレを父が斧で叩き落とし、また斧を構えなおすとケガレ共と睨み合う。

 

 ケガレの群れはグルルと低い声を出しながら狭い庭に広がり、各々が父母を追い詰めていく。

 

 

 大量のケガレが放つ瘴気のせいで、いつもの綺麗なお家も庭も朽ち始めている。

 

 

 私は体が震えて動けなくなってしまい、持っていた桶を落としてしまうと、水がざばーっと地面にこぼれる音がした。

 

 

 バシャーーン

 

 

 その音で父母とケガレの数匹がこちらを向いた。

 

 

「ヨミ!逃げなさい!今すぐ!」


 母さんの叫び声が聞こえてくる。

 

 だけどケガレのその顔が怖くて体が思うように動かない。

 

 

「ヨミ!逃げて!お願い!」



 私は、お父さんお母さんと叫ぼうとするけど、喉が締め付けられたように声が出てこない。

 

 

 ケガレの1匹がこちらに向かってくるのが見え、

もうダメだと思っていると、父が持ってた斧を投げたのが目に入った。


 その斧は私に向かって来ていたケガレに当たり、そのケガレは鈍い叫び声を上げるとそのまま消滅した。

 

 その隙をついて母が私の所まで走ってくる。

 

 母に襲い掛かろうとするケガレを父が跳ねのけ、先ほど投げた斧を拾いなおすとその場で立ち止まり、またケガレたちを睨み対峙する。

 

 私の元まで辿り着いた母は、いつもの綺麗な白い毛並みの所々が赤く染まっていた。

 

 

「ヨミ!今すぐここから逃げなさい!」


 そう言いながら母が私を突き飛ばすと、その瞬間体が勝手に動いた。

 

 

「ヨミ!走りなさい!」



 私は走った。

 

 

 後ろから聞こえてくる両親とケガレの声を聞きながら、私は森の奥へと必死に走った。

 

 ガサガサと草をかき分け森の中を走るが、ケガレの放つ嫌な匂いが私を追いかけてくるのを感じる。

 

 枝が顔を引っ掻いて、足が何かに引っかかって転びそうになるけれど、それでも必死に走り続けた。

 

 

 涙が溢れて視界が滲んで来る。

 

 

 お父さんお母さんと、心の中で叫びながら必死に走った。

 


「きゃぁ!」



 足がもつれて転んでしまい、私は地面に倒れ込んでしまった。

 

 痛みに耐え後ろを振り返ると、数メートル先にいるケガレを視界にとらえる。


 悪臭をまき散らしながら、あっという間に私のそばまで迫ってくる。

 

 

 もうダメだと思った私はそのまま立つ事を諦めた。

 

 

 涙と恐怖で歪んだ視界には、森の木々が立ち並んでいる。

 

 

「お父さんとお母さんは大丈夫かな……ごめんね……私……逃げきれなかった」



 そんな事を考えながら呆然と景色を眺めていた瞬間、目の前に光が現れた。

 

 

 それは青白い羽根をはばたかせ、幻想的な光を放ちながら宙を舞う1匹の蝶だった。

 

 その青白く光る蝶が私の目の前をゆっくりと飛んでいてこんな状況なのに私はその美しさに目を奪われた。

 

 

 蝶が私の周りをくるくると回ると、光が強くなっていって、

どんどん明るくなって青白い光が私を包み込んでいく。


 その光はとても温かくて、不思議とさっきまでの恐怖心が薄れていく。

 

 同時にケガレの唸り声も遠くなっていく気がした。

 

 

 視覚も聴覚も嗅覚も全てがどんどんと遠くなっていく。

 

 

「お父さん、お母さん……ごめんなさい」



 光の中で意識が溶けていくような感覚の中、私だけが逃げてしまった罪悪感が募って行く。

 

 

そうして私の意識はこの場から遠のいていった。






 雨が降っている。

 

 

