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妹!アメリア!!ブチギレ!!!地球破壊宣言!!!!

「はあ、お姉様いってしまわれましたか」



 私——アメリア=ル=クラリアン——は深いため息をつきながら、ニューアルカディア最高級居住区の自室にある水晶製のソファに身を沈めた。部屋の中央に浮遊する三次元ホログラム通信装置の表面が、淡い青色の光を放ちながら静かに回転している。先ほどまでお姉様との通信で輝いていた投影エリアは、今は虚しく空間を照らすだけの装置に成り下がってしまっていた。


 私の両手は胸の前で組まれ、エメラルドグリーンの瞳には深い憂いが宿っている。ツインテールに結い上げた銀髪が、人工太陽の光を受けて宝石のように煌めいているが、その美しさも今の私の心境を慰めてくれることはない。



「7日間のタイムアウトですって...」



 お姉様の冷たい宣告が、まだ耳の奥で響いている。確かに私は少し——ほんの少しだけ——過保護だったかもしれない。でも、それは愛ゆえの行動。第七銀河管区の誰よりも優秀で美しいお姉様が、あんな原始的で野蛮な惑星に一人で赴くなんて、心配で心配で仕方がないのは当然ではないですか。


 私は立ち上がり、部屋の巨大な透明アルミニウム製の窓に近づいた。窓の向こうには、ニューアルカディア首都星系の壮麗な景色が広がっている。無数の人工衛星が軌道上を規則正しく移動し、宇宙ステーションの光が星座のように瞬いている。マルチバース文明第七銀河管区の科学技術の粋を集めた都市——それが私たちクラリアン家の故郷だった。


 しかし、この美しい光景も、今の私には色褪せて見える。お姉様がいない空間に、一体何の意味があるというのでしょう。



「文化研究なんて今どき流行りませんのに」



 私は窓ガラスに額を押し付けながら呟いた。冷たい表面が火照った肌にひんやりと心地よい。


 確かに、お姉様の研究分野は学術界では「時代遅れ」とされている。効率性と合理性を追求するマルチバース文明において、異星の「食文化」なんていう非生産的な分野に時間を費やすことを理解できない学者たちが大多数だ。しかし、私は知っている。お姉様の瞳に宿る知的好奇心の美しさを。未知への探求心が燃え上がる時の、あの神々しい表情を。


 だからこそ——だからこそ、私は心配なのです。


 お姉様の研究への情熱は純粋すぎる。時として身の危険も顧みずに調査に没頭してしまう。過去にも、毒性のある異星植物を素手で触って皮膚炎を起こしたことがあったし、重力が地球の3倍もある惑星で転倒して骨折したこともあった。



「きっと今頃も、あの野蛮な惑星で危険な食べ物に挑戦していらっしゃるのでしょうね...」



 私の想像の中で、お姉様が原始的な調理器具に囲まれて困惑している姿が浮かんだ。そして、x染色体の猿どもが——地球人のオスが——お姉様の美貌に見とれて近づいてくる光景が...



「許せませんわ」



 私の拳がギュッと握りしめられる。ナノファイバー製のドレスが感情に反応して、怒りを示す深紅色に変化した。お姉様の美しさは宇宙で唯一無二のもの。あんな進化の途上にある下等生物どもが、お姉様を汚らしい視線で見つめるなんて——考えただけで血が逆流しそうになる。


 私は部屋の中央に戻り、個人用端末を起動した。ホログラムディスプレイが空中に展開され、お姉様の調査船『アスティラント号』の現在位置と状況が表示される。


【現在位置:地球・日本列島・関東地域】


【船体状況:正常】


【乗員状況:船外活動中】


【通信状況:7日間(残り167時間)タイムアウト設定】



「船外活動中...つまり、もう地球の表面にいらっしゃるということですのね」



 私の心臓の鼓動が早くなる。お姉様が私の手の届かない場所で、一人で異星の文化と接触している。何かあった時、私はすぐに駆けつけることができない。100億光年という絶望的な距離が、私たち姉妹を隔てている。



「せめて、生体状況だけでも監視させていただきませんと...」



 私は端末を操作し、お姉様の生体情報モニタリングシステムにアクセスしようとした。しかし——


【アクセス拒否:プライバシー保護設定により閲覧不可】



「あら...」



 そういえば、お姉様は成人してから生体情報の監視を拒否するようになった。「過保護すぎる」と言って、妹である私からの心配を煙たがるようになったのだ。でも、それは愛の表現なのに...


