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第79話 誕生!新生銀河刑事

 怪人ねっとは、有料の情報サイトである。

 怪人関係の事件に関してのニュースは正確で親切、迅速・丁寧だ。

 当然、シズカさん関係はマークされている。


「デカ子が死んだとは書いていないんだ」

「何だよ……びっくりさせるなよ」

「沖縄でキングシークァーサーと交戦中だった銀河刑事が、キングシークァーサーの果汁攻撃を食らい、敗れ去った」

「そんな……沖縄の守り神がどうして銀河さんと?」


 ハルナさんは博識だ。でも守り神の方とはちょっと違う。


「戦闘で瓦礫となった民家から、巨乳の女子高校生が意識不明の状態で発見された……」

「どういう記事よ」

「エムだ!」


 シズカの脳裏に、瓦礫のなかで倒れ伏すエムの姿が映し出される。


「エム……どうしよう、スコップ」

「シズカさん、君は……」


 もう戦うことができないんだね。

 スコップはその言葉を言うことはできなかった。この事にシズカが気付いてしまうと、もう本当に彼女の心まで壊れてしまうような気がして。

 だから代わりに。


「ごめんよ、シズカさん」

「え?」


 スコップはシズカも気づかない速さで、その首筋に例の毒を打った。

 

「ちょっと!何やってるのスコップさん!え、シズカ倒れちゃったけど大丈夫なの!?顔面から落ちたけど?何?どうしてこの子こんなに頑丈なの?」


 妹分の心配をしていたら、いきなり親友に注射をされて倒れてしまった、闇宵シズカ。初見では驚くだろう。


「安心して、ハルナちゃん。今打ったのは栄養剤よ」

「絶対違うわ!栄養剤ってね、小瓶に入ってて、開ける時、キャリって音がするのよ!お注射でブスリってものじゃないわ」

「本当に80パーセントは栄養剤と同じ成分よ」

「残りの2割は、何?」

「勇気のでるお薬だよっ!」


 

 およそ1時間後。


「私んちの天井だ」


 シズカは目を覚ました。まるで半年くらい凶悪な輩たちと戦い続けた後のように、狂戦士モード一歩手前のような目つきで。


「わざわざ寝返りしてまで言う価値あるかい?そのシリーズ」

「儀式よ。スコップ……またなんか薬打った?」

「ちょっとね。でも半分は栄養剤だよ。君の体も心配だったし」


 アレ?栄養剤割合、減ってる?

 計算が得意なハルナにはバレていた。おそらく追及すればスコップはこう言うだろう。「栄養剤は一割、水も栄養剤だよね〜ハハハ」と。でも指摘しない。シズカがおかしなテンションだから。

 

「精神と時間の加速薬って言ってね、1時間が半年に感じられて、その間極限に追い込まれた夢を見ることができる、究極のパワーアップ薬さ!」


 ハルナは最近MANGAで見た話を思い出した。就学前の男児を放り込んで、金髪にしちゃうというあの部屋を参考にしたのか?あの部屋よりも加速がすごいんだけど、大丈夫なのだろうか。

 

「まあいいわ、みんな行くよ。……スコップはあとでお仕置きよ」


 どうして僕だけ?と、分かっていないスコップ。彼女としては、シズカを戦えるように強化しただけのつもりだから。


「行くって何処へ」

「決まってるわ!エムの待つ沖縄へ!」


 シズカはスコップとハルナの手をガッチリと掴んだ。


「ちょっと、私そんな、荒事は……!」

「僕も薬の調整したい……」


 よく効くスコップ印の薬を服用したシズカは止まらない。しかし授業中の山田を連れ出さない程度には、自制できていた。


 

 電車と飛行機を乗り継いでやってきたのは、ストーンウォール空港。冬でも暖かいので、猫達はウキウキだ。


「私、八重山そば食べたい」

「いい香りね……あそこのお店じゃない?」


 シズカはロビーのイートンコーナーの看板を見た。見てしまった。原始的な乗り物に乗って、緊張したのか小腹が空いていたようだ。止め役のハルナまで。

 

「ちょっと君達、ただでさえ飛行機なんかで時間食ってるんだから、先を急いだほうがいいんじゃない?」

「だって、ハルナちゃんは飛べないんだから、急ぐも何もこれが普通の旅程だよ」


 既にテーブルに着き、手には呼び出しのベルを持っている。何という素早さだ。これが修業の成果!

 

「あなた達、自分で飛ぶの?そんな事できるの?え?都会のケンタウリは飛べちゃうの!?」


 シズカは変身すれば飛行可能だ。

 スコップは生身で星間飛行可能だ。

 料理が出来上がったとベルが鳴動した。


 シズカとスコップは「いただきます」、ハルナはノシャブケミング神に祈りを捧げ、食べ始めた。


「ハルナちゃんがいつもお祈りしてるのは?」

「ノシャブケミングよ。宇宙の航海の神様」


 3人は透き通ったスープをひと口飲み、麺をいただいた。

 麺をすするのは苦手なのでフォークとレンゲを使うが、そこはご了承願いたい。

 

「お蕎麦じゃないのは写真でわかってたけど。ラーメンというわけでもないのね」

「ハルナちゃん、ラーメン知ってるんだ」

「ええ、この前スコップさんに連れて行ってもらったの」

「へえ〜。……見た目支那そばっぽいけど全然違うのね。向こうは鶏ガラだったし」


 シズカは放浪中に日本全国を回っていた。

 余裕のない生活をしていたというが、行った先の味を確認することもあったようだ。

 

「僕、魚介スープ苦手だけどこれは良いかもしれない」

「好きなら好きとはっきり言いなさい!」


 3人はスープを飲み干し、満足気。


「で、どこ行けばいいわけ」


 トレイを店に返し、マンゴージュースで落ち着く。

 この強行軍の目的を思い出したシズカがスコップに尋ねる。エム重態説はスコップ情報なのだから。

 

「エムがどこにいるかなんて僕も知らないよ」

「場所も知らず連れてきたの?使えない駄犬だ!」

「口の悪い駄猫だ!」


 ところ構わずイチャつきだすのはやめてほしい。ハルナはそういう認識。

 

「仕方ない……あいつに聞いてみるか」

「あいつ?」

「いるのよ、気持ち悪いのが。……ちょっと電話するね。あ、私よ聞きたいことがあって……そんなはずないでしょ?またぶっ飛ばされたいの……気持ち悪いんだから早く答えろよ。……うん、うん?……だから寝ぼけんなって!馬鹿野郎!スコップの可愛さと比べること自体間違いだ!何がご褒美だ!……やめてよもう……ホントに……(´;︵;`)……やめろって言ってんだろ!」

「シズカさん、あんまり大声で騒がないで……」


 最後は母国語でひどく罵って通話を終了。

 しかし今回は、それを理解する者が1名。


「し、シズカ。いくらなんでも女の子があんな事言っちゃダメでしょう?」

 

 よっぽどな内容だったのか、ハルナは耳まで真っ赤だ。

 

「仕方ないよ、ハルナちゃん。アレが「プロンプト」なんだから」


 要約すると、

 

「ここから北へ、岬の先端に建つ小さな診療所にいるみたい。全身百カ所の骨折とあらゆる筋線維の断裂、内臓損傷多数……。当然意識不明」

「それって、生きてるの?」

「取材に来ていた怪人ねっとのスタッフが、ひと先ず運び込んでくれたみたい。動かすと死ぬから、動かせないって」

「今の会話でよくそんな情報が得られたわね」

 

「ごめん、電話。……リュービィから?」


 再び鳴動するシズカの通信デバイス。相手の名前を一目見て、いやそうな顔をして見せる。

 

