ラブホで三人、これからの感情⑤
その後、茉莉綾さんの方からポーズを変えてくれたので、それぞれのポーズでもシャッターボタンを押した。何枚か撮り終わったところで、茉莉綾さんはその場にしゃがみ込んだ。
「はい! 終わり終わり!」
茉莉綾さんがそう言うのに合わせて、俺もスマホを下ろした。
「はい。スマホありがとう」
それから俺は床にしゃがみ込む茉莉綾さんにスマホを返した。
「うん、どういたしまして」
茉莉綾さんは俺からスマホを受け取ると立ち上がり、今度こそベッドの上にある下着を拾う。さっさとショーツを履いてブラを付け直し、バスローブを羽織り直した。そして美咲の隣に戻り、ドスンとベッドの縁に座る。
「茉莉綾さん、お疲れ様でした」
「うん。美咲ちゃんもありがとう」
「ウチのヘンタイカメラモンスターが失礼しました」
「おいこら」
お前にそんな風に庇われる筋合いないんだが。
「あれ? ウチのってことは、美咲ちゃんはハルトくんのこと自分のって思ってる?」
茉莉綾さんが少し意地悪そうな物言いをする。
「いや、今のは言葉の綾です。先輩は誰のモノでもないし……」
モゴモゴとギリギリ聞こえるくらいの小声で釈明する美咲に対して、茉莉綾さんはおかしそうに笑った。
「ごめん。流石に冗談。ハルトくんのことをそれくらい近しい人だって思ってるってことでしょ。それを誤魔化すこと、ないと思うけどな」
茉莉綾波さんはそう言って、パタンとベッドの上に倒れた。
「ちょっと疲れたな」
「昼にプールで泳いで、夜に全力で踊れば、そりゃあ疲れるだろ」
俺も二人の腰掛けるダブルベッドの奥にあるシングルベッドの縁に腰をおろした。
「ねえ、ハルトくん」
「何、茉莉綾さん?」
「結局、何の話だったっけ」
「茉莉綾さんが俺のこと……」
俺が言葉を続けようとすると、茉莉綾さんが「わー!」と大声を出して起き上がった。
「違う! そっちじゃない! それは忘れて!? いや、忘れちゃダメだけど──」
「私が、先輩には恋人を普通に作って欲しいって話です」
弁解する茉莉綾さんに、美咲が言葉を被せた。
「普通にってお前」
「私は無理なんですよ。先輩が、私のことをどう好きなのかもわからない。キスしたいって気持ちも、セックスしたいって気持ちも全部わからないんです。そんなの、いつか絶対、嫌になるに決まってる、から」
美咲は自身の脚を抱く。その先の言葉を言いにくそうにしているのがわかった。美咲がずっと引っかかっているところ。俺が美咲を好きでも、それと同じ感情を俺に返せないというところ。
「つまりあれだね。美咲ちゃん、ハルトくんに嫌われたくないんだ」
茉莉綾さんの言葉に、美咲は眉間に皺を寄せる。
「そんな話でもないのですが」
「嫌だった?」
茉莉綾さんは、横に座る美咲の顔を覗き込むように見る。さっきのダンスが終わってから、俺が衝動から茉莉綾さんの全裸写真を撮りたいと言っても迷わなかったように、どこか吹っ切れたような雰囲気があった。
「美咲ちゃんの中ではきっと、複雑な気持ちがいっぱい渦巻いてるんだと思う。でも、それは私も一緒だよ?」
そう言って、茉莉綾さんはまたベッドに倒れた。美咲は自分自身を抱きしめながら、隣で手を大の字に開いた茉莉綾さんを横目で見る。
「ハルトくんのこと好きだって気持ちも嘘じゃない。だけど、ハルトくんとはこれからも仲の良い友達でいたいと思う」
茉莉綾さんはそう言って、首を動かして視線だけ俺に向けた。
「そう思うのって、変な話かな?」
「いや、良いんじゃないか? 俺が言うことじゃないかもしれないけど」
俺も今は一応、茉莉綾さんの好意を放った側だ。茉莉綾さんの気持ちをとやかく言う権利はないと思う。
「ハルトくんも、美咲ちゃんと恋人にならないと嫌ってわけじゃないって話したよね」
「ああ」
俺が美咲のことが好きなのと、それに対する返答が美咲からないことは別問題だと思う。それは恋心であっても、その他の情でも一緒なんじゃないか。たとえば、ミサキを桔梗エリカというアイドルとして応援しているファン全員が、桔梗エリカから愛を返してもらうことを望んでいるだろうか。それも、ファンの中で人それぞれだ。みわさんは自分の好きなキャラクターから何かを受け取りたくて二次創作をしているだろうか。こうあった方が良いなんて《《普通》》は、人によって全然違うことだ。
「相手がいるなら、自分の理想を押し付けてばっかいても駄目でしょ。ちゃんと話し合わないと。ま、自分の気持ちを隠してた私が言えた義理じゃないんだけど」
茉莉綾さん、さっきから俺と美咲の両方にチクチク刺さる言葉を言ってくるな。これまでも、よほど腹に据えかねていた部分があったのかもしれない。
「俺はどんな関係でも良いってこの間言ったろ」
俺は改めてそのことを美咲に確認する。あいつはそれを都合のいい女なんて言葉でまとめたけれど、そんな言い方をする必要だってない。
「そう、ですね」
「お前が嫌なら俺もお前とセックスしたいとは思わねえよ。そんなもん、どうにだってなる」
「でも、どうしてもしたくなるかも」
「お前、それはその時考えろよ。何で最初から美咲がセフレだとか、俺と茉莉綾さんが付き合えばとか、そんな風にお前が決めるんだよ」
結局、ずっと自分勝手なんだよお前は。NTR体験を俺にさせるとかふざけた時から、今の今まで。俺を悦ばせたいから金元からセックスのレクチャー受けたとか、キャストになれない俺の代わりに見学店で働き出すとか。後はもしかしたら免許取ったのもそうか?
