第55話 雪の町に集う少女達
ヘレンに油臭いと言われたので、望海と梢は交代でシャワーを浴びることにした。
正確には衣服に付着したガソリンの匂いなのだが、そのことについてヘレンは何も追求しなかった。
先にバスルームに入った望海が一通り全身を洗い終わったところで、梢が声を掛ける。
「ね、お姉ちゃん」
「なに? もうちょっと待ってよ」
「なんでホントのこと言わないの?」
梢の質問に対し、望海がシャワーのお湯を止めて振り返る。
その冷めた表情に梢がたじろぐ。
「お、お姉ちゃん……」
望海は濡れた髪を雑に掻き上げると「分かってる」と、吐き捨てた。
梢は恐る恐る尋ねる。
「ヘレンちゃんは気付いてるよね? あの火事にアタシ達が関わってるってこと」
「たぶんね」
「だったらホントのことを伝えた方が良くない?」
しかし、望海はそれを無視する。
「ね。タオルちょうだい」
梢はバスタオルを裸の望海に渡しながら続ける。
「言わなくていいのかな? アタシ達がしちゃった酷いこと」
望海はバスタオルを引っ手繰りながら「酷いこと?」と、聞き返す。
声のトーンが低い。明らかに不機嫌そうな言い方だ。
それに負けじと梢が口を尖らせる。
「そうだよ。罠にかけて焼き殺そうとするなんて酷いことだよ……」
「ふぅん。まるで他人事だね。アンタも同罪なのに」
「え? そ、それはお姉ちゃんが手伝えって言うから……」
「またそうやって逃げる。ホント、使えない妹」
バスタオルを頭から被った望海は、その隙間から冷たい目で梢を睨んだ。
「うっ……」
望海の言葉は梢の胸に突き刺さった。
思い当たる節がありすぎて反論できないのだ。
望海は濡れた手で梢を押しのけるとバスルームから出て、タオルで頭をゴシゴシ擦った。
そして「さっさと入れば?」と、言い残してリビングに向かった。
リビングではヘレンがクラッシック音楽を聴きながら紅茶を飲んでいた。
髪を拭きながら望海が尋ねる。
「何の音楽?」
「ラフマニノフ。ピアノ協奏曲ね」
「そういうの好きなの?」
「他に聴くものが無いから」
「その割に詳しいじゃない。アタシなんか何の曲か全然わからないもの」
「詳しいって程じゃないわ」
そう言うヘレンは寛いでいるように見える。
望海はイライラしながら髪を乾かす。
会話が無い中でピアノの複雑な旋律が室内に充満した。
フル稼働する暖房具のおかげで寒くは無い。
しばらくしてヘレンが思い出したように口を開く。
「玲実だっけ? 放っておいていいの?」
ヘレンの質問に望海は首を振る。
「いいのよ。どうせ手遅れだと思う」
「ジーザス。でも、冷たいわね。フレンドじゃなかったの?」
「分かんない。ツルんでたのは事実だけど。ホントに仲が良かったどうかなんて……」
そう言って望海は首を竦める。
ヘレンはそれ以上深く追及してこなかった。
望海は仲間を見捨てたことを非難されると思っていたのでヘレンのクールな反応に拍子抜けした。
むしろ、その反応の無さに対して正直に話さなくてはならないような気がした。
なので、望海は利恵達と対立するようになってしまった経緯について自白した。
ぽっちゃり和佳子との確執。
和佳子の死とコの字型作戦の実行。
「作戦を立てたのはアタシなんだけど、結局は大失敗だった……」
そして最後にこう付け加えた。
「武器以外では死なないなんて……それを知ってたら、こんなことには、ならなかった。これじゃ、玲実ちゃん、無駄死にだわ」
ヘレンは黙って説明を聞いていたが、望海の口ぶりに軽く嫌悪感を示した。
「無駄死にって、あんまりな言い方ね。ユーにも責任はあるはずなのに」
「それは認める。見通しが甘かったわ。そのせいで玲実ちゃんが殺られてしまった……」
「自覚はあるようね。それで、どうするつもり? リベンジは?」