「リュービィさん?」

「さっきの相手だよ」

「はい、何よ。切るわよ?黙ってるんじゃないわよ!……いや、もういい喋るな。……ニャ!やめろ、耳を舐めるな!変態!✕✕✕✕✕……」

「シズカまたそんな……スコップさんは言葉わからないよね、私たちの」


 見た目大人しそうなシズカから一体どうすればあんな言葉が出てくるのだろう。ハルナは不思議だった。

 隣を見るとスコップもやや耳を赤くしてそれを聞いている。

 

「うん、でも感情がわかるから、推測はできる……」

「クソっ!あいつ、私を舐め回すためだけに電話してきやがった」


 何をされたのか、シズカは呼吸も荒く悪態をつく。


「クルマを借りておいたからって!いらん世話を!」

「早く出よう、さすがに騒ぎすぎた」

「……そうね、あいつは帰ったら折檻よ」


 彼女達の大騒ぎで少し雰囲気の悪くなっていたイートンコーナー。その美女と2人の美少女は謝罪し、そそくさとその場を去った。

 場の雰囲気は一瞬で清浄された。



「クルマを借りるって、操縦は免許制でしょう?私持ってないよ」


 1000年後からいきなり連れてこられたハルナが持っているはずもないし、そもそもAI全面支援の車しか操縦経験はない。


「僕は持ってるけど、取得日がおかしいし」


 スコップは合法の免許証を持っているが、50年も前に取ったものなので、いろいろ突っ込まれると面倒な代物だ。単なる年齢証明に使うのならまだしも、記録に残るレンタカーの契約には使うことはできないだろう。

 何故か更新はクリアできている。


「私が持ってるから、問題ない」


 時空監察官の数ある偽装ツール。当然運転免許証も含まれている。あらゆる車両が運転可能なゴールド免許だ。逆に怪しい。


「設定厨キラーめ……」


 空港からレンタカー基地まで行くバスの中でも、一行は目立った。

 黒髪の長身美女と真っ白なちっちゃい美少女。そして中間の大きさのブラウン美少女。一見で日本人ではないと分かる3人が流暢な日本語で(静かに)わちゃわちゃしているのだ。しかもブラウンはボクっ娘だ!

 

 白いのが南国の海を見て故郷を思い出したようだ。南国生まれにしては白すぎるが。

 それに関して黒いのが一度は見てみたいとつぶやく。

 ボクっ娘が自分の街の海とは違うねとつぶやく。

 他の乗客からすればそんなのどかなお話だが、実際は宇宙スケール。

 白いのはいつ星に帰ることができるか分からない。

 彼女の星は10万光年も彼方にあるのだから、黒の願いはなかなか叶わないだろう。

 ボクっ娘の海は最近やっと赤い呪いの海から透き通った青い海に戻ったばかり。

 どれもマトモではないのだ。


 到着したレンタカー基地では、借りる前の外観点検でシズカは三十分かけて細かい傷を100近く指摘。店員のお姉さんを涙目にさせたとか。いきなりエンジン回転数をレッドに上げて、店員のお姉さんにキレられたり。

 シズカ曰く、「11000回転まできっちり回せって書いてあった」らしい。


 車がようやく基地から出る頃にはみんな、店員のお姉さんも、疲れ果ててしまった。


 心配されていたシズカさんの運転も、自動運転かというほどに問題なく、法令遵守で進む。

 南国とはいえ真冬のオープンカーはちょっと涼しかった。

 シズカの髪は束ねていたけどすぐにグシャグシャになって、風とともに凶器になってしまったので、運転席シズカ、助手席スコップ、後部座席左側がハルナだ。


「あそこ、寄っていこう」


 少し先に、ジェラート屋さんの看板が見えた。

 空港でも食べたが、その後の大騒ぎで少しおなかが空いた一行。

 エムのために急ごうという意見は一切出ず、満場一致で小休憩に入るのだった。


「ローマにいる時はローマ人のようにせよ。とは言われるけどさ、今日は違うよね。観光地に来たらご当地グルメを満喫せよ。だよね」

「観光に来たわけではないけどね」


 平日の昼過ぎでもそこそこ人入りのあったその店で、シズカは黒糖ジェラートとご当地バーガー、ハルナは豆腐ジェラートとご当地バーガー、スコップはシークァーサージュースとご当地バーガー。


 テラス席から海を眺めながら、結構大きなハンバーガーを仲良く頬張る。


「帰りたいな……」


 お昼もすでに過ぎて、傾きかけたお日様が水平線を照らす。

 故郷の海はほとんどが軌道上から見るものだが、ハルナの海の思い出といえば幼い頃弟と行ったどこかの海岸だ。海を見ると、故郷に置いて来た愛する人たちを思い出さずにはいられなかった。


「エムの件が片付いたら、次はハルナちゃんが帰れるようにしないとね」

「ありがと、シズカ」


 エムがいるという診療所には夕方に着いた。

 医師に症状を聞くと、おおむね情報通りであったし、驚くべき速度で治癒しているとのことだ。


「良かった……」

「ただ、回復にほとんどのエネルギーを使ってしまっているらしく、脳の活動量がかなり落ちていてね」


 ここの施設では満足な治療ができないため、街の大きな病院に転院させたいが、気軽に動かすこともできない。せめて身体がもう少し回復すれば移動に耐えることができるだろうが、今は回復を助ける栄養を与えるしかないのだという。しかしあまり長引けば、精神に障害が出る可能性も否定できない。


「ありがとう、先生。明日また伺っても?」

「もちろん。側で何か話しかけてあげてください」

「はい。じゃあ今日はこれで失礼します」


 患者とは見るからに家族ではない3人だったが。

 心の底から患者を心配している様子に、医師は安心した。

 この患者は身元を明かすものを一切持っていなかったのだ。ここまで運んできた人物も、じきに迎えが来ると言ったきり姿を現さない。正直、医師も困ってはいたのだ。


「良かったねシズカ。何とかなりそうね」

「ホントに。で、スコップ?」

「先生の言う通り、今は身体にエネルギーを補充することが重要だろうね。シズカさんが先生と話している間に、投薬は済ませておいたよ」

「え?」

「ほら、そんな言い方したら、ハルナちゃんが不安がるでしょ?どんなお薬なの?」

「そうだね……定時前のクタクタがお昼前のクタクタ程度になるお薬かな。わかりやすく言えば」

「分からないよ」


 街に戻り、良いホテルの良い部屋を確保できた一行。

 食事前に体を清め、マッサージを受けて強行軍の疲れを癒やす。


「あ〜、こんな事してて良いのかしら〜」


 完全に癒されながら、ハルナがもらす。

 ハルナちゃんは基本的に仕事中毒者(ワーカーホリッカー)だ。皆が働いている時に寛ぐのには罪悪感があるのだ。


「良いよ〜。スコップの見立てでは、あと4日は掛かるらしいし〜」

「いやいや〜、4日では治らないでしょう〜」

「スコップ〜。寝たらご飯食べられないよ〜」


 夕食は島感を前面に出した、豪華なものだった。

 牛肉から新鮮なお魚、島野菜など。

 味をコピーしながら頂くシズカであった。

 

「あ、山田に連絡してない……」

「えー。そりゃヤバいよシズカさん。姫はシズカさんに置いていかれるのが若干トラウマになってるよ?」

「あなた、山田さんになにしたの……」

「話せば意外と長くなるよ?」

「はぁ。でも山田さんのことは、大丈夫よ。私が逐一報告してるから」


 ハルナは自らの通信デバイスで山田とチャットしていた記録を見せた。

 そこには、「空港なう」の文字と施設内で迷子になってニャーニャーしているシズカの写真。

 他にも、機内でうたた寝しているシズカ。飛行機を降りて伸びをしているシズカ。八重山そばを食べているシズカ。肉肉バーガーを食べているシズカ。包帯グルグルのエム。エムの様子を見てウキウキ顔のスコップ。マッサージを受けてウトウトしているシズカ……。

 これ、駄目な報告の見本だ!


