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第17話 光を纏う二人

 新年を寿ぐ舞踏会の夜。

 皇宮の大広間は幾百もの燭台と宝石のようなシャンデリアに照らされ、まばゆいばかりの光に包まれていた。宮廷楽団が奏でる弦の調べに、集った貴族たちのざわめきは華やぎを増し、新しい年の始まりを祝う期待に満ちていた。


 だが、そのざわめきは唐突に静寂へと変わる。

 視線が一斉に、大階段の上へと注がれた。


 そこに姿を現したのは――蒼と金を纏う二人。


 レオンハルトは蒼地に金糸を散らした軍礼装をまとい、黄金の髪と蒼金の瞳をさらに際立たせていた。

 その隣には、同じ色を映すように仕立てられた蒼い地に金刺繍のドレスを纏うエリナ。

 肩から裾へ流れる布地は夜空のごとく深く、星屑のような光が散りばめられている。首元の蒼金の宝石が彼女の微笑をひときわ清らかに照らしていた。


 誰の目にも明らかだった。

 ――この衣装は、二人が揃うために用意されたもの。


 ざわめきは驚愕に変わり、やがて小さな波紋のように広間を駆け抜けた。

「殿下が……女性に衣装を贈られた……?」

「しかも揃いの装い……!」

「まるで、もう婚約者のようではないか」


 エリナは頬を染め、恥じらいながらも胸を張って歩を進める。

 一歩横に立つレオンハルトは、誰の視線も意に介さず、ただ彼女の手をしっかりと取っていた。その掌の温もりに、エリナの心臓は鼓動を早める。


 ――私が、この方の隣に。

 戸惑いはある。けれど、その手の温もりに触れていると、胸の不安がするするとほどけ、自然と背筋が伸びた。音楽はやさしく背を押し、他人の視線もただの風のように通り過ぎていく。


 レオンハルトの胸にも熱が満ちていた。

 彼女の手を取るだけで脈は速まり、呼吸さえ乱れそうになる。

 冷徹と呼ばれた自分が、ただ一人の娘の前で少年のように心を揺らしている。


 舞踏の旋律に合わせて揺れる柔らかな色の髪。頬に差した朱の色。掌から伝わる柔らかな体温。

 どれひとつ見逃すまいと、視線が彼女から離れなかった。


 ――もはや彼女なしに、自分の世界は成り立たない。この手を離したくない。

 勝利も名誉も関係ない。ただ彼女と共に歩む、そのひとときこそが自分の望み。


 初めて知る甘い衝動が、胸を満たしていた。 


 彼は耳元で低く囁いた。

「堂々と歩け。君は、俺が選んだ人だ」


 エリナの瞳が揺れ、やがて小さく頷く。

 その瞬間、彼女の頬に咲いた微笑みは、広間のどんな光よりも眩しかった。


 やがて二人はきらめく光を浴びながらゆるやかに階段を降り、舞踏の中央へと歩み出る。

 楽団が新しい曲を奏で始め、レオンハルトは自然に彼女の腰へ手を添え、もう一方の手で彼女の指を絡め取った。


 人々が息を呑む中、ワルツが始まる。

 蒼と金が絡み合い、二人の影は床にひとつに重なる。

 彼らの足取りは驚くほど息が合い、まるで昔から共に舞ってきたかのようだった。


 ――私は、この人を愛している。


 エリナの心に宿る想いは、もはや揺らがぬ真実。

 彼の腕に抱かれて舞うことが、何より自然で、何より幸福だった。


 だが同時に、淡い痛みが胸を刺す。

 ――この夜が、最後になるかもしれない。


 けれど、せめて今だけは。

 彼の眼差しも、手の温もりも、笑みもすべてを心に刻みつけたい。

 愛おしさと切なさがせめぎ合いながら、エリナは強く、しかし儚く微笑んだ。


 その微笑みに、レオンハルトの心臓は強く揺さぶられた。

 ――どうして彼女は、こんなにも切なげに笑うのか。

 その理由を問いただしたいのに、唇が開けない。もしも彼女が遠ざかってしまう答えを返すのなら、自分は受け止められるだろうか。


 灰色の人生に色を差し、凍り付いた心を解かした唯一の存在。

 彼女を失えば、もはや自分に未来はない――その確信が、胸の奥に鋭く突き刺さる。


 だからこそ、彼は彼女の手を握る力をほんの少し強めた。

 離したくない。

 たとえ彼女がどんな答えを胸に抱えていようと、奪ってでも傍に留めたい。

 氷の皇子と呼ばれた彼の中に、そんな我執にも似た激情が膨れ上がっていく。


 だが、その衝動を悟らせぬよう、彼はただ微笑を装った。

 ――せめて今だけは、彼女を不安にさせたくない。

 優しい男として、彼女を包み込みたい。


 エリナの頬をかすめる柔らかな髪に指先を触れながら、彼は心の奥で固く誓った。

 ――君を決して離さない。たとえどんな運命が立ちはだかろうとも。


 広間に集った誰もが、二人の放つ輝きをしかと見た。

 帝国第二皇子と辺境伯の娘――互いの想いを映し合うその姿は、すでに運命に刻まれた結びつき。

 もはや誰ひとりとして、その絆を裂くことはできなかった。

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