「復讐するつもりは無いわ。けど、あのメガネ女は倒したい。殺されたくないから」
望海は仇を取るつもりは無いらしい。
どちらかというと利恵の追撃をどう交わすかで頭が一杯のようだ。
ヘレンが溜息をつく。
「そう。私も乙葉達に命を狙われているからユー達と同じ境遇ね」
「ああ、そういえばそうだっけ? ヘレンは何であの子等と、そういうことになっちゃったわけ?」
「ノー、それは言いたくない。話せば長くなるから。それにどっちが悪いかなんて、今となっては何ともいえないわ」
それは繰り返し自問した結果だ。
発端は、食料を持ちだそうとしたモエを咎めた時のイザコザだった。
ヘレンは威嚇のつもりで撃っただけなのに、顔に大きな傷をつけられた。
仕返しにと思って矢倉に立てこもったものの、誤って野乃花を撃ってしまったのは自分のミスだった。しかも、結果的に彼女を死なせてしまった。
モエに復讐するつもりだったのに……。
それは不幸な出来事ではあったが自分に非があることは明白だ。
言い訳するつもりはない。だが、明確な殺意があった訳ではない。
それが唯一の良心だった。
そこに風呂から出てきた梢が合流する。
梢は望海の様子をチラ見して次にヘレンを見た。
そして2人と距離を置くように部屋の隅にあった椅子に腰かけた。
望海がヘレンに向かって尋ねる。
「ねえ。ところで能力って何? 武器と一緒に移転するとか言ってなかった?」
ヘレンは冷静な口調で答える。
「ああ。それね。武器とセットになっているスペシャルな戦闘能力よ」
望海は目を丸くする。
「戦闘能力? 何それ? 具体的にはどういうもの? ヘレンも持ってるんでしょ?」
「うーん。ミーの場合、暗闇で目が効くようになったのは自覚してるんだけど」
「で、移転で得た能力は? 槍と一緒に貰ったんでしょ?」
「それがハッキリしないのよ。野乃花って子の持ってた能力が何なのか未だに分からない」
「へえ、そうなんだ」
「そういうユーはどうなの?」
「アタシ? アタシは……もしかしたらなんだけど、一時的に凄く速く動けるの。なんか相手の動きが止まって見える、みたいな?」
「ワオ! それって一種のゾーンなんじゃない?」
「ゾーン? 何それ?」
「極限まで集中した時に発揮される能力よ。時間が止まったように感じられるの。一流のアスリートは持ってるらしいわ。いわゆるビッグプレイが出る時がそれなんだって」
「ああ……なるほどね。けど、それが続かないんだよね。困った事に」
「それは仕方が無いわ。能力の効果はリミットがあるもの。それに再度、発揮するにはインターバルが必要みたいだから」
「え? そうなの?」
「イエス。私の能力は分かり易いから気付いたんだけど。数えてみたら、効果時間は13秒。インターバルも約13秒が必要みたいね」
「そっか! だから連続して使えないんだ。けど、アタシの能力は13秒も続かない……」
「オウ。だったら、効果時間は能力によって異なるのかもしれない」
望海は合点がいったという風に頷いた。
「インターバルは13秒か」
ヘレンが会話に入ってこない梢に向かって尋ねる。
「ところでユーは? 能力を自覚してる?」
急に話を振られた梢が首を振る。
「わ、分かんない。てか、アタシは殆ど戦ってないから……」
そこで望海が代わりに考えを口にする。
「もしかしたら梢のは、危険を察知するっていうか回避する能力なんじゃない? だって、あの槍みたいなのが火の中から飛んで来た時。アレに気付いたのは、それのおかげだよ」
「え? そ、そうかなぁ……」
望海はニヤリと笑う。
「危険回避能力。それなら使えるわね」
「ちょっと、お姉ちゃん! 何考えてるのよ……」
「いや。今後その能力が重要になるかもね」
「やだなあ……そんなの」
「あれ? そういえばアンタ、武器は? さっき持ってなかったよね?」