「私、山田に電話するから!」


 電話先で山田は相当ごねたらしい。

 そりゃ授業中だろうが食事中だろうが構わず、楽しそうな写真が送られてくるのだから、エムの写真がなければ、一生恨まれるレベルだ。

 しかも、時期も悪かった。


「どうして今なのよ!私大学受験シーズン真っ只中だよ!」


 当然ながら一緒に行きたかったのだ。


 

「あの子、エムだけど」

「ん?」


 山田も落ち着かせ、大人たちの晩酌タイム。

 ルームサービスに大量のお酒とおつまみを持ってきてもらったのだけれど、ハルナ未成年飲酒を怪しむホテルマンには海校の教員IDを見せて納得してもらった。


「全身バッキバキってどういうことなのかな?」

「壁とか地面とかに叩きつけられたんだろう?」

「……銀河刑事って、危ない仕事なの?元は男の子って聞いてるけど、それにしてもあんな大怪我するなんて」


 あのエムが地道に聞き込みとか、似合わないなと思っていたハルナ。銀河刑事の実態ははるかに過酷だったのだ。


「戦闘スーツはないんだろうか」

「シズカさんも、スーツがなけりゃ、ああなっていたんだろう?」

「え?シズカって時空監察官よね?時間のお巡りさんだよね?」


 時空監察官自体が一般的にはあまり認知されていない職業だ。ましてや独立時空監察官として巨悪と殴り合う存在など、伝説かMANGAの中の存在だ。

 それに、こんなあちこち柔らかそうなシズカが、戦闘?ハルナにはイメージが湧かなかった。


「ハルナちゃんには言ってなかったケドね」

「この猫、銀河で一番ヤバい猫だよ」

「……銀河?」

「ふふふ、今夜はたっぷり時間あるから、飲んで語り明かそう!」


 そう、エムを連れて帰るつもりなので、最低4泊。

 明日の朝は急いでチェックアウトしなくても良いのだ!

 こうして異星人達の南国旅行、1日目は暮れていく。

 なお、この中で2人は毒耐性持ち。つまり酒にはほとんど酔わないのだ。サヨウナラ、ハルナ。



 朝が来た。

 ハルナは大きな窓のカーテンを開けて、眩しい朝日を部屋に入れた。

 空けた酒瓶とおつまみの乗っていた皿は綺麗に洗い、部屋に備え付けのキッチンにまとめておいた。

 シズカとスコップはハルナが寝室に下がったあとも騒いでいて、そのまま寝てしまったのだろう。同じベッドでぎゅうぎゅうしながら、まだ起きる様子はない。

 朝食までまだ時間があるので、軽くシャワーをして、着替えると、ぼちぼち起き出したシズカ達の喧騒を聞きながら温かいお茶を飲む。

 どうやらお互い、最後のグラスに薬を盛っていたようで、何か言い争っている。


「仲がいいのね。ほら、朝食は食堂ですって。そんなボサボサでは行けないわよ。シャワーしてきなさい」


 は〜い、と聞き分けよく2人は浴室に向かった。


「スコップ!どうして付いてくんのよ!」

「時間ないから一緒でいいだろ」

「駄目に決まってるでしょ」


 本当に騒がしい。



 朝食は、最高級ランクルームのシズカ達も、一般と混ざってビュッフェ形式だ。

 種類もジャンルも様々で、味にうるさい3人も楽しむことができた。まあ、シズカとスコップは例え水だけだったとしても文句は言わず美味しくいただくタイプだし、ハルナも粗食には慣れている。そりゃ美味しいにこしたことがないのは当然だが、超一流でなくても彼女達には十分大した食事なのだ。


 

「出発するよ」


 今日はスコップが運転する。

 ガチガチの教本運転のシズカと違い、スコップは慣れた人の運転だ。とても乗りやすかった。


「ほら、あそこ。洞窟があって、海に繋がってるんだって、行ってみない?」


 今日も明日も、病床のエムに付いているだけなのだ。少し寄り道してからでも構わないだろう。


 駐車場からしばらく歩くと、大きな横長の洞窟がポッカリと現れた。横には川が流れていて、洞窟を穿った張本人だろう、奥まで続いていた。


「洞窟住まいのスコップとしては、一言あるようですが?」

「いや、無いよ。まあ、大きいね、くらいかな」


「昔はこの洞窟一杯に水が流れていたんだよね」

「水が減って、洞窟になって。海に繋がったからかしら?」

「僕たちが入ってきた所が陥没したんだろう」


 異星人に解説されちゃう洞窟。

 彼女らの星にも、同じ原理で同じ様子のものがたくさんあるのだ。説明は容易い。ただこういうものは原理が分かっていても、全ての事象で同じ姿というものはない。


「あ、海みたいだよ!」


 薄暗い空間の奥にポッカリと空いた小さな穴の向こう地に、明るい海が見える。

 自然の作る美しさは、理屈を理解すればするほど、感動を増す。偶然にこういう景色ができた、というよりも、より奇跡がかって見えるのだ。


「まぶしー。洞窟がちょっと涼しかったから、何か暖かいね」


 小さい海でパシャパシャ遊ぶ、猫姉さん。

 ハルナはそのシーンも山田に送っておくのだった。


 昨日のジェラートのお店でテイクアウトの牛丼を買っていた一行は、また別の浜で昼食にすることにした。


「多分、今日くらい意識が戻るかもしれない」

「さすがに無理じゃないかな……」


 昨日でも、死んでておかしくない状態だったのだし、いくら効能のおかしいスコップの薬でも、そこまで回復すると、ひどい副作用があるんじゃないかとハルナは心配だ。

 

「だったら私が一晩ついててあげようかな?」

「シズカ」

「だって、夜中目が覚めたら、寂しいじゃない?」


 エムは人の温かさ、家庭の温かさに飢えているのだ。

 ハルナもスコップも、家庭の温かさというものにほとんど触れてこなかった。無いものは無い、それだけ。2人は同じ境遇の仲間がいたから生きてこれた。

 シズカは愛のなかで育った。あの姉を見れば、想像するのは難しくない。だから途中で愛を失ったエムの心中に想像がつくのだ。あの怖かった夜に、家族がいてくれなかったらどんなに心細かっただろうか。それが分かる。