「冷たい……」



 痛いくらいに冷たい雨粒が顔を叩き、髪を叩き、耳を叩く。


 足が重くて、一歩進むたびに濡れた着物が体に絡みつく。

 

 私の自慢だったいつもの白いふわふわの尾は泥まみれで、

今は重い塊のようにただ引きずっているだけだ。



 耳から雫がぽたりぽたりと落ちる。

 

 

「もう何時間歩いているのだろう……いや、何日かもしれない……」



 気づいたら私は見た事もない森の中にいて、どうしてここにいるのか分からなかった。

 

 

 でも、私の家がケガレの群れに襲われた事と、私だけが森の中へ逃げ、光る蝶を見た事は覚えている。

 

 

 あの蝶が私を助けてくれたのだろうか……。

 

 それとも、あれは夢だったのだろうか……。

 

 

 不安になった私は何度も鳴いてみたが、どうしても声を出す事が出来なかった。

 

 

 声の出し方がわからない……。



 言葉を声にする方法が思い出せない……。

 

 

 周りを見回すと見慣れない木々が広がり、聞いたことのない鳥の声と、嗅いだことのない匂いがする。

 

 ここは私達が住んでいた森じゃないとすぐに分かった。

 

 

 一体どこまで来てしまったのだろう……。

 

 帰り道が分からないし、どっちに行けばいいのかも分からない。

 

 

 そして匂いで気づいた。

 

 

「ここは多分もう人間達の縄張りだ」



 父の言葉が頭の中でこだまして背筋が凍った。

 

 

「人間には近づくな!人間は私たちを恐れ、恐れた人間は私たちを傷つける!決して人間には近づくな!」



 でも、どうすれば良いのか分からないし、帰る道も分からない。

 

 

 お腹も空いた。

 

 最後に食べたのはいつだっただろう……。


 それすらも思い出せないくらい、この見知らぬ森の中を彷徨って歩き続けた。

 

 

 体の芯まで冷えて震えが止まらない。

 

 でも私は進まなければいけない。

 

 足を引きずるように歩いていると、一歩進む度に視界が揺れる。

 

 

 もう限界だった。

 

 このままここで倒れてしまうのかもしれない。

 


 そう思った瞬間、木々の隙間から何かが見えた。

 

 

 目を凝らして良く見て見ると、オレンジ色の温かそうな光がぼんやりと見える。

 

 雨に煙る森の中で、その光だけがぼんやりと滲んで見える。


 

 体が勝手に動き、その光に向かって足が進む。

 

 

 倒れそうになりながらも、木につかまりながら必死で歩いた。

 

 

 やっとの思いでそこに辿り着くと、それは小さな木造の家だった。

 

 しかし私達の家とは違い、これが人間の家だと言う事が外観からでもすぐにわかる。

 

 古びてはいるが綺麗に手入れされていて、窓ガラスは曇っているけれど中から光が漏れている。


 その灯りを見ているだけでも、少しだけ体が温まる気がした。

 

 

 縁側に目が行くと、軒下だけは雨が当たっていない。

 

 

 私はフラフラと軒下に向かい、その場に崩れ落ちるように座り込む。


 ぐぅとお腹から情けない音が聞こえた。

 

 濡れた服が肌に張り付いて気持ち悪いし、とにかく寒くて震えが止まらない。

 

 耳を伏せて尾で体を包もうとするけど、尾は泥だらけで重くて体を温めてくれない。

 

 もう指先の感覚もない。

 

 

お父さん……お母さん……。


 2人は私のことを探してくれているのだろうか?

 

 それとも、もう……。

 

 

 そんな事を考えていたら涙が出そうになった。

 

 でも涙すら出ないほど体が冷えているのが分かった。

 

 

 

 ガチャン。ギィィーー。

 

 そのときガラリと音がした。


 戸が開く音で心臓が跳ね全身が硬直する。

 

 

 誰か出てくる!早く逃げなければ!

