第67話 それは終わりではなく ~エピローグ
イリアの手の平は防具の籠手で防護されているものの、電撃の痺れが重いダメージとなってしまった。
攻勢に出たモエは冷静にイリアの移動先を探す。
そして見つけた。
「逃がさへんで!」
ここが勝負どころとみたモエは、ダッシュでイリアに急接近する。
イリアは、ふらつきながらもタップで鎖鎌を取り出すと、それをモエの方向に向けた。
そして「クッ!」と、手の平に力を込めて衝撃波で鎖鎌を遠くまで飛ばす。
「食らうか!」と、モエは走りながら鎌を躱す。
モエが避けた鎌の鎖はイリアの手元まで続いている。
それを辿るようにモエはイリアに向かっていく。
モエが「うぉおおおお!」と、飛び込んできた。
イリアはカウンター気味に戦斧の軌道を見切って刃先に手を添える。
そして戦斧を変形させて直撃を避けた。
物質を変形させる能力で大きく湾曲した戦斧がイリアの顔面を襲う。
『ガキッ!』
刃先が波打つように曲がった戦斧をヘッドギアに食らうが致命傷ではない。
クリーンヒットしなかったことにモエが驚く。
「なんやて!?」
そして戦斧の刃がだらしなく変形しているのを見て目を丸くした。
「なんやそれは……」
唖然とするモエ。
とその時、モエの背中に鎌が『ザクッ!』と突き刺さった。
モエが「ぐぎゃっ!」と、絶叫する。
モエの背後から飛んで来た鎖鎌は、深々とモエの背中に刺さっている。
物質の伸縮自在。
イリアは、衝撃波で遠くまで飛ばした鎌を、伸びきった鎖を元に戻すことでブーメランのように呼び戻したのだ。
桐子の能力と詩織の能力を駆使した攻撃だ。
モエの口から血が流れ出る。
「な、なんちゅう攻撃や……」
激痛で背中が硬直する。
これは深い。背中から肺に達していると思われた。
その証拠に息が苦しい。
治癒の為に手を伸ばそうとするが痛みの箇所に手が届かない。
モエは倒れ込んで仰向けになる。
天を仰ぎながら負けを悟った。
反撃する余力どころか、動く気力すらなかった。
「アカン……ウチの負けや」
モエは目の前が暗くなっていくのと同時に背中の痛みが引いていくのを自覚した。
そこで、今頃になってあのトラウマになった母と姉の会話の続きが蘇ってきた。
それはモエを施設に預けるかどうかの話の続きだ。
あの時、モエはショックで、その後のやりとりを聞いていたはずなのに記憶を再生することができなかった。
それなのに、なぜか今、それが鮮明に思い出される。
まるで靄が晴れて風光明媚な景色がドラマチックに出現したように……。
施設にやった方が良いという姉の言葉に対して母は「他所にやった方があの子の為なんかな」と同意した。
が、少し間を置いてこう続けた。
「けど嫌や。やっぱり自分の子やもん。貧乏させて悪いとは思うけど、子供はみんな可愛いもんや」
「へえ、そういうもんなん?」
「そやで。あんたも子供産んだら分かる。ひとりも8人も同じや。やっぱり家族なんや。大きなって自分から家を出る言うまでは、みんな、この家におって欲しいんやわ」
「せやな。そや。ウチ、バイト代が入るからモエに靴買うてやろ。だいぶボロボロやったから」
その台詞の直後に新品のスニーカーが思い出された。
ピンク地に赤のラインが入った可愛い靴。
くたびれた靴がスクラップ工場みたいにひしめく玄関でポツンと目立つ新品の靴。
そうだ。あの時、姉は「モエ、靴紐、自分で出来るか?」と言った。
そして戸惑うモエにその靴を履かせて紐を結んでくれた。
プレゼントならそう言ってくれればいいのに姉は、さりげなくそれをくれた。
そのシーンを思い出してモエは涙した。
―― 何で今頃、思い出すねん……。
後になって初めて分かることがある。
物事を客観的に捉えることは時に困難だ。
あの頃のモエは幼すぎて施設に行かされるという恐怖で愛情を素直に受け入れることが出来なかったのだ。
―― なんでウチは……なんで……。
薄れゆく意識の中、走馬灯は家族に愛されていないというモエの思い込みを氷解させた。
幾つかのシーンが浮かんでは消え、フラッシュバックした。
それはどれも暖かくて嫌なものは、ひとつもないように感じられた。
そして、この上ない充足感をモエに与えてくれた。
「お母ちゃん……姉ちゃん……兄ぃ……」