「エム次第だね。内臓の治癒が済んでいなかったら今日は目覚めない。絶対だ」

「分かってるよ」



「つ、次は私の運転の番かしら……」

「いや、ハルナちゃんはいいから」

「今日は僕、明日はシズカさん、ね」


 はいぱぁアシスト運転の経験しか無いハルナ。交通ルールは分からないし、彼女の星は右側通行だ。

 数時間後、エムのベッドの横に包帯グルグル巻きの3人が追加されるイメージを勝手に想像し、ハルナは震えた。


 エムのところに着いたのは、昼を少し回った頃だった。


「よく来たね」


 医師が笑顔で迎えてくれた。

 容体はかなり快方に向かっている。ただ、ようやく再生がやや攻勢に転じた程度で、本格的な治癒は今から始まる、どの見立てだ。


「先生のおっしゃる通りだよ。でもさ、手でも握ってあげてたら無意識でも安心するかもしれないよ」

「君は、医療関係に?」

「いえ、科学的医療とは反対の、スピリチュアル寄りです。でも先生の方針の邪魔はしませんので、安心してください。今はどんな言葉でも安心が欲しいでしょうから、彼女も」


 今日は夕方までエムのベッドの周りで、静かにお話して過ごした。



「あ〜〜〜、ほぐされるぅ……」

「あ〜〜〜、昼間とのギャップがすごいわよシズカ……」

「あ〜〜〜」


 ホテルに戻るとまずはマッサージだ。身も心も素粒子までほぐされそうな心地良さ。

 夕食はさすがに昨日と食材に大きな変化はないが、また違った調理法で驚かされる。


「牛肉に焼く以外の選択肢があったなんて!」

「はい煮る時に少々アクが出ますけど、丁寧に取り除いて雑味を取るのがポイントですわ」


 給仕のお姉さんがにこやかに説明してくれた。

 彼女もセレブに見えるシズカが今まで焼き一択だったのは驚いただろうに。


「味の染みたお肉が、口のなかでほどけていく様子をお楽しみください」


 貴賓室に特別に設けられた屋上展望室。

 食後に星を見ながら、シズカとスコップは語らう。


「あの星の並びは目立つね」

「ああ、源氏星と平家星か。今風に言うとオリオン座だね」

「源氏星の方だったかな。あそこの連中は面白くてね。姿はあそこの、ほら、ドラム缶だったっけ。ちょうどあれくらい」

「腕が4本」

「あれ?二本じゃなかった?」

「4本だよ。凄い力持ちで」

「賢いんだ」

「面白い人たちだった」

「……何だスコップも会ったことあるんだ」

「うん、銀河パトロールのトレイジー。彼にはお世話になったよ」

「トレイジー!?あいつ?スコップも知り合いだったのか」

「へぇ、……面白い偶然だね」


 ハルナは、2人が話す声が漏れ聞こえる、階下のソファに深く座って、見えるはずもない故郷の星を窓から見ていた。



「重いよ……」


 ハルナが苦しくて目を覚ますと、猫と犬が自分に絡みついているからだと気が付いた。シズカとスコップだが。

 二人とも力が強いのを、苦労して引き剥がすとなんとなく理由が分かった。

 ちょっと寒いのだ。

 

 昨夜はおセンチになって、ベッドに潜り込んでいつの間にか寝てしまったハルナだった。

 思いのまま屋上で語り合って、いい具合で酔った2人は多分寒かったのだろう。

 温々と眠っているハルナの布団の中の温かさを本能的に察知して潜り込んだ。それでほぼ間違いないだろう。


「寒いな……」


 多分どこかの窓が開いている。

 時計を見るとまだ4時台。


「まあ、いいか」


 ハルナは再び抱きついてきたシズカに埋もれ、二度寝を決め込む事にした。

 


 

「今日は、っぽいことをしよう」

「とは?」

「その前にカウンター寄ってくよ。2人は先に車に行ってて」

「分かった」

「ハルナさん、お菓子買っていこうよ」

 

 

「おはようございます。闇宵シズカ様」

「ええ、おはよう」

「いかがなさいましたか」

「今日から、一人増えるんだけど、問題ないかな」

「はい。すでにお部屋代を頂戴しておりますので、追加料金はかかりません。空いているベッドをご利用くださいませ」

「そう、ありがとう」

「お食事はどうなさいますか?」

「今日はいい。明日の朝から一人追加でお願い」

「かしこまりました」

「あ、あと部屋の掃除を入れておいて」

「かしこまりました」

「お願いね」

「はい、それでは、いってらっしゃいませ」



「お待たせ」

「何してたの?」

「一人追加してきた。何買ったの?」

「ふ〜ん。あ、グミだよ。このあたりの限定らしくて」

「あれ?シズカ、グミは苦手?」

「好んでは食べないなぁ」

「そうなの。ごめん」

「いいよ、僕たちで食べよう。グミの良さが分からん子には、一粒たりとも渡さないよ」

「食べないとは言っていない!」


 今日は西の海岸線に沿って北上の予定。

 シズカがあえて詳しく知らべなかった、何かがあるらしい。

 

「隠れ熊のみ」

「はぁ?」

「そう言う現象が見れるんですって。面白い表現よね。熊のみ隠れ、日本語の並びならこうなのでしょうけど、これもしっくりこないの。このあたりの方言かしら?」

「シズカ、それって」

「シズカさん、その探求の姿勢は良いね!」


 ハルナが訂正しようとするのに被せて来たスコップ。


「最近はなんでも事前に調べちゃうけどさ、語感から考え抜いてから体験する。素晴らしいよ!」

「ふふふ、そうでしょう?」

「スコップさん……」

「いいのよ、ハルナちゃん。私を全知全能の呪縛から解き放つためにも、必要なことなのよ。ハルナちゃんもスコップも、答え知ってるんだよね?その感じ」


 シズカとて、スコップがからかおうとしていることぐらい承知だ。

 しかしこれは、すでにゲームとなった。友人たちの反応から正解を導き出す、頭脳派のゲームだ。

 

「うん……」


 ハルナの返事から、割とポピュラーな何かだと推測する。

 

「どうする?もう少しイメージを固めてから、挑戦したほうがいいんじゃないかい?」


 イメージ。なるほど、漠然とした現象ではない。ただ……。

 

「挑戦が、必要なの?」

「……ある種のチャレンジではあるね」


 戦闘寄りのチャレンジではなさそうだ。むしろ、運の要素が強い。

 抽象的なヒントに気を散らされてはならない。シズカは作戦変更する。

 

「それは、生き物が関係している?」

「シズカさん、わかってるじゃないか!その通りだよ」

「……命の危険は、ないよね」

「あるわけないね」

「え?駄目だよ、そこは嘘ついちゃ!だめ、死んじゃうよ?」

「「え!?」」


 シズカの脳裏では熊が爪を伸ばしていきなり襲いかかって来た!スコップの脳裏では小さい魚がグロテスクに変化して襲いかかってきた!


「スコップ、あんたヒントに嘘混ぜてたの?」

「いや、嘘は混ぜてない……」


 自分のひと言で、回答を知っているはずのスコップまで混乱し始めているとは、ハルナは気付かない。


 「でもカクレクマノミ、私TGM(モドキ)しか見たことないから、楽しみだなぁ」

「やっぱりカクレクマノミのことだろ?」

「カクレクマノミTGMは凶暴だよ?目がキマってて可愛くないんだよね」


 これ以上のヒントは正解に行き着くと言ったハルナによって、クイズ大会はひとまず終わり。

 シズカとスコップに恐怖を植え付けて。



 途中で灯台に寄ることにした。

 脇道にそれてしばらく進むと高台に建つ白い塔が見えた。

 ふもとの駐車場に車を停めて、灯台に続く細い階段を登る。


「風が、キツイね。うわ~海が、向こうまで何もないね〜。風が!」


 ハルナが一人はしゃぐ中、シズカとスコップは、東大の威容を前に、手を合わせ何やら拝み始めている。

 

「これがとうだいかぁ」

「これが、とうだい。あ、やっぱり関係者以外立ち入り禁止だって」

「これが狹き門」

「私は、いいかな。入らなくても」

「入れなくても、だろ。僕は気になるな……」


 謎のコントの余韻に浸る2人は無視して、ハルナは車に戻った。



「ここが、っぽい所?」

「うん、グラスボートって言ってね、お船の底が透明になっていて、海の中がのぞけるっていう、海が綺麗な南の島だからこそできるレジャーだよ!」

「ああ、だからカクレクマノミ」

「そうなんだけど……」


 シズカは周囲のマングローブの林にチラチラ目をやる。熊を警戒しているのだ。

 

「隠れ熊の……ここまではわかったわ。でも最後の、「み」がわからない」

「うん、で僕考えたんだけど、途中なんじゃないかな?この人、まだ何か伝えたいことがあったのじゃないかな!」

「スコップ……」


 その彼?彼女は大事な何かを伝えようとしたところで……。

 

「いや、僕の知ってるカクレクマノミじゃないみたいで」

「どういうこと?」

「僕の知っているカクレクマノミは無害で小さい、小魚なんだ」

「小魚!?」

「でも、下手に刺激したら殺される、そんな能力はない」

「!!」


 じゃあハルナは一体何を言っているんだ。

 自分達をからかって楽しんでいる?