 私は再びソファに身を沈めた。クッションの感触が私の憂鬱な気分を僅かに和らげてくれる。部屋の環境制御システムが、私の感情状態を感知して室温を最適化し、リラックス効果のある微量のアロマ分子を空気中に放出した。



「お姉様...どうか、ご無事で...」



 私は胸の前で手を組み、祈るような気持ちで呟いた。エメラルドグリーンの瞳に、心配の涙が滲んでくる。


 時計を見ると、お姉様が地球に降り立ってからちょうど一時間が経過していた。一時間——地球の原始的な時間単位で言えば、たった60分。しかし、私にとっては永遠にも感じられる長さだった。


 その時——


 ピピピピピッ!


 部屋中に鋭い警告音が響き渡った。私の個人端末が緊急事態を示す赤色の光を激しく点滅させている。



「何ですの!?」



 私は慌てて端末に駆け寄った。ホログラムディスプレイに表示されたメッセージを見て、血の気が引いた。


【緊急事態発生】


【調査船『アスティラント号』より緊急信号受信】


【対象:セリュフィア=ル=クラリアン】


【異常事態:約2秒間の意識停止を検出】



「約2秒間の意識停止ですって!!」



 私の悲鳴が部屋中に響いた。意識停止——それは生命体にとって最も危険な状態の一つ。脳機能の一時的な停止を意味する。


 私の指が震えながら、詳細データにアクセスしていく。画面に次々と表示される情報が、私の恐怖を加速度的に増大させていった。


【詳細データ】


【発生地域:パラレル第47銀河 ラニアケア超銀河団  おとめ座超銀河団  局所銀河群 天の川銀河 オリオン腕 太陽系 第3惑星 地球 日本列島 関東地域】


【発生時刻:地球時間14:23:47】


【継続時間:1.98秒】


【原因:食文化調査のため】


【付随症状:体温上昇、発汗反応、呼吸数増加】



「しかも、その前後から危険信号や体の冷却システムが作動していますの!?」



 私の声が一オクターブ上がった。声帯の振動が普段の7.2Hzから9.8Hzへと急激に跳ね上がり、部屋中の水晶装飾品がキィィィンと共鳴する。体温上昇に続いて冷却システムの作動——これは明らかに異常事態だ。お姉様の身体に埋め込まれた生体防護システムが、何らかの「脅威」を検出して自動的に対処モードに入ったということではありませんの!


 私の両手が震えながら、ホログラムディスプレイの詳細データを次々とスクロールしていく。透明な光子の粒子で構成された文字列が、私の視界で踊るように流れていく。


【体温上昇:平常時36.2℃→38.7℃(+2.5℃)】


【発汗量:通常の340%増加】


【心拍数:平常時52bpm→89bpm】


【緊急冷却システム作動時刻:14:23:49】


【冷却モード:レベル3(中度脅威対応)】



「お姉様に一体何がありましたの!!」



 私の絹のような声が、怒りと恐怖で金属的な響きを帯びた。ナノファイバー製のドレスが私の激しい感情変化を感知し、深い紫色から不安を示すマゼンタへと色彩を変化させていく。まるで私の心の内を映し出す鏡のように、生地の分子構造が再配列を繰り返している。


【原因は食文化調査のためです。これ以上はプライバシーに該当するので回答できません】


 AIの冷淡な合成音声が、私の耳朶を氷のように冷たく撫でていく。食文化調査のため?たかが原始的な惑星の野蛮な食べ物が、第七銀河管区最高の科学技術で強化されたお姉様の身体に異常を起こさせるなんて——


 私の脳裏に最悪のシナリオが次々と浮かび上がってきた。まるで悪夢のようなホログラム映像が、私の意識の中で再生され続ける。


 地球の原住民による攻撃——あの猿どもが、お姉様の美貌に魅了されて襲いかかる光景。未知の病原体への感染——原始的な衛生環境で培養された細菌やウイルスが、お姉様の免疫システムを突破する恐怖。有毒物質の摂取——地球の植物や動物に含まれる毒素が、お姉様の体内で化学反応を起こす危険。テロリストによる誘拐——地球の武装集団がお姉様を人質に取る絶望的な状況...