モエの唇はそこで動かなくなった。
しかし、その死に顔は実に穏やかなものだった。
モエの最後を見つめながらイリアは涙した。
この結果は本意ではない。
彼女は全力で向かってきた。だから全力でそれに応じた。
ただ、それだけだ。
心の準備をしていたが高熱は生じなかった。
茫然と立ち尽くすイリアに、どこからともなく現れた姉御の愛衣が声を掛ける。
「素晴らしい戦いだったわ。たいしたものね」
同じく、ふいに現れた敏美が拍手しながら言う。
「応用力があるのね。期待以上だわ。ねえ、先輩」
「そうね。この段階でそれだけ出来るなら、私達以上の戦士になるわね」
イリアは顔を上げて尋ねる。
「これで私も貴方達と同等?」
愛衣は腕組みしながら頷く。
「ええ。形の上では。完全体よ」
「良かった。それを聞いて安心した」
そう言ってイリアはタップで双剣を取り出した。
そして瞬間移動すると超高速で敏美に斬りかかった。
『ガキン!』と、刃先が敏美の手で受け止められる。
敏美が「無駄よ。致命傷にはならないわ」と、余裕ありげに言う。
イリアは知ってたという表情でゆっくり剣を下す。
「結局、何が目的なの?」
イリアのその質問には愛衣が答える。
「あの方。『ハーデス』様をお守りする為よ。来たるべき決戦に備えて13人の乙女の戦士を集めなくてはならないの」
「ハーデス?」
戸惑うイリアの目を見据えながら愛衣は説明する。
「ええ。冥界の王。ハーデス様よ。唯一、ゼウスに対抗しうるお方」
それを聞いて理解したのかどうか分からないが、イリアは力なく首を振った。
「何なのよ……貴方は何者?」
愛衣は笑みを浮かべて胸を張る。
「私はハーデス様の妻『コレー』」
「コレー?」
「ハーデス様の妻『ペルセポネー』の異名よ。少女、娘の意味があるわ。それと『マツハレコ』を逆さに読んでみれば分かるでしょ?」
イリアが呟く。
「コ、レ、ハ、ツマ。コレーは妻……」
脱力するのを堪えながらイリアが尚も質問を続ける。
「前も言ってたけど13人集めるですって?」
愛衣は穏やかな表情で、しれっと言う。
「13年に一回、こうやって候補となる女の子を集めて選抜するの。貴方で3人目よ。前回はこの子、その前の26年前が私。はじめての選抜で勝ち残った私がハーデス様の妻になったの」
26という数字がイリアの脳裏を過った。
最初に訪れた港の民宿街。
時が止まったようなあの建物にはそれらしき痕跡があった。
古臭く感じられた民宿は26年前から時が止まっているせいなのかもしれないと思った。
イリアは唇を噛んだ。そして険しい顔で尋ねる。
「なんで私達なの? どういう基準で選ばれたの?」
そこで愛衣が真面目な顔になる。
「死を覚悟した経験があること。それから本気で誰かを殺そうとしたことがある子」
その言葉にドキッとした。そして忌まわしい父親の事が浮かんだ。
それと同時に、実の兄を恨んでいた桐子や酷いイジメに遭っていた智世のことが思い出された。
もしかしたらイリアが知らないだけで、他の子も多かれ少なかれ心の闇を抱えていたのかもしれない。
愛衣はクスッと笑って付け加える。
「そして処女でなければならなかったの」
「あ!」
だからあの子達は入っていなかったのだ。
この撮影会に参加していなかったメンバーが何人か居た。
人気のある子だったのに変だなと思ってはいたが、まさかそんな理由があったとは……。
敏美が仏頂面で尋ねる。
「で、どうするの? 親衛隊に入るのを拒否する?」
イリアは諦め顔で首を振る。
「いいえ。拒否したら、やり直しになるだけでしょ?」
敏美はニヤリと笑う。
「その通りよ。次は誰が生き残るか分からないけど、決まるまで続けるわ。この舞台をリセットしてね。勿論、記憶も消される。だけど、13回が限度だけどね」
イリアは覚悟を決めたように頷く。
「もう沢山よ。このままでいいわ。でも……」
愛衣はイリアの言葉を遮る。
「他の子達の仇をとるとでも?」
図星だったのかイリアが戸惑う。
「そ、それは……」
愛衣が突然、声に出して笑いだす。そしてイリアの肩に手をかける。
「いいわ。ついてきなさい」
その瞬間、イリアの視界が歪んで回り出した。
急速にバランス感覚が失われ、周囲の空気が一気に冷え込んだ。