 彼女に限ってそんなことはないだろうが。

 

「見て、ハルナちゃんがグラスボートに乗るのをためらっている……」

「やっぱり危険な……」

「シズカ、スコップさん、早く乗りなよ。もうじき出るわよ」


 船に乗ってしまえばウキウキのハルナちゃんだ。

 

「「あれ?」」

 

「ハルナちゃん、大丈夫なの?その……」

「ああ!私、水上船って初めてでちょっと怖かっただけ。乗ってみると、意外と楽しいね」

「カクレクマノミ……」

「うん、今日は見れる所に連れて行ってくれるって」

「「キャー!!」」


 

「ほら見て、ナマコよ。なんか可愛いよね?デッカイね」

 

 ボテッとサンゴの間の白い砂に横たわるのは、ナマコだ。枕状溶岩みたいで結構可愛い。

 向こうにあるのも、ナマコだ。


「ちっちゃいお魚も」

 

 隣で身を寄せ合っているシズカとスコップがビクッと反応する。


「あ、ヘビ」


 シズカはヘビに向かってシャーってするがヘビは気付いてくれない。


「シズカ、何やってるのよ。水中じゃヘビには勝てないよ?ガブって殺られるだけよ……あ、カクレクマノミじゃない?ねぇお兄さん!あれ、カクレクマノミでしょ?」

『おや、後ろのお姉さんがどうやらカクレクマノミを見つけてくれたみたいですよ』

「可愛いなあ……ほら、二人とも。あ、隠れた」

「目が合うと殺られる!」

「何それ……そんなわけないでしょ?」

「そんなの、うちの星のTGM達だけよ?うちの野生動物はとにかく凶暴強靭なの」

「じゃあカクレクマノミは怖くない?」

「だよ。でもイソギンチャクに手を突っ込んじゃ駄目だよ、毒持ってて結構痺れるみたいだから。持ってる抗体次第じゃ死んじゃうよ?」

 

 ああ、僕の知っているカクレクマノミのようだ。スコップは安心したが、シズカはまだ警戒を解かない。

 それを見てハルナが普段はしないイタズラを仕掛けたくなった。

 

「でも注意して。隠れて熊を丸呑みしていたって言う伝承から付いた名前だからね。油断は禁物」

「ニャー!……何よそれ!怖いな!」

「ほら、もう実物見たんだから、答え合わせしてみたら?」

「そうね、覚悟を決めるよ!」

「背後には注意しながらね」

「にゃに!?」

「冗談よ」

「ハルナちゃん、ドリンク買いに行こう」

 

 砂浜の流木に並んで腰掛けて、静かな海を眺める。

 観光客のはしゃぐ声や、

 グラスボートのエンジン音が時折聞こえてくるが、基本的には波の音が聴こえるだけの静かな海だ。

 もう来ることもないかもしれない楽園の景色を目に焼き付ける。

 

「うわっ」

「どうしたの?」


 静かな時間を破るのは、いつだってこの猫だ。

 風景の一部のように美しいくせに、決してその中ではおさまりきれない存在感。

 シズカとはそういうものだった。


「熊を丸呑みする言い伝えの記事が書いてなかったから追加したら、あっという間に「要出典」「誰?」が付いたわ。あ、書き足した所が消えた……」

「だって嘘だもん」

「ええっ?」

「さぁ、そろそろ行きましょう。銀河くんが目を覚ましているかもしれないわ」



 その小さな診療所は、島の最北端にあった。

 ベッドが2つの本当に小さな建物で、老医師が住み込みで働いていた。……のだと思っていた。

 シズカ達がもう慣れた道を行くと、診療所が建っていた場所には小さな灯台が建っていた。

 それだけだった。


「こんな所にもとうだいが」

「この密度で存在しているなら、僕らにもチャンスが……」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ?どうなってるの?」

「あ、エムは!?」


 3人は灯台に駆け寄る。

 どう見回しても灯台だけだ。

 門扉は、狭き門は閉められていて、内部を覗き見ることは叶わない。

 しかし3メートル程度の円柱内部には、ベッドや診察室、医師の生活スペースなど、とても取れそうにはない。


「エムは……」


 はじめから、ここには診療所などなかったのだろうか。そうだ、島の突端にあるべきは診療所などではない、灯台だ。

 ではあの診療所は何だったのだろう。優しそうな老医師は?

 シズカは閉じられた門の前で立ち尽くしていた。


「シズカさん!左だ!左の藪の中!」


 藪が深く見通しが悪いため、背後の高台から周囲を見渡していたスコップが、藪の中に白い塊を見つけた。

 スコップが何を言っているのか理解するのに数瞬かかったが、シズカの行動はそこからは速かった。

 ほんの一息で5メートルを飛び、腕が傷つくのも構わず藪をかき分けると、それはすぐに見えた。

 清潔なシーツをかけられて、ベッドで眠るエムだった。


「エム!……スコップ!ハルナちゃん!いたよ!」


 シズカはエムの手を握りしめる。

 幻影ではない、実体がある。本物だ。

 

 深い眠りに付いていて、本当はまだ目覚めるはずのないエムであったが、耳元で発せられる大きな声と柔らかくて温かい手の感触にゆっくりと意識が戻ってくる。

 

 この暖かさは知っている。

 いつも自分を心配してくれる、ちょっと怖いけど、大事な人の手だ。

 

「母さん……」



「母さん……」


 それだけつぶやくと、エムはまた眠ってしまった。


「母さんって、シズカ、君……」

「こんなに大きな娘さんがいたなんて、知らなかったわ」


 スコップもハルナも、ひとまずエムが無事とわかると、母さん呼ばわりされたシズカをからかいにかかる。


「何よ……お姉さんだろ?」


 スヤスヤと眠るエムに、優しく文句を言いながら、髪を梳かす。

 その表情は嬉しそうだ。


「もう、20歳設定やめる頃合いだよ?」

「換算とか不老とか言ってても、実際その分生きてるんだし。もうお母さん年齢で良いじゃない?……あれ?ということはシズカって私よりかなり年上になるんじゃ……」

「ハルナちゃん。駄目よ?」

「ごめんごめん」

「ざっと見た所、身体はほとんど治っているね。これなら移動させても大丈夫だろう」

「人目に付かないうちに、車に乗せちゃおう」

「そういえば、誰も来ないね……」


 エムを車の助手席に乗せる。

 シートを深めに倒し、少しでも楽な姿勢にしてやる。


「ハルナちゃん、狭くない?」

「何とか普通に座れるわ。私ちっちゃいし」

「拗ねるなよ」

「シズカママとエムお姉ちゃんが我慢しろって言うなら、耐えるしかないわ」

「可愛いな!」


 気がつけばいつの間にか、辺りは観光客で溢れていた。

 何者かが色々していたということなのだろうが、詮索は後回しだ。

 シズカはゆっくりアクセルペダルを踏むと、灯台を後にした。


「シズカさん!髪の毛、痛い!」


 風になびくシズカの黒髪が、スコップの顔を容赦なく叩いていた。

 


 ホテルには一般のチェックイン時間よりかなり早めに着いた。

 エムをベッドに寝かせ、旅装を解く。


「カウンターに電話するから、2人はのんびりしておいて……あ、闇宵シズカです。はい、一人増えて4人です。で、食事は3人でって朝言ったんですねど、今から4人に……大丈夫ですか?ありがとう。うん、台帳ね、来てくれるの?すいません。じゃよろしくお願いします」

「良かったね」

「うん、コイツもう食べるだろうから」

「久しぶりの食事なんだから、もっと優しいものが良かったんじゃない?」

「いや、絶対同じもの食べたがるから」

「赤ちゃんかよ」

「私はエムに付いてるから、2人はこのへん見てきたら?」

「そうするよ。行こう、ハルナちゃん」

「ええ……」

 


