第65話 お正月だよ!シズカ衛門
「あれ?前言わなかったっけ?」
「言ってた!言ってましたから〜」
美少女が追い詰められていた。
少女の背には壁。
でもまだ少女の敏捷さであれば避けて逃げる事も可能な距離だ。
しかし蛇に睨まれた蛙ならぬ、大型肉食蜘蛛に睨まれたクワガタ。
少女は恐怖のあまり思考が停止してしまっている。
「ウチの星では、年の瀬に家族みんなでツノの多い昆虫を食べて、翌年の家族の幸せを願うって……」
彼女を追い詰めるのは、豪奢な晴着を身にまとう美しい女性。複雑に結った黒髪には燃えるように赤い髪飾り。楽しそうに細められる夜に輝く月のような金色の瞳。
シズカさんだ。
今シズカさんがいるのは、海辺高校裏の崖に存在する人外マンション、ラ・ファレーズ(改名した)の第100号室。無断侵入を果たしたシズカさんは、住人である美少女ににじり寄る。
少女は壁に追い詰められた。
もう動けない。足に力が入らない。
猫に睨まれたクワガタ。
「も、も、も、もうお正月ですよ!年の瀬終わりましたよ~!」
そう、この美少女はアレキサンダー・メガロ・クワガタの加々美ちゃんが変化したものだ。
元々シズカさんに対しては反抗的だったし、海辺町世紀末事変の時にやり過ぎたので、新年の挨拶を兼ねたお説教にシズカさんがやって来たのだ。
バッタやカマキリなんかより食べがいのある大型甲虫類はシズカさんの好物だ。
今は人間に擬態しているので食べちゃうと絵面が大変!だけど、虫の姿に戻ったら捕まえて食べてしまおうとも割と本気で思っている。
「地球のカレンダーなんて知らないわ〜」
「ひ〜」
「あれぇ、加々美ちゃん、立派なおツノはどうしたのかなぁ」
アレキサンダー・メガロ・クワガタにはメスでも角が5本あるのだ。一応地球産の昆虫ということになっている。
「す、少し可愛いわんこさんの薬でぇ……」
「スコップはとても可愛いのよ。間違えないで?」
「はいぃぃぃ」
「……まあいいや。次、イタズラが過ぎたら……食べちゃうからね。今年もよろしく」
次にシズカさんがやって来たのは、ラ・ファレーズ第24号室だ。
「あけましておめでとう!スコップ!」
「それは今朝やったろ?うん、おめでとうシズカさん」
もう親友というより、どっぷり依存しちゃってるスコップにご挨拶だ。
二人はいつものように遅くまで飲んでいて、『あけましておめでとう』なんて日が変わってからもう数十回はやっているのだが、おめかししてのご対面は初だ。
「それにしても、スコップは着物も可愛いな〜」
「そうかな?えへへ……」
その時シズカさんの頭の中でピースが繋がった。
「ところでさ、どうして虫達はスコップのこと『少し可愛いワンコ』っていうの?加々美ちゃんも、地獄蜂兄弟も言ってた」
「どうしてだろうね……」
世紀末事変の時で初対面の時に、
「僕は特に何かできるわけでもない。ただ少し可愛いだけのワンコさ」
と自己紹介したからだ。
まさかリーダーにまつり上げられるとは思ってもみなかったが。
「とても可愛いって、訂正しておいたから」
「まあ、そんな事はいいじゃないか」
ここで謙遜しても、調子に乗っても、今のシズカがどう反応するのか全く読めない。
だいぶ安定して来てはいるようだが、今も時々情緒不安定になる時がある。
これは他人の感情を感知することに長けたスコップだから分かることだった。
誰も、本人でさえ気付いていない宇宙最強戦士の心の脆さだ。
「ほら、予定通り子供たちと神社に行こう。山田旅館で待ち合わせだろう」
シズカさん初めての地球、日本でのニューイヤーパーティーは現地人がそれっぽく演出してくれることになっている。
地球滞在歴は長いが、友達とニューイヤーパーティーなんて初めてのスコップも乗っからせてもらう算段だ。
「そうね。……どうしようスコップ。鼻血出そう。山田のキモノって絶対エロいよ……」
「ケンタウリ人ってのは、年中発情してるのかい?まあ、エロさで言うと君も相当なんだけど。何時ぞやみたいに、ダブル鼻血ノックアウトなんてならないようにね」
両雄並び立たず。
「それで神社で、神という超常の存在に挨拶するんだよね?本当にいるのかな」
「そんなのいないよ……とは言い切れない事象には結構遭遇したね、昔は」
江戸時代辺りでは、超常と人とは今よりも随分近く暮らしていたのだ。
今だって宇宙人もある意味超常でしょう?お二人さん。
「綿飴と焼きそばと金魚を食べるの。楽しみだね」
「金魚って食べるんだっけ?正月の珍味というものかもしれないね。僕はおみくじが楽しみ」
「スコップ、自分の運命は自分で決める!だよ」