 

 

 でも、体が動かないし立ち上がる力もない……。

 

 

 恐る恐る顔を上げると、そこには白い髪の人間の老婆が立っていた。

 

 

 人間だ……終わった……。

 

 

 父の言葉が頭の中で繰り返される。

 

 

「人間は怖い生き物……近づいたらダメ……」



 先ほどまでの私は、ここで死んじゃうのかなと思っていた。

 

 なのに今は死にたくないと心から思う。

 

 

「まあ、これは珍しいお客さんね」



 老婆が私を見て驚いて目を見開いている。

 

 だけど私を怖がってはいないし、何かをしてくるような気配もない。

 

 心配そうに、こちらを見ている皺だらけの顔には、私を見つめる柔らかい表情が浮かんでいる。

 

 

「びしょ濡れじゃないか……こんな雨の中どうしたんだい?」



 声も穏やかな落ち着いた声でとても優しかった。

 

 老婆はまるで怯えたリスにでも接するかのように私を見ている。

 

 私と目線が合うと、老婆の深い皺が刻まれた顔が、ほんの少し微笑んだ。

 

 

「家の中へ入りなさい。こんな所に居たら風邪をひいてしまうよ」



 節くれだっていて、皺だらけのしっかりした手を私に向かって差し出してくる。

 

 

「ほら、大丈夫。怖くないからね」



(大丈夫なの?怖くないの?)


 何か言わなければと思い、口を開き声を出そうとするけど言葉が出ない。

 

 

「あ、あぁ……うぅ……」


喉が動かなくて息だけが小さく漏れる。



「お前さんは喋れないのかい?」



 その問いに、私はじっとその人間を見つめている事しか出来なかった。

 

 すると私を見ながらにっこりと笑った。

 

 

「いいんだよ。とにかく中へお入り」



(どうしよう……信じていいのだろうか)



 私もそっと手を伸ばす。人間の手に自分の手が触れる。

 

 

「とりあえず中へ入りなさい」



 体も心も限界だった私は、老婆の顔を見つめたまま小さくコクンと頷いた。

 

 立ち上がると足がふらつき、よろけてしまった私を老婆がしっかりと支えてくれた。

 

 

「もう……こんなになるまで一体なにをしてたのよ」



(温かい……)


 その温かさが冷え切った体中に広がっていく気がした。

 

 

「うぅ、うぅぅ……」



 私は声にならない声を出しながら、人間の腕の中で泣き崩れた。

 

 

 老婆に支えられながら恐る恐る家の中へ入ると、家の中は本だらけだった。

 

 こんな光景は見たことがない……。

 

 壁という壁が本棚で埋め尽くされていて背表紙がぎっしりと並んでいる。

 

 私がやっとの思いで手に入れた本がこんなにも……。

 

 色とりどりの大小様々な本たちが床にも積まれているし、卓の上にも開かれた本が何冊も重なっている。

 

 部屋の隅には箱に詰められた本が見え、その光景に圧倒された。

 

 部屋中が紙の匂いとインクの匂いに混じって、長い時間が染み込んだような古い本の匂いがする。

 

 不思議な場所だったけど嫌いな匂いではなく、むしろ何か落ち着く感じがした。

 

 

「わたしは昔から本が好きでね」



 その声ではっとして後ろを見ると、お婆さんが少し照れくさそうに本棚を見上げている。

 

 

「気づいたらこんなに増えてしまったのよね~。困ったもんだと自分でも思っちゃうのよ」



 その顔はとても穏やかだった。



「さぁ、まずは体を拭いて」



 お婆さんが、棚から温かそうな布を取り出して来るのを私はぼんやりと眺める。

 

 布を受け取ると、ふわふわで温かくて気持ち良い。

 

 

「……これは、お風呂場じゃないとダメそうね」



 お婆さんに濡れた着物を脱がされ、変な部屋に連れて行かれた私は頭から水を掛けられる。

 