望海が思い出したようにそう言ったので梢が小さく首を振る。
「落としてきちゃった。逃げる時に」
「は? マジで? まさか、あの燃やした建物のところで?」
「たぶん、そうだと思う」
「バッカじゃないの! どうすんのよ!」
「そんなに怒らないでよう。だって逃げるのに必死だったから」
「困ったわね。取に行くにもメガネ女が……」
そんな双子のやりとりを眺めながらヘレンは冷めた紅茶を飲み干した。
* * *
町中に入ってきたという感はあった。
煙が立ち昇る場所まではまだ距離がありそうだ。
だが、モエと乙葉は雪に苦戦しながらも真っ直ぐに目的地へ向かった。
足に絡みつく雪にモエが閉口する。
「なんやねん。この雪。やっぱ歩きにくいわ。こんな大雪、ウチの住んでる所では有りえへんで……」
そこで、へそ出し乙葉が「しっ!」と、モエの言葉を遮った。
モエが顰め面で黙る。
乙葉は無言で前方を指差す。
その方向に目を遣ったモエが「あ!」と、声を漏らす。
乙葉の顔が険しくなる。
「足跡……この先に誰か居る」
足跡は複数名のものと思われる。
家の並びに沿って足跡が左方向から前方の曲がり角まで続いている。
足跡のある場所まで進んで乙葉は良く観察する。
この足跡はどちらから来てどちらに向かっているのだろう?
乙葉は推理する。
「形からすると左方向に向かってるみたい。イマイチ確信が持てないけど」
「せやな。試しに行ってみよか?」
乙葉はショットガンを握り直す。
「うん。気付かれないように慎重に行こう」
この先で待ち伏せされているとか、建物の中から見られるとかは考えなかった。
とにかく、あてもなく雪に埋まりかけた町をうろつくよりは、誰かを見つけるのが先だと思ったのだ。
しばらく足跡を辿って2人はある家に目を付けた。
この辺りでも比較的大きな家だ。
乙葉が立ち止まって周囲を警戒する。
それに倣ってモエもキョロキョロする。
乙葉は、じっと前方を見据えて頷く。
「うん。足跡はあの家に続いてる。恐らく中に居るはず」
「で、どうするんや? 仲間に入れて貰うんか?」
「まさか。気付かれないように接近する」
「なんでや?」
「みんな敵だから」
乙葉の言葉にモエが息を飲む。彼女の目は真剣そのものだ。
乙葉は目的の家に真っ直ぐには向かわず途中で左手に回った。
そして、隣の家を経由して庭から侵入を試みた。
敵地に潜入するような具合で2人は目的の家を偵察する。
庭に入った時点で誰かが居ることを確信した。
なぜなら音楽が微かに伝わってきたからだ。
にわかに緊張が高まる。
そこで二手に別れて乙葉が時計回りに、モエが反時計回りに家を半周する。
そして裏に回ったところで合流。
小声で報告し合う。
乙葉が首を振る。
「ダメ。中の様子は分からなかった。侵入できそうな箇所は一箇所見つけたけど」
それに対してモエは何かを見つけたようだ。
モエは軽く咳払いをして、ゆっくりと言葉を選ぶ。
だが、結局、出た言葉が「おるで」の一言だった。
モエの表情から乙葉は察した。
「もしかしてヘレン?」
「そうや。双子も一緒や」
それを聞いて乙葉が歯軋りする。
「あの女、いつの間に仲間を……」
「どうすんねん。2対3やで?」
「油断してるところを襲うしかないね。待ち伏せするとか」
「本気か? このクソ寒い中、どこに隠れるっちゅうねん。それにあいつ等、家の中から出てこおへんかもしれんで」
「それならそうで叩きだす。家に火をつけてでも外に出るように仕向ける」
「おいおい。無茶言いよるな……」
「とにかく奇襲するしかない」
そう言って乙葉はショットガンの銃身を撫でた。
それを見てモエが唾を飲み込む。
そして左手の戦斧を見る。
その刃に映った自らの目を見てモエは小さく身震いした。




