思い出の場所で
約束を交わしてから2ヶ月近くが経った頃。
今日は私の誕生日で、樹のライブの日。
私はあれから少しずつプロットを考えたり、
実際にストーリーを書き出したりしていた。
それでも部分的に書くことしかできず、
やはりこのままでいいのか
原稿用紙に向かいながら、頭を抱えていた。
樹の楽曲の更新は途絶えていた。
ちゃんと生活ができているのかは変わらず不安だった。
それでもSNSでのライブの告知などを通して、
近況を知ることはできた。
当日の夕方。
開演時間ギリギリに、ライブハウスへたどり着く。
入った瞬間変わらない雰囲気に懐かしさが込み上げてきて、思わず泣きそうになる。
深呼吸をしてから、受付に名前を告げる。
「藤原 咲様ですね。こちらになります」
樹が取り置いてくれていたチケットを受け取る。
会場へ向かうとチケットを確認したスタッフが、
他の観客とは少し離れた後方の席を案内してくれた。
会場の薄暗さと観客の熱気に、
抑えていた感情がどっと溢れ出す。
開演時間を迎え、樹がステージへ出てくる。
後ろの方を見た樹と目が合った。
その瞬間、樹が破顔する。
それでもすぐに表情を引き締める姿は、
プロのアーティストを彷彿とさせた。
観客たちが拍手で出迎える。
樹がマイクの前に立つと、会場は静かになった。
「こんばんは。今日も来てくれてありがとう。
実は今日は、僕にとって大切な人の誕生日なんです。久しぶりにお祝いできることを、嬉しく思います」
樹の声は震えていて、今にも泣き出しそうだった。
私も溢れそうになる涙を必死に堪える。
彼の躍動する姿を見届けなければならない。
「そして、そんな今日のために曲をつくりました」
聴いてください、と樹は告げて
アコースティックギターを鳴らし出す。
樹が奏でる音色と歌声は、変わらない優しさに、
歳を重ねた分だけの厚みが滲んでいた。
堪えていた涙が溢れ出る。
今日のセットリストの最初の曲が終わる。
会場は暖かな拍手に包まれた。
「じゃあ、次の曲いこうか」
樹の合図で、ライブが進行する。
観客は、「待ってました!」という感じで、
一気にボルテージを上げていく。
私は、ファンの前で笑顔を見せる樹の姿に安堵した。