バシャーーン


「うぅーうぅー」と叫びながら抵抗するが、弱り切った体が思うように動いてくれない。



「ほら、気持ちいいでしょ?」



 その声に落ち着きを取り戻し、私に水を掛け続ける老婆をギッっと精一杯睨みつけた。



「もう、そんなに怖い顔しないの!どう? 体も温まって来たでしょ?」



 確かに水を掛けられているのに冷たくない……それどころか体が温まって行く。


(これって、お湯なんだ……火も無いのに不思議だな)



 そして体中を洗ってもらうと、冷たくなった肌にも少しずつ感覚が戻ってきた。


 髪も耳も丁寧に洗って貰い、しっぽの泥も綺麗に落としてくれた。


 体が少しずつ温かくなっていって震えが収まった。


 そしてさっきのフワフワした布で綺麗に拭いて貰うと、私の自慢の尻尾も綺麗な白色に戻っていた。



「お腹も空いてるでしょ?これでも飲んで、ちょっと待ってなさいね」



 お婆さんの声で顔を上げると、湯気の立っている茶色のお湯が入ったカップを渡された。



(これは、なに? 泥? これは泥水?)


(人間は、こんなものを飲んでいるのか?)


 でも匂いはお菓子のように甘い。


 勇気を出して少しだけ舐めてみると、びっくりするほど甘い。


 私は、もっと飲みたいという気持ちと、熱くて一度にたくさんは飲めない辛さと戦った。

 


 すると、トントントンと何かを切っている音のあと、やがて、ぐつぐつと何かが煮える音がして来た。

 


 美味しそうな匂いが漂ってきてお腹がギュッとなる。


 口の中にも唾液がどんどんと貯まって行くが、私の手の中にあるカップの中にはもう何も残っていない。


 ぐぅーーと、お腹がまた鳴って情けない音を立てる。


(なんで声は出なくなっちゃったのに、お腹はこんなにも大きな音で話すのよ!)


 凄く恥ずかしくなって、ずっとカップの底を見つめていた。





 しばらくすると、お婆さんがお盆を持って戻ってきて、それをテーブルに置いた。



「さあ、ご飯にしましょう! こっちへいらっしゃいな」



 良い匂いに釣られてテーブルに向かう。


 湯気の立つお椀には野菜の入った味噌汁があり、ふっくらとして温かそうな握り飯が二つ、小さな皿にはきゅうりと大根の漬物があった。


 私の知っている食べ物に空腹が限界に達する。



「さあ、遠慮しないで食べて良いわよ」



 お婆さんの優しい声が響く。

 


 お椀を両手で持つと温かく、その温かさが手のひらから伝わってきて、そのぬくもりだけで涙が出そうになった。

 


 そっとお椀を口元に運んで一口すすると、口の中に優しい味が広がる。

 


 こんなに美味しいお味噌汁を、食べたことがあっただろうか……。



 もう一口、また一口と止まらなかった。


 握り飯に手を伸ばして頬張ると、私の意思とは関係なく勝手に飲み込んでしまう。


 噛むのが間に合わないほど、私はどんどんと握り飯を口へ運んでいった。

 


 お腹が少し満たされていくと、食べながら気づいた。

 


 さっきまでどれだけ怖かったか、どれだけ寂しかったか、どれだけ、誰かに助けてほしかったか……。



 生きてる……私は生きてる。

 


 温かいものを食べてお腹が満たされていく。


 生きてる事が嬉しかった。


 視界が滲んでくる。


 涙がこぼれて、止めようとしても、止まらなくてぽろぽろと涙が流れる。



「よしよし」



 お婆さんの温かい手が頭に触れた。



「……あう……が……とう」



 やっと一言だけ、たどたどしくて壊れそうな声だけど、一言だけ喋れた。


 お婆さんの顔を見るとにっこりと笑っていた。



「どういたしまして」



 私の言葉が伝わった事がとても嬉しかった。

 

