第53話 形勢逆転
駐車場の惨状に、お嬢様の玲実が唖然とする。
熱気に当てられて顔が火照り、轟音に意識を縛られる。
黒煙と炎の嵐。そして連鎖する爆発音。
ムクムクと湧き出す黒煙は、まったく勢いが衰えない。
凄まじい燃え方だ。
その爆発的な拡がりは町中を焼き尽くすつもりのように感じられた。
玲実のグレネード弾は雪に隠した携帯タンクを誘爆させることになった。
自らがもたらした結果の重大さに玲実は震えた。
一方、この作戦を立てた望海は呑気なものだ。
「ガソリンて凄く燃えるのねぇ。タンクを仕込んでおいて正解だわ」
望海はワクワクしているようにも見える。
彼女は飛んで来る火の粉に大げさに驚いてみたり、迫ってくる黒煙を嬉々として避けたり、その様子は波打ち際ではしゃぐ子供のようだ。
玲実は恨めしそうに望海の横顔を見る。
だが、何も言えなかった。
そこに建物の裏口から脱出してきた梢が合流する。
梢は強張った表情で業火を眺めながら言う。
「お姉ちゃん、やりすぎなんじゃないの?」
望海は満足気に笑う。
「中途半端じゃダメなのよ。さすがに、くたばったでしょ。あのメガネ女! アハハハ」
だが、梢と玲実は笑えなかった。
望海は胸を張る。
「作戦勝ちだわ。苦労したかいがあったわね!」
委員長の利恵を、ここまで誘導したのは望海。
そして建物の奥に誘い込む為に玄関口で待機していたのは梢。
