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第1話 神に愛された皇子

 帝国の人々は、彼をこう呼んだ。

 ――「神に愛された皇子」。


 レオンハルト・フォン・オルデンブルク。

 帝国第二皇子にして、史上類を見ない天才であった。


 彼の存在は、生まれ落ちた瞬間から周囲を圧倒した。

 黄金の髪は陽光を糸に織ったかのように輝き、澄んだ蒼金の瞳は、誰もが吸い込まれる天空の煌めきを宿していた。その眼差しに捕らえられた者は、思わず息を呑み、あまりの神々しさに直視すれば焼かれるとすら思ったという。


 母后の腕に抱かれた皇子の眼差しは氷のごとく澄み、控える侍女たちは震えながら口を揃えた。

「まるで、神像を腕にしているかのようです」


 知恵においても比類がなかった。

 六歳にして王立学院へ特例入学を果たしたとき、彼は帝国中を震撼させた。

 十数年にわたり誰も解けなかった学術の難題を、わずか数日で鮮やかに証明してしまったのだ。教授たちは唖然とし、やがて涙を浮かべて膝を折り、「学問の新しい扉が開かれた」と讃えた。

 彼の名を冠した論文は帝国のみならず他国へも伝わり、各国の学者すらその才に震えを禁じ得ず、その名を後世に刻むべきと語った。


 武の才においても彼は頂点だった。

 八歳のとき、戯れに握った剣は、老練の師範をも凌駕する鋭さを放った。

 十歳のとき、訓練用の魔脈石を一撃で粉砕し、魔術師団を戦慄させた。その放出した魔力は、数十名の魔術師が同時に結集しても再現できない膨大さであった。

 そして十五歳。初めての実戦において、彼はただ一度の出陣で隣国の精鋭を打ち破り、城門を落とし、帝国に新たな領土をもたらした。


 民は讃えた。

「神が遣わした救済者だ」

「もしあの御方が帝位に就かれるなら、帝国は千年の栄華を築くだろう」


 臣下は囁いた。

「次代はあの方にこそ」

「いや恐ろしい……あまりに人の姿をした神に近い」


 だが彼は第二皇子にすぎず、面倒な皇位など露ほども興味を示さなかった。

 民と臣下は落胆し、兄である皇太子は胸を撫で下ろす。

 皇帝でさえ、息子を恐れ、触らぬ神に祟りなしとばかりに、望むままの振る舞いを許した。


 ――しかし。


 当の本人は退屈していた。


 勝敗は見なくとも分かる。

 戦えば勝ち、学べば解き、魔を操れば新たな応用すら思いつく。

 すべては予想でき、すべては掌のうちに収まる。


「くだらん」


 彼は豪奢な宮殿の一室で、しばしばそう吐き捨てた。

 積み上げられた論文の山。模擬戦で粉砕された魔鋼の騎士像は、本来なら成人の騎士団が束になってもひび一つ入れられぬ代物だ。

 彼を飽きさせまいと次々と与えられる難題も、数刻と経たずに平らげられる。

 喝采と驚愕の声は、今や彼にとって耳障りな騒音にすぎない。


 ――もっと、自分を震わせるものはないのか。

 ――この退屈を破る存在は、この世にいないのか。


 煌びやかな舞踏会も、血なまぐさい戦場も、学舎の議論すら、彼にとってはただの灰色の景色でしかなかった。

 人は「彼が望めば、すべてが手に入る」と囁いた。


 だがレオンハルトは深い虚無に沈んでいた。

 ――望む価値のあるものなど、この世には存在しない。


 孤独だった。

 完璧すぎる力は、彼を人の輪から遠ざけた。

 畏怖と羨望の眼差しは絶えず注がれたが、真に語り合える相手はいない。

 称賛の声は溢れても、心から手を取り合える者はどこにもいない。


 ――退屈。

 その言葉こそ、彼の人生を覆う呪いであった。


 だが、彼はまだ知らなかった。

 その呪いを破り、彼の心を初めて「人間らしく」震わせる存在が、すぐそこまで迫っていることを。

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