気絶しそうになりながらイリアは、すべてを受け入れようとしている自分を客観的に評価しているような気持ちになった……。
* * *
船着き場では『引風』こと冥界の運び屋『インプウ』が運んできた女の子達が集まってワイワイと出航を待っていた。
自慢の巻き髪を指で弄りながらお嬢様の玲実が「もっと立派な船が良かった」と、口を尖らせる。
その言葉に双子の望海と梢が同調する。
「確かにショボイよねえ。せめてクルーザーとか」
「贅沢言わないの、お姉ちゃん。けど、ちょっと物足りないかな……」
眼鏡の利恵はパタパタと手で扇ぎながら詩織と話している。
「暑いわねえ。もう1回、日焼け止め塗っておいた方がいいかしら」
「そ、そうだね。ク、クリームあるよ。つ、使う?」
「あら。ありがとう」
ツインテールの桐子は海風を浴びて「ういい、気持ちいいねえ」と、目を細める。
グラマー野乃花とヘソ出し乙葉はベタベタとくっついて、じゃれ合っている。
「乙葉ちゃんのビキニ楽しみだヨ!」
「ちょっと! それ、遠回しな自慢? 自分が胸でかいからって」
「そうじゃないヨ。純粋な好奇心だって」
「悪かったわね。胸、無くて」
そう言って乙葉は怒ったフリをする。
スナックをボリボリ食べる、ぽっちゃり和佳子をヘレンが咎める。
「ユー、食べ過ぎじゃないの? 撮影前なのによく平気ね」
「平気平気。ストレスが無ければ余分なカロリーは摂取されないって、おばあちゃんが言ってた」
「リアリィ? 聞いたことがないわ」
女の子達の様子は、イリアの目にはデジャヴのように映る。
だが、彼女達にはイリアや愛衣達の姿は見ていないようだ。
唯一、インプウがこちらの存在に気付いて軽く会釈をした。
イリアがポツリと呟く。
「まさかこの後……」
それを聞いて愛衣が首を振る。
「いいえ。撮影会をして戻って来るだけよ。勿論、行先はあの島じゃないわ」
敏美は冷めたように言う。
「この子達にもう用は無いもの」
12人の少女達は順番に貸切りの小船に乗り込んでいく。
その時、ベレー帽の智世がハッとして立ち止まり、振り返った。
そして何かを見つけたようにこちらを凝視して微かに首を傾げた。
そんな彼女を乙葉が「早く乗ってよう」と急かす。
もしかしたら瞬間記憶を持つ智世の特殊な目には、自分達の姿が写っていたのかもしれないとイリアは思った。
* * *
―― エピローグ
ウォーミングアップ中の太陽は、ほのかな熱気を、まんべんなく洋上にもたらしていた。
大ざっぱな波は、まるで牛の腹のように膨らんでは縮みを定期的に繰り返している。
絶えず甲板になだれ込む風は、陽気を押しのけて潮の香りを、やたらと擦り付けてくる。
出航して30分ほど経っただろうか。
大した揺れではないが、やはり何人かは船酔いしてしまったようだ。
甲板に出て、手すりにもたれ掛り、海の青と空の青を見比べていたモエが熱心に絵を描くベレー帽の智世に気付いた。
気になったので近付いて話し掛けてみる。
「なにしとるん?」
スケッチブックに集中していた智世がハッと顔を上げて絵を隠そうとした。
モエがそれを覗き込みながら感心する。
「お! アンタ、絵うまいんやな」
「そんなことないよ……」
「隠さんでもええやん。めっちゃ上手いで。ホンマに」
「あ、ありがと……」
そう言って顔を赤らめた智世が手をどかして絵を露わにする。
そこにはハルバードを手にしたイリアの凛々しい立ち姿が見事に描かれていた。
それは写真かと見間違うようなリアルさだった。
モエが首を捻る。
「ん? 誰や? これ」
「いや、誰って訳じゃないけど、さっき港で……」
「キレイな子やな。けど、何で目の部分が黒いねん」
確かにモエが指摘する通り、絵の中のイリアは白目と黒目の部分が逆転していた。
そのせいで悪魔か魔女を描いたように見える。
だが、その表情はこの初夏の陽気のように、とても穏やかだった。
『十五少女 異世界漂流記』 【完】
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また、この世界観を自分でも漫画で見てみたいという願望から「アース・スターノベル大賞」に応募しました。応援していただけると幸いです。