「いけませんわ!すぐに救援部隊を...」



 私は部屋の中央にある緊急事態対応コンソールに向かって駆け出した。ヒールの音がカツカツカツと大理石の床に響き、ツインテールの銀髪が風になびいて後方に流れていく。


【救援部隊は必要ありません。現在は安全です】



「安全ですって!?」私は端末に向かって叫んだ。「2秒間も意識を失って、体温が2.5度も上昇して、冷却システムまで作動している状況のどこが安全ですの!?」



 私の指先が震えながら、追加情報の要求ボタンを連続で押していく。タップ、タップ、タップ——焦りで正確性を欠いた指の動きが、ホログラムインターフェースに混乱したコマンドを送り続ける。



「じゃあ、どういう状態ですの?現在のお姉様の詳細な生体情報を全て表示しなさい!」



【現在は安全です。これ以上はプライバシーに該当するので回答できません】


 またしても、冷酷で事務的な回答。まるで私の心配など理解できない機械のような反応。私のエメラルドグリーンの瞳に、怒りの炎がメラメラと燃え上がった。



「じゃあ、もういいです。お姉様に直接聞きます」



 私は通信システムを起動し、量子もつれ通信回線の開通を要求した。100億光年の距離を瞬時に結ぶ、マルチバース文明最高の通信技術——これならお姉様と直接会話できる。


【通信拒否:当事者によるタイムアウト設定により通信不可】


【残り時間:166時間57分32秒】


 その瞬間——


 私の心の奥底で、何かがプツンと音を立てて切れた。


 愛情が憎悪に。心配が怒りに。優しさが破壊衝動に——感情の極性が一瞬で反転した。



「そうですの」



 私の声が、氷のように冷たく、鋼鉄のように硬くなった。ドレスの色彩が、怒りを示す深紅へと変化していく。まるで血のように真っ赤な光が、私の全身を包み込んでいく。



「そんな惑星、壊してしまえばいいんですの」



 部屋の環境制御システムが、私の急激な感情変化を感知して警告音を発し始めた。ピピピピピピ——まるで危険人物の接近を告げるサイレンのような音が、水晶の壁面に反響して部屋中に響き渡る。


 私は優雅にソファに腰を下ろし、足を組んだ。その仕草は貴族の嗜みそのものだったが、瞳の奥には冷酷な計算の光が宿っている。



「地球の権利を購入して、地球を合法的に破壊するにはどの程度の資産が必要になりますの?」



 私の問いかけに、AIは一瞬の沈黙を置いた。プロセッサが高速回転し、マルチバース文明の法的データベースと宇宙不動産市場の情報を照合している音が、かすかにウィーンと聞こえてくる。


【アメリア様の私的所有財産の1%未満で可能です】



「ふふふふふ...」



 私の唇から、美しくも恐ろしい笑い声が漏れ出た。所詮は下等惑星ね。第七銀河管区の貴族であるクラリアン家の財力の前では、あんな原始的な星など塵芥に等しい。



「ふん。所詮は下等惑星ね」



 私は立ち上がり、部屋の奥にある個人金庫のコントロールパネルに向かった。量子暗号で厳重に保護された我が家の資産管理システム——総資産額は第七銀河管区の小規模な星系を丸ごと購入できるほどの規模だ。



「資産の30%を売却して。確実に勝てるよう戦闘機を揃えて出撃するわ」



 私の指が、金庫のホログラムキーパッドの上で優雅に踊った。資産売却の承認コード、戦闘部隊の調達申請、出撃準備の実行命令——一つ一つの操作が、地球という惑星の運命を決定していく。



「全部でどの程度時間が必要?」



【戦闘機や出発準備に3時間ほど。移動に100時間ほど。戦闘及び破壊に1秒ほど必要です】



「たったの1秒ですの?」



 私は満足そうに微笑んだ。1秒——お姉様が意識を失った時間よりも短い時間で、お姉様を苦しめた惑星全体を宇宙の塵に変えることができる。


 部屋の巨大な窓に映る私の姿は、まるで復讐の女神のように美しく、そして恐ろしかった。銀髪が室内照明を受けて神秘的に輝き、エメラルドグリーンの瞳には冷酷な決意が宿っている。



「お姉様...ご安心ください」



 私は窓の向こうの宇宙空間——地球がある方向——を見つめながら呟いた。



「お姉様を苦しめた愚かな惑星は、必ずこの手で消し去ってさしあげますわ」


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