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第1話 美しい黒猫がやって来た

 とある都市。南区の海に近い町。いつ頃からか建っている古い民家に、誰かが引っ越してきたらしいと町で話題になった。

 特に珍しくもない住人の出入りなのだが、話題になった理由は、引っ越してきたのが若い女性だということが原因だ。周囲数件に本人が挨拶に回っていたのだから間違いはない。

 その女性は和装をしていたが、日本人ではなかったそうだ。

 髪は艶のある黒で、腰のあたりまで長く、背中のところで赤い布で結んでいたという。

 和装と言っても浴衣のようなややラフな物で、そこから想像される体つきに関しては、町のオヤジグループ内通信網ではたいそう盛り上がり、既に「見守る会」が結成されたとか。いったい何を見守るつもりか。

 若い女性の一人暮らしらしく、近所の住人に警戒しつつも精一杯の愛想を振りまいて挨拶していく様子に、町内のマダムの間でも「見守る会」が結成された。

 つまりは彼女はこの町にとても好意的に受け入れられたと言うことだ。


 彼女は何者か。

 日中は自宅の庭に面した縁側で日向ぼっこしているか、町内を歩き回っているのがよく見られている。

 庭と道路を隔てている生け垣が人の胸くらいの高さしか無いので、彼女が縁側でうたた寝しているのも見えてしまうのだ。わざわざ覗かなくても!

 町内の史跡に興味があるようで昼間はそういった個所を重点的に調べているという。住人からしたら普通の石でも、彼女にとっては何か意味でもあるのか、何やら機械でただの石を測定していた目撃情報もある。和装で。


 名前。彼女は「シズカ」と名乗った。

 故郷の言葉ではどうしても家名は発音できないだろうから、「シズカ」でよいと。その「シズカ」でさえ日本語で発音できるように結構崩してあって、故郷の言葉で「美しい黒猫のような」という意味があるんです、と嬉しそうに話していたらしい。

 見守る会は「黒猫の会」に進化を果たした。



「山田」


 シズカは自宅の縁側で隣に座る人物に話しかけた。

 茶色がかった黒髪を短く切りそろえているが、髪質のせいかぼさぼさ頭になっていて、これをワシャワシャするのが最近のシズカのお気に入りだ。

 その紫の上着は夏だからか二の腕までの半そでのTシャツ。ズボンは薄いラクダ色のハーフパンツ。これと同色のキュロットスカートを交互に日替わりで穿くので相当のこだわりがあると容易に分かる。

 丸メガネの少女山田は、彼女が夏休みの間だけ、シズカの世話係を町内会から仰せつかった。お隣さんなので。


「山田」

「はいはい聞いてるよ、何?シズカ」

「調べるものがなくなっちゃったわ。どうしよう」

「ペースが速すぎたのよ。真面目なんだからシズカは」

「そう、真面目だから私」


 この一週間で山田には、シズカの感情の動きが少しは判るようになっていた。

 今は山田に褒められてちょっと嬉しいらしい。

 シズカには感情の起伏がほとんどない。町で誰かに会って、会話をしたとしても彼女が何を考えているのか表情ではわからない。ただ、彼女が足りない感情を補うように話をするので、町の人たちからの好意も冷めずに続いているのだ。無表情の必死さが可愛いという捻じれた愛情に住民たちが覚醒してしまっている。


「調査が終わったら、町から出ていくのだっけ?」

「そういうわけにはいかないよ」

「だよね、あなたは……」


 300年後に起こるかもしれない事件を防ぐために、その日まであらゆることを調査しなければならない。


「私、そんなに付き合えないよ?」

「私だって無理よ」


 さしあたっての難題は、あと何年か何十年かもしれないが、やることがない。ということ。


「まあいいや。今夜は私のとこにご飯食べにおいでよ。二人で考えれば、何か思いつくかもしれない」

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