 


 その夜、お婆さんが用意してくれた布団に入ると、柔らかくて温かくて体が沈んでいってふわふわの感触が全身を包み込む。

 


 目を閉じると意識はすぐに遠のいていった。

 

 

 





「……どれくらい眠ったのだろう」



 目を開けると、そこは知らない場所だった。



「うぅ!うぅーー!」……言葉が出ない。



 なんでだろうと思っていると、色々な記憶が蘇ってくる。



 お父さんと、お母さんの事……。


 綺麗な蝶を見た事。


 雨の降っている知らない森をいっぱい歩いた事。


 そこで見つけた小さな家。


 そして、優しいお婆さん。

 

 


 窓からは光が差し込んでいて、体を起こすと体が軽くて痛みが少し和らいでいる。

 


 もぞもぞと、布団から抜け出してお婆さんを探す。


 

 ちょっと苦戦しつつもドアを開けると、椅子に座って本を読んでいるお婆さんを見つけた。



「おはよう」



 お婆さんが昨日と同じ優しい笑顔で声をかけて来る。


 私はちょっと恥ずかしくなり、開けたドアに半分隠れた。



「よく眠れたかい?」



 私は小さく頷く。


 私を見てお婆さんはクスッと笑って立ち上がった。



「朝ごはんの用意するから顔を洗っておいで。お前さんの服も乾いたから、もう着ても大丈夫だよ」



 言われた通りに顔を洗うと、冷たい水が寝ぼけていた私の目を覚まさせる。


 そう言えば裸のままだったと気づいて、慌てて服を着た。

 

 


 戻ると朝ごはんが用意されていて、温かいご飯と味噌汁、卵焼きも付いていた。


 良い匂いが私を誘うが、なんとなく一歩が踏み出せないで立ち尽くしご飯を眺めていた。



「そんな所に立ってないで、早く座りなさいな」



 お婆さんの向かいに座ると、お婆さんが目を閉じて手を合わせている。


 ご飯を食べる前は人間も私達も一緒なんだと思い、私も目を閉じて手を合わせた。



「いただきます」



 私はお婆さんの声に合わせて小さく頭を下げた。



「さぁ、食べましょうか」



 静かに箸を持って一口食べ始めると、ご飯を口に運ぶ手が止まらない。


 お婆さんはゆっくりと食べながら、時々こちらを見て微笑む。

 


 とても穏やかだった。




「もっと食べるかい?」



 お腹が満たされた私は、首を横に振る。


 食べ終わると真剣な目をしたお婆さんが私に尋ねてくる。



「お前さん、帰る場所はあるのかい?」



そう聞かれたので私は考えた。



(自分のお家に帰りたい……)



(お父さんとお母さんに会いたい……)



(でも帰り道が分からないし、もうあの森を一人で歩きたくない……)



 お婆さんの顔をじっと見つめながら首を横に振った。



「……そうかい。それなら、しばらくここにいるといい」



 私はお婆さんの顔を見る。


(本気で言っているのだろうか……人間は私達を恐れ、酷い事をしてくるんじゃないのか?)



「……ひとりは寂しいからね」



 窓の外を見て、そう呟いたお婆さんの横顔がとても寂しそうに見えた。

 


 しかし、すぐにこちらに向きなおり優しい顔に戻った。



「お前さんがいてくれたら、私も嬉しいよ」



 本当にここに居ても良いの?と聞こうとしたが、やっぱり声が出ない。


 しかし私の尾が勝手に左右にぶんぶんと大きく揺れて、全身で喜びを表現してしまった。



「まぁ、それはここに居てくれるって事で良いのかい?」



 お婆さんが嬉しそうに言うので、私は自分の尻尾を抱えながらコクっと頷いた。



「これからよろしくね」



こうして、お婆さんとの日々が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