 部屋に帰ってくると、エムがピンチだった。

 

「スコップさん、ハルナさん……助けて」

「ありゃ。これは完全に親猫だねえ」


 シズカに後ろから抱え込まれて身動きの取れないエム。病み上がりの身体を酷使し、フルパワーで抜け出そうとするが、万全の時空監察官には敵わない。

 

 女の子になってひと月程度、男子高校生だった頃の心理もまだ残るなか。エッチな感じではなくても、オトナの女性にくるまれるのは勘弁してほしい。温かいし柔らかいし、安心もするが、心臓が保たない。やっと治った心臓が破裂してしまう。

 

「お~い、シズカ〜。エムが困ってるよ〜」

「起きなって」

「ん……ダメ」


 もとよりシズカは寝てなどいなかった。

 やんちゃな子猫を行かせまいと、動きを封じているのだ。


「ほら、お風呂行こう。銀河くんもしっかり洗ってあげなくちゃ」


 エムとしては、それも勘弁願いたいのだが。


「あ゙〜〜〜〜〜。癒される〜〜」

「あ゙〜〜〜〜〜。オジサンみたいだよ〜〜。お゙〜〜〜シズカさん」

「あ゙〜〜〜〜〜。何?銀河くんは〜〜。あ゙〜〜〜恥ずかしがってるの〜〜」

「そりゃ……」


 ハルナ先生はまともな人だと思っていたのに。

 ハチャメチャ姉さん達と同じようにマッサージにハマる姿を見て、エムは少なからずショックを受けた。


「「「あ゙〜〜〜〜〜」」」



 今夜は豚肉だった。

 個人用鍋でしゃぶしゃぶを頂く。

 ハムもソーセージも、カクレクマノミをイメージしたお造りも。

 良かった。


 

「それで、エム。いったい何があったの?」

「簡単なお仕事、だったんじゃないの?」

「えっと……スコップさん、あまりペタペタ触られるの、苦手なんだけど……」


 それでも振り払わない、優しい子エム。

 嫌なときはぶっ飛ばしていいんだよ!


「副作用の確認」

「はぁ」


 スコップの仕事は魔法薬の研究製造および販売である。

 

「エムじゃサンプルにならないなぁ……元来の強靭さが……でもTS薬で全てリセットしてるはずだし……」

「もういいから、今はエムの話を聞こうよ。明日からどうするか、考えないと」


 シズカがスコップからエムを引っ張って救い出す。

 胡座の中に座らせて、誰にも触らせない。親猫の警戒モードだ。


「沖縄に怪人退治に呼ばれたのは話したよね」


 あの日、昼の便で那覇入りしたエムはその日に赤いお城を見学し、翌日には水族館に、と情報を集め回った。


「デカ子お前そうとう精力的に遊んでんな」

「ち、ちがう!調査だよ!……そう言えば経費で落ちるから……」


 しかも常習犯のニオイだ。

 シズカは抱えていたエムをポイと投げた。


「でも、聞き込みの成果はあったんだよ。亀が……」


 ウミガメを集めた水槽があったそうだ。

 その中に怪しい亀がいたという情報を得たエムは、館内パンフレットを片手に、屋外に向かった。


「子ども亀ばっかりでね、可愛かったなぁ〜。そ、その中にね、明らかに怪しい亀がいたの、もう絶対あれが今回の怪人だ!っ思って、話を聞きに行ったのよ」


 可愛い女の子の外見を有効活用しまくっていたのだろう。女の子しゃべりになっているエム。


「その亀がおかしな子で、背中にラーメン?乗っかってるの。水の中でどうやってるんだろって思ってたけど、「アブラマシマシだから大丈夫なんです」って。ワケわかんないですよね。で、海辺町の場所を聞いてきたから、とりあえず黒潮に乗って着いたところだよって教えてあげましたけど」

「スコォォォップゥゥゥ?」

「良かった。二郎系ラーメンガメ、無事だったんだ」


 スコップがシズカに放った怪人の3体目は、沖縄で無事保護されていたらしい。良かった。

 ただ、エムを挟んでシズカとスコップが一触即発で威嚇しあっているのだが。


「水族館にはもう情報はないと判断して、なんか古い木の並木の海岸とか古城跡に行ったり、したんだけど」

「いちおう探し回ってはいるのね」

「あ、ハイ。私、古い石垣好きなんで」

「完全に私用じゃないか」


 シズカはエムを手招きして、また前に座らせた。

 エムは素直に座って、抱きつかれるがまま。


「それで、行きは高速道路使ったんで、帰りは下道で……。ホテルまで帰るときに通った、とある海に面した断崖で、ヤツを見つけたんです……銀河指名手配犯。37億銀河ドルの懸賞首。シークァーサー星人を」


 まるでその星人全てが悪いような表現ですが、そういう形式美として捉えてください。


「シークァーサー星人……」

「知っているのか!スコップ!」

「ホントにあなた達って好きよね、そういう言いまわし」


 シズカもスコップも山田がそういうジャンルが好きなので覚えてしまったのだ。かっこいいし。


「シークァーサー星人は知らないなあ。僕が知らないんだから、あんまり有用な連中じゃないんだろうけど」


 まるでその星人全てが有用ではないような表現ですが、そういう形式美として捉えてください。


「え?待ってよ、その星人って自力で地球まで来たってこと?だったら銀河文明に……」

「ハルナちゃん、スコップも自力で地球まで来てるのよ。既知の超光速理論を使わずに」

「僕は生身だからね。さらに凄い」

「海辺高校の洞窟にはこんなのがいっぱい棲んでるの。悪いけど銀河文明の判別は実態に沿っていない。エムの銀河刑事機構だって、銀河文明以前の超文明の残りカスでしょうね」

「カスって……」

「そんな事は後でいいよ、シークァーサー星人は何をして、君をそんなにしたんだ」


 エムが案内されたその断崖には、土地の守り神が眠っているという言い伝えがあった。

 もっとも最近ではおよそ五十年前に白銀の怪獣王が島を襲ったときに蘇ったという記録が残っている。


「もうそれ、言い伝えのレベルじゃないだろ?」

「俺もそう思った」

「でも、この守り神と戦ったとしても、本島からここまで戦いながら来たのなら、時間が合わないわ」

「ここからはあんまり覚えていなくて。シークァーサー星人が守り神の壁画に柑橘類の果汁をかけるイタズラをしていたから、注意しに行ったんだ。そしたら怪獣が現れて……張り手が何か食らったんだろうと思う」


 つまり、あの距離はるばるぶっ飛ばされてきたのだ、エムは。そして岬の灯台に直撃し、その瓦礫の下から発見された。

 

「そして気が付いたら、シズカさんにホールドされてて……ここストーンウォール島なんだって?」


 エムはシズカにギュッと抱きしめられた。

 少し強いけど、優しい気持ちだった。


「シズカさん俺、人類の記録、塗り替えちゃったかもしれない」

「そうね。素敵だわ」


 間違いなく新ジャンルだ。


「ところで、水族館はあなたを拾ったら皆んなで行こうと思ってたんだけど」

「あ、何かゴメン」


 君はまだ本調子じゃないんだから。とスコップに薬を貰って先にベッドに行ったエム。単なる栄養剤だというスコップの説明は信じ難いが、悔しいかな、今の姿ではパワーでスコップに劣るエムは従うしかなかった。

 ゼッタイ強くなってやる!


