第76話 怪人マグロアタマの恋
《弱さに気付く時、それは強くなる時だ》
「ナニコレ、臭い!」
それは訪ねてきた山田の、至極当然の感想から始まる。
やっと将来展望に明かりが見えてきたキムチ納豆マンは、「これが現実」と膝をついた。
「あ〜あ」
せっかく解決して追い出せると思ったのに。でも可愛い山田がやったことなら、受け入れよう。
「山田〜いらっしゃ〜い」
満面の笑みで、シズカは山田を出迎えることにした。
そのうえでキムチ納豆をフォロー。
「ほら、アンタも。今が底辺、あとは?」
「あとは……」
「あとは、上がっていくだけ。でしょ」
「シズカ殿……」
キムチ納豆マンは、糸を引く涙をキムチの袖口でぬぐった。
「うわ……」
「……何なのこの人」
キムチ納豆マンは立ち上がり、シズカの目を見た。
「私はこれにて失礼する」
キムチ納豆マンは清々しい気持ちだった。
スコップ殿が全幅の信頼を寄せるのもよく分かる。
それに、彼女は……。
いや、止しておこう。
キムチ納豆マンは、シズカの美しい姿そして何より高潔な魂を心に刻んで、去っていくのだった。
「あ、エム。お代は?」
「ああ、注文した時、俺が払っておいた。……養われてるばっかりじゃ男が廃るってもんだからな。今日は俺が出しとくよ」
銀河笑夢は単なる女子高校生ではない。
彼女は銀河刑事という裏の顔を持ち、しっかりと収入がある女子なのだ。
「え〜私のご飯は?」
「山田も食べずに来たの?エム……」
「分かったよ。山田さんもスコップさんも、何か出前取ったら?俺が奢るよ」
「いいの!?」
「ただし……」
「「「「あの蕎麦屋は今日はダメ」」」」
四人の声が揃い、誰からともなく笑いが起こる。
現実とは、実に残酷なことよ。
《猫に転生した飛頭蛮》
彼女はいつの間にか、周囲の音がなくなっていることに気がついた。
気がついたというのは正しくない。何故なら彼女の頭は絶賛行方不明中だったのだから。
彼女は飛頭蛮女子というその属性ゆえに、自衛のため身体のセンサーを発達させ、頭部がなくても周囲のことはあらかた分かるようになっていた。
「トラック……死んで……生」
よく分からないが、近くに誰かがいて何か話しているみたいだ。
「転……特典……のじゃ」
意味がわからない。
回答したいが、さすがに喋るのは頭の仕事だ。
そして気づくと、この世界にやって来ていた。
猫の姿で、頭は戻ってきていた。
《怪異は理不尽と遭遇する》
「マグロじゃん」
キムチ納豆を追い返してへとへとのシズカさんは、眼前の怪人の語りを聞いて、ためらわずぶった斬った。当然言葉でだ。
「ええ、マグロなのです。話せば長くなるのですが……」
《マグロ頭の秘密》
「あの日、私の頭はご飯を求めて飛んでいったきりなかなか戻ってこなかったのです」
「ほらぁ換気して〜。エム〜廊下の奥の窓開けてきて〜」
《マグロ頭の秘密》
「あまりの空腹で、私はいつの間にか気を失って倒れてしまって」
「シズカ〜納豆の匂いが飛ばないよ〜」
「スコップ、何か薬持ってないの?」
《マグロ頭の秘密》
「気がつけ……」
「仕方ない、銀河要塞に何かあるかもしれない。俺見てくるよ!」
《マグロ頭の秘密》
「マグロの……」
「ちょっとシズカさん、何か生臭くない?」
「混ざっちゃったら、こんな匂いになるのかも、キムチと納豆」
《マグ……銀河消臭剤》
「シズカさん!あったよ銀河消臭剤!どんな異臭もこれ一吹きで!……生臭ぇ!」
「このニオイ……」
「知ってるのか?スコップ?」
《スコップの回想》
マグロアタマ猫ぉ!どうしてここにいるんだ!
そりゃいっぺんに行くなよとは言ったけど、続きで来たら同じことだよ〜。
キムチ納豆マンは大騒動にならなかったけど……シズカさんもだいぶ落ち着いたよな〜あんな怪しい怪人をBANせずに諭して帰すなんて。
もしかしたら、マグロアタマ猫も何とかしてくれるんじゃ……
《猫として》
銀河消臭剤の効き目はすごい!
キムチ臭も、納豆臭も、謎の生臭さもわずか0.05秒で消臭!
シズカは小規模パニックも鎮静し、とりあえずみんなのコップに暖かなお茶を入れて場を落ち着かせた。
「ふう、落ち着くわね〜」
「あ、銀河くん今、「わね〜」って言った?」
「い、言ってねえ!」
現役JKのキャッキャをほのぼのと見守る、シズカとスコップと、マグロ猫。
「スコップ、アンタさっきの納豆男の時もなんかやけに親身だったけど、何か知ってるの?」
「えへへ〜わかんないな〜」
「可愛くとぼけでも無駄よ。そこのマグロが」
「猫です」
「猫が言いたそうにずっとあなたを見てるの」
「……」
美しく座布団の上に正座する猫。頭はマグロ。接続部は以外とうまく処理されており、グロテスクな印象はない。マグロアタマ猫という時点で終わっているのだから、チャームポイントとしては弱い。
猫ボディは美しい縞模様が特徴の鯖虎縞。
サバにマグロが乗っかっとる。
マグロアタマサバ猫が言うには、自らの頭がどうなっているか探したいとのことだ。
「それは、頭の意識?猫の意識?」
「頭の意識?」
それは考えなかった。
てっきり自分の頭は食べ残しのマグロの頭だと思っていたから。
「じゃあ、この頭も自分の体を求めている?私と同じように、苦しんでいるの?」
マグロアタマ猫は、美しい鯖虎縞の自らの身体を見下ろした。
いや、どう見ても食べ残しの頭だろ。
シズカもやっぱりそう思う。
遊び半分でくっつけられたマグロ頭には同情するが。
でも……シズカは猫の頭に魚の身体。ネコアタマ魚を脳裏に描いたか、可愛いんじゃない?と思ってしまった。
少なくともマグロアタマ猫よりは
「私は……」
《自分の運命は、自分で決める!》
「キミの心はもう決まっているじゃないか!
さあ、行ってきなよ!
自分を、自分たちを取り戻す旅に!
でも、出会っても元に戻らなかったら?
なんて心配しているんだろう?
だとしても、愛するんだ!
私も山田、生まれた星が違ってもこうやって愛しあえているのだから!
恐れるな!
必ず最後に愛は勝つんだ!
行ってらっしゃい!」
マグロアタマ猫は、シズカの美しい姿そして何より高潔な魂を心に刻んで、去っていくのだった。
シズカさん、ドサクサでとんでもないこと言いやがったな。