「まあ、そこまで考えてくれるのは嬉しいけどさ」
恋愛とか関係なく、未来を考えていてくれていたというのは、やり方はさておき嫌な気持ちではない。
「美咲ちゃんは自分の想像してる誰かの反応じゃなくて、そこにいるハルトくん本人のことを考えた方が良いと思うな。だって、美咲ちゃんの考えてるのはあくまで美咲ちゃんの頭の中にいる誰かで、本当のハルトくんじゃないんだからさ」
茉莉綾さんはそう言って、少しだけ体を起こして美咲の肩に手を置く。さっき茉莉綾さんが美咲に聞いたように、もしかしたら美咲は昔、誰かと何かあって、それがトラウマになっているのかもしれない。けれど、それを無理に聞き出したくもないし、そのことは触れないでいた方が良いだろう、と俺は思う。
茉莉綾さんは肩から美咲を引っ張って、美咲ごとベッドに倒れ込んで、楽しそうに笑った。
「押し付けなんかじゃなくってさ? こんな風にリラックスしながら、話し合ったらいいじゃんね」
「そうですね」
美咲も茉莉綾さんの言葉を聞いてか、顔が少し綻んでいた。もう、さっきまでの険しい表情ではない。それからその優しい表情で俺を見た。
「この間、先輩と同じ布団で寝た時みたいに、ですね」
「待った待った待った!」
茉莉綾さんがむくりと起き上がった。それから俺を勢い良く指さす。
「ハルトくん!?」
俺のことを睨み付ける茉莉綾さんに、俺は慌てて首を横に振る。
「違う! 本当にしてない。ホントに一緒に寝ただけ」
「はい。私が酔い潰れた時に、私から先輩に一緒にいてくれるように頼んだので」
今度は誤解のないように言ってくれる美咲だった。頼むからいつもそんな感じでいてくれ。
「なんだよもうー。私のお節介なんかいらなかったんじゃーん」
茉莉綾さんは呆れた様子で溜息を大きく吐いてまた体を横に倒して、それからおかしそうに笑った。それにつられて、何故だか俺と美咲も笑う。俺もそのままベッドに横になった。
何だかひどく疲れた一日だった。皆でプールで遊んだ後、ラブホに来て、茉莉綾さんに好きだと言われて、美咲に怒られて、茉莉綾さんの一糸纏わぬ綺麗なダンスを観て。ああ、そりゃ疲れるだろこんだけあればよ。
「皆、シャワーは?」
「プール入った後にしたし、良いんじゃないですか」
俺が尋ねると美咲が面倒臭そうにそう言った。俺もそう思う。
「私はさっきワインこぼした時に体だけちょっと流したよ」
とは茉莉綾さん。バスローブも着てるし、そのままで良いだろう。
「私はこのまま茉莉綾ちゃんと一緒に寝ます」
「着替えねえの?」
「私も着替えなんて水着しかないです。先輩が選んでくれた水着しか」
だから何でさっきからそういう言い方すんの? 何?
「ハルトくんさあ」
茉莉綾さんがまた呆れた声を出す。違うんだよな。俺は美咲にどんな水着が良いか聞かれたからビキニって答えただけだし、その後一緒に買いに行きはしたけど、ほとんど選ぶのは店員さんに任せたし。
「美咲ちゃんもそれだけハルトくんと一緒にいるならもうそれで良いじゃん」
「そうですね。そう、なんですよね」
美咲の方も、少しだけ憑き物が落ちたような穏やかな声だった。
「あ、でも私もハルトくんとは飲みに行きたい。美咲ちゃんはあんま気にしないでしょ」
「あんまではなく、全然気にしないです。何ならやっぱりそれ以上のことすることになっても良いです」
茉莉綾さんが隣に寝転がる美咲の頰を両手で挟んだ。
「だーかーらー、そういうのは私とハルトくんが決めることだから! ね、ハルトくん?」
茉莉綾さんは、二人から離れたところで横になっている俺に問い掛けた。急に言われたのでドキリとしたが、俺も特に異論はない。
「まあそれ以上のことなら今してるし」
「あー、それは良くない! 良くないよハルトくん」
そこからはもう、三人で他愛のない話しかしなかった。今日のプールで俺が写真を撮った親子は今何してるかなとか、俺が古宮さんがナンパしてきた男性グループと逆に談笑してたの見た話とか、茉莉綾さんが憧れている踊り子の話とか。そうするうちに、まず茉莉綾さんが最初に眠くなって、目を閉じて静かになった。茉莉綾さんが寝た後、俺と美咲はお互いに顔を見合わせる。
「色々すみませんでした、先輩」
「良いよ。あー、そうだ。テーブル片付けてないな」
「もう明日で良いんじゃないですかね」
「そうだな。俺ももう動く気力ないわ」
「先輩」
「何?」
「今日は楽しかったです。また皆で、先輩と、どこか一緒に行きましょうね」
「ああ、そうだな」
俺は一度体を起こして、茉莉綾さんと美咲に毛布を掛けて、俺も自分のベッドの毛布を体に掛けた。
「おやすみなさい、先輩」
「おやすみ、美咲」
そうしてラブホ三人での俺たちの波乱の一夜は、終わりを迎えた。