「エムは、隠してる」


 連日の酒盛りでも、疲労せず、たけなわになった頃、スコップが語りだした。


「何を隠してるって言うの?あの子は、そういう騙し合いとかできないわよ?」

「騙す、じゃないよ。隠してるって言ってるだろ」

「それ、長くなる?飲み物持ってきてもらおうか?」

「ハルナちゃん、気が利くわね〜」

「まあね。赤でいい?」

「ああ、僕はそれでいい」

「私は、泡盛の若いの。瓶で」

「は〜い」


「エムが何を隠すの」

「シークァーサー星人が、キングシークァーサーをエムにけしかける前に、エムはシークァーサー星人と会話をしているんだ」

「スコップさんが、どうしてそれを知ってるの?あなたもミツルと同じで黒幕体質なの?」

「おっと、気になる発言……」

「あ……。後で話す」

「ん~?」

「今は銀河くんよ。いや、スコップさんの黒幕疑惑よ」

「スコップは可愛いだけじゃなくて、黒幕っぽいのも似合うのよ!」

「便利すぎたな、スコップさん」

「僕は、感情が読めるんだよ。話している時の背後にある感情、時には映像もね」

「便利すぎだな、スコップさん!」

「焦りと後悔、これはエムの家族か?愛しさ、シズカさん?これは、家族愛に近いね……。後は、殺意」

「つまり?」

「家族を殺した私を憎く思ってる?」

「え?誤解は解けたんでしょ?」

「いや、力の差で無理やり抑え込んでるだけ。エムは私を憎み続けてる?」

「そうじゃない。シークァーサー星人の目的は、君だってことさ、シズカさん」


「宇宙人達が企む騒乱で家族を亡くしたエムに、次はシズカさんを害する、みたいなことを言ったんだろう。今のあのコなら、一瞬で感情沸騰してもおかしくない」

「なんと」

「来るよ、シズカさん。怪獣大決戦だ!」

 


「……以上の推測から、キングシークァーサーは本島から海底を移動。予想では明日の朝にオールドキャッスル島に上陸すると思われる」


 酒瓶を片付けたテーブルの上に広げられた作戦地図。島の北東海岸に上陸地点の印がつけられた。


「僕達は明日の朝一番の飛行機で島に着いて、海岸で待機。発見次第これを殲滅……」

「でもスコップさん、キングシークァーサーって操られているだけなんじゃないの?」


 元は島の守り神のはずだ。

 

「そうなんだよな~」

「じゃあこうしよう。私がキングシークァーサーと遊んでおくから、2人はシークァーサー星人を探して、潰して」

「そうだよね、それがベストか……」


 巨大な怪獣を最高戦力が相手をする。

 当たり前の作戦だ。

 

「ま、待って!私、怪獣とか、星人とかと戦うなんて無理よ!」

「軟弱者め……これだから制服組は」

「私が悪いの?改造人間たちがおかしいだけよ!」

「改造なんてされてないし」

「僕はシリウスの平均か少し下だよ?」

「でも、私ほんと無理で……」

「その役は、俺にやらせてくれ!」

「エム……!」

 


「長々とお世話になったね。とても寛ぐことができたわ、ありがとう」

「そう言っていただき、私共も嬉しいです。当館での皆様の寛いでいる様子をSNSに上げることも許可くださって、ありがとうございまいました。……おかげさまで凄い反応なんです!」


 支払いを済ませ、支配人達に見送られながらホテルを発つ一行。


「なんか、良いホテルだったよな。見送りまでしてもらって」

「そりゃエム、払った額が額だからな」


 助手席のシズカがピラリと領収書をエムに渡す。


「3びゃ……こんなの、経費じゃ落ちないぞ!」

「当然割勘よ?」

「へ……?む、無理……」

「エムをいじめるな。これくらい、私が出すよ。お金持ちなんだから私」

「シズカさん、凄い……」

「単なる千年分のインフラの結果よ」

「あ、ハルナちゃんバラさないでよ」


 車をレンタカー基地に戻す。この数日、楽しい旅を支えてくれた、短期間ながらも皆の相棒だ。だからこそ、車体の傷チェックは、念入りに。


「タイヤに、石跳ね跡が!」

「もういいですからぁ!」


 店員を泣かせて満足したシズカさんは空港バスに乗る。


「シズカさん達、預ける荷物は?」

「無いよ?持ち込みだけ」

「着替えとか」

「着替え?」


「お~い、搭乗開始だぞ〜」


 およそ三十分のフライトだ。

 飛んだと思ったら、もう着陸だ。


「帰ったら、弟に自慢できるわ!」

「へえ、弟さん、こういうの好きなの?」

「飛ぶのが好きなの。でも大抵大気圏ってこんなに速度出せないでしょ?」

「確かに」

「この騒音も、頑張って飛んでるって感じ、あの子たぶん好きだと思う!」

「確かに」


 

 空港からビーチまではタクシーで行くことにした。車を借りていては上陸に間に合わないためだ。


「スコップ、ここで合ってるの?東の海岸線ってかなり長いよ」

「大丈夫、ま〜かせて!」


 スコップはわんこポーチから小瓶を取り出した。怪獣寄せだ。


「これを数滴、海に垂らせば……あ」


 慣れぬ砂浜に足を取られ、全身ずぶ濡れワンコ。薬は瓶ごと海に持っていかれた。

 

「さすがスコップさん、こんな事も似合うなんて、ホント便利」

「はぁ、これでスコップは離脱か……ハルナちゃん、スコップを頼むよ」

「え?」

「たぶんそこら中の犬猫がスコップに寄ってくると思う」


 スコップとハルナがワーワーやっていると、海から巨大な生物が上がってきた。


「キングシークァーサー……」


 体長およそ100メートル、体重は五トンはあるだろう。



「デッカイねぇ!」


 そして視線は、スコップ。

 

「僕を見るな!そんな目で僕を見るな〜!」

「あらあら、モテるね、スコップ。あんなに可愛いんだから、仕方ないか。行くよ、エム。私があの子と遊んでおくから、星人を見つけ出して潰しなさい」

「う、うん!」


 シズカは全身から闘気を放つと真横に現れた漆黒に右手を突っ込む。

 そして、漆黒が消えた時、手にはミャウドライバーGが掴まれていた。


「あれがシズカさんの本気……!」

「エム?変身スーツとかは?」

「あ……ちょっと、サイズの問題で装着できなくなっちゃって」

「マジかよ。生身であそこまで吹っ飛ばされて、死なないのかよ」


 銀河刑事のパワースーツは、その性能を極限まで引き出す事が出来るよう、装着者の身体にほぼ密着するよう作られている。

 エムの身体変化はその許容値を超えたのだ!


「ほら、エム」


 シズカが何かをエムに投げつけた。


「これは?」

「ミャウドライバー。お姉ちゃんのだから大事に使えよ。使い方はドライバーが教えてくれる」

「え?」

「行くよ!クライマックスは同時変身だ!」

「うん!」



 エムが腰のベルト位置にドライバーを押し当てると、自動でエムに装着された。両腕を前に伸ばし、1つ深呼吸。それを確認したシズカは顔の横にドライバーを掲げだ。

 

「「変身!!」」


 ニャーン!ニャーン!

 2つのミャウドライバーが鳴く!


 足下から放たれた銀色の光がシズカの全身を包み込む。光が実体化し、シズカの完璧なボディがシルバーのスーツに包まれると、真紅の炎ではなく闇色の炎がシズカを焼き尽くす!炎が全てを焼いたあとには、深淵よりも深い闇色の戦士が現れた。果たして、正義の戦士なのか、悪魔の使徒なのか!


「銀河刑事エム、ただいま参上!」

「時空監察官シズカWG!さあ、命乞いをしてみなさい!」


 のどかな砂浜に現れた、銀と漆黒との二人の戦士。地球の命運を決める戦いの幕が切って落とされた!

