万年筆と約束
2時間に及ぶライブが幕を閉じた。
樹は観客に向かってこう告げる。
「今日も来てくれてありがとう。
またライブやる予定だから、よろしくね」
樹は観客の拍手に包まれて、
ステージの袖へ下がっていった。
その10分後。
余韻に浸るために会場の外にいた私のスマホに、
ダイレクトメッセージを受信した通知が届く。
『咲、ありがとう。
ごめんね、もう少しそこで待っててもらえる?
咲が良かったら、直接話がしたい』
私には、もう躊躇うことはなかった。
樹にすぐ返信を打つ。
『こちらこそありがとう。わかった。待ってるね』
ライブハウスのテーブルに座って待つこと20分。
身支度を整えた樹が私のもとへやってくる。
その目には今にもこぼれ落ちそうなほどの涙が溜まっていた。
「咲。久しぶり」
「久しぶり。ライブ、よかったよ」
私は感情が溢れてしまい、
単純な言葉でしか思いを伝えることができなかった。
「少し歩こうか」
私は樹に誘われて、後を歩いていく。
少し後ろを歩く私に気づいて、振り返って並んでくれた。
樹が口をひらく。
「よかった。咲が元気そうで安心した」
「樹もね。お互い様だね」
並んで歩きながら、話をする。
久しぶりの直接の会話は、やはり話題が尽きなかった。
「遅くなっちゃったな」
その言葉に時計を見ると、時刻は21時を過ぎていた。
樹と別れるのが名残惜しくて少し黙っていたら、
持っていた袋を私に手渡してきた。
「遅くなっちゃった。誕生日おめでとう」
私は驚いて顔を上げる。言葉が詰まるのがわかった。
「咲の話聞いて、選んでみたんだ。開けてみて」
私が好きな、オレンジ色の包みを開ける。
私の名前が刻まれたおしゃれな万年筆が、
街灯に照らされてキラキラと輝いていた。
嬉しさが込み上げてきて思わず口元を手で抑えると、
樹が触れられそうな距離に近づいてくる。
「よかったら使って欲しいな」
私もその言葉を聞いて、自分の作った物語を樹に見て欲しいと思った。自然と思いが零れる。
「樹、ありがとう。あのね、この前言ってたストーリーの下書きでき始めてるの。読んで欲しい……」
「そうなの?なんだかあの頃みたいだね。読んでみたいな」
樹が楽しそうにしているところも、
8年前と変わっていなかった。
私は嬉しくなる。
荷物を確認して、下書きしたノートを家に置いてきてしまったことに気がつく。
私は物語が完結するまでは、
ノートに手書きすることをマイルールにしている。
「ごめん。ノート家に置いてきた」
本当はすぐに見せたかったけれど諦める。
「じゃあ、写真送ってよ。
今の咲が書く話、読んでみたくてたまらないんだ」
私は、樹が一番最初に物語を読んでくれるのが好きだったと思い出す。
今言われたことにそう思うことも変わっていなくて、また泣きそうになった。
「うん。帰ったら送るね」
そんな話をしていると、
ライブハウスの最寄り駅にたどり着く。
「本当にありがとう。あとおめでとう。
また、俺と会ってくれますか」
樹は気がつくと、付き合っていた頃の
男らしい顔をしていた。
その凛々しい顔に、私は頷く。
「もちろん。嬉しかったよ。
またすぐメッセージ送るから」
改札を通ってホームへ向かう私を、
樹は笑顔で手を振って見送ってくれた。