 

「シズカさん、その口上どうかと思う」

「エムこそ、変身シーンは?」


『現れたな、時空監察官シズカ。千年後の同胞のために、今ここで死んでもらう!』

「シークァーサー星人……!」

『その声は、銀河刑事のお嬢さんか。良いだろう今日は私が遊んでやろう。いけ、キングシークァーサー!目の前の邪悪を滅ぼすのだ!』

「エム!ミャウドライバーはあなたの心を力に変える。そしてそのスーツをまとう者は、正義の執行官なの!」

「ありがとう、シズカさん!行くぞ、銀河指名手配犯シークァーサー星人!銀河警察憲章第一条に基づき、貴様を消去する!」


 意外とおっかない憲章にシズカは若干引くが、こちらも舐めて戦える相手ではない。気を引き締めて……。


「どこ行ったの?」


 とは言っても100メートルもの巨体だ、すぐにわかった。

 スコップとハルナちゃんがキングシークァーサーに追いかけられていた。本気泣きの2人をちょっと可愛いとか思ってしまうシズカ。完全に舐めてる。

 怪獣寄せがキツすぎて、シズカの威嚇くらいではターゲットを取り切れなかったらしい。


「もぅ!仕方ないな!キャスト・オフ!はいぱぁモード!」


 エネルギー粒子で構成されている装甲を一部解除する。結果、水着より少しはマシ程度の露出になってしまうが、パワーとスピードに割くことができるエネルギー量が格段に増えるのだ。もちろんいわゆるビキニタイプ。頭部はフルフェイスのヘルメットは消えて、猫耳カチューシャ。


「えい」


 キングシークァーサーの足を払い、転倒させると、下敷きにされそうだったスコップとハルナを抱えて飛び退く。


「ありがと〜」

「ごめんよ、シズカさん……なんて格好してるんだい」

「あそこに放り投げてあげようか?」

「ごめん」


「スコップは、その薬なんとかして。ハルナちゃんは、1分耐えて」

「うん」


 とはいえ、シズカは殲滅は得意だが、捕獲とか鎮静化とかは苦手だ。そういうのは、山田が得意だった。


「やってみるか……」


 色々やってきた。ローニンからセーラー服、危うくお巡りさんのお世話になりそうなことまで。でもこれだけはダメだと自制していた。でも少し山田が羨ましかったことはずっと秘密にしてきた。

 でも、世界の命運がかかっているのなら、遠慮している場合じゃない!

 シズカはミャウドライバーを長押しして、叫ぶ!


「キュリピュア!ギャラクシーアップ!」

 

 掲げたミャウドライバーから漆黒のハートが降り注ぐ。メタリックな装甲が消失し、シズカは輝くシンプルな漆黒のドレスを身にまとっていた。軽やかな鈴の音が鳴ると輝くドレスが幾重にも襞の重なったオシャンティーなスカートに、オシャンティーな上着に変化する。スリットから覗くお御足にヴェールが掛かり、オシャンティーでロングなブーツに、両の腕は肘までのオシャンティーなロンググローブに包まれた。

 美しい黒髪は豊かに広がり、先端に向けて深紅のグラデーション。

 つま先から次々に各所に弾けて現れる黒猫アクセをあおるようなカメラワークが周りながら追いかける。

 変身が終わり、救世のヒロインが地面に降り立つ!

 

「殲滅の堕天使!ピュアサイレント!貴方の懺悔を聞かせなさい!」


 ピュアブレイブよりはるかに口上の語呂はいいが、正義のヒロインではない様子だ。


「シズカさん、やっちまいやがったな!」

「でも、あのセーラー服よりは、格段にいいわ。純粋に綺麗だし、清潔感はあるし。それでいて強そう!」


「決めるわ!」


 未だ倒れ伏すキングシークァーサーに向けて、サイレントの両腕が突き出される。

 手のひらに集まっていくのは、清浄な愛のエネルギーだ。


「キュリピュア!エターナル・イノセント・ギャラクシー!!」


 膨大なエネルギーの奔流が、キングシークァーサーを包み込んだ。

 黒く蠢く影が、「すっぱぁい」と言いながら、キングシークァーサーから剥がれていく。

 残るのは、爽やかな顔をしたキングシーサーのみ。

「ありがとう」。その声はサイレントだけに聞こえた。しかし彼が救われたことは、スコップにもハルナにも誰から見ても明らかだった。

 そしてキングシーサーは光とともに消えていった。洞窟の壁画として、しばしの眠りについたのだ。


「ふ〜」


 シズカは変身を解いた。


「あ〜、やっちまった」


 誰にともなくそうつぶやくと、お山座りで砂浜の砂にブツブツと話しかけるのだった。


 この日、ミャウドライバーに新たな力が加わった。浄化技を持つ「キュリピュアモード」である。

 殲滅と浄化。相反する2つのエネルギーが交わる時、正義も悪も、この世から消滅する。


『馬鹿な、キングシークァーサーが倒されるとは』

「見てなかったの?彼はあなたの呪縛から解き放たれ、元の壁画に還ったのよ」


 怒りのあまり、シークァーサー星人の顔が黄色くなる。


『かくなる上は、銀河刑事、貴様だけでもッ』


 シークァーサー星人の体が膨れ上がり、周囲が爽やかな香りで満たされる。


「私は生まれ変わった……もう以前の銀河刑事じゃない……新生!銀河刑事G」


 巨大なシークァーサー星人の背後に現れる、銀河の星々。

 

「エム・フィニッシュ!」


 超新星のエネルギーにも匹敵すると言われる、銀河刑事の必殺技。

 いくら巨大化したとはいえ、強大な宇宙パワーに、シークァーサー星人が敵うはずもなく。


「グレートアトラクター万歳!」


 叫びを残して大爆発。それが、シークァーサー星人の最期だった。


「汚え花火だ」


 落ち込むシズカがそう言ったとか、言ってないとか。


「勝った……」


 エムの変身も光となって消えた。


「シズカさん、私、倒したよ!皆の……」


 美しい勝利の涙だった。

 家族を奪った憎き仇。それを愛の力で破ったのだ。エムは今、救われたのだ。

 見ていてくれていただろうが、大好きなシズカには、自分の口から言いたかった。ありがとう、と。


 しかし、シズカは砂浜で、座り込んでいた。

 深淵の闇が、彼女の影からにじみ出ていた。


「そっとしておいてあげてください」


 誰かがそう言った。



 シークァーサー星人を倒したその日、一行はストーンウォール島から少し離れた小さな島にやって来ていた。

 戦いで自傷したシズカを慰めるためだ。


 淡い青に輝く海に突き出した船着き場の突端で、数時間も座り込むシズカ。

 その金色の瞳には何も映ってはいない。


「ねえ、スコップさん。シズカさんは一体どうしたの?今朝からあんなだけど」

「心がね、壊れちゃったのさ」

「心が……?シズカさんはどうなるの?」


 エムの問いには答えず、スコップは持っていたビーチボールをエムに預けた。


「ねえ、シズカさん……」


 こんな問いかけも、何度しただろうか。


「こう考えたらいいよ。漆黒の2号ピュアは、ブレイブを助けるために、誕生した。ストーリー的に正しいことなんだ。それに黒戦士は、強キャラだよ」


 スコップはそう語りかけると、シズカに背を向ける。

「そう……そうだよね!いや、私もそう考えて……ぶぎゃ!」


 振り向いたシズカの顔面に炸裂する、スコップの大回転蹴り。

 シズカは盛大な水しぶきを上げて、海に落ちた。


「あれ〜?もう泳ぎ始めてるの?」


 浮き輪を持ったハルナがエムに話しかけてきた。

 いくら南国とはいえ、真冬の海は泳ぐのに適しているとは言えないはずだ。


「ほら、エム。私らも行くよ。今回の旅ではまだ海で泳いでないんだから!」

「え!でも今、冬」

「気にしないの!」


 エムの腕を取り、桟橋の突端までハルナは駆けた。


「せーのっ」


 2人が飛び込んだ真下には、シズカとスコップが仲良く暴れているのだった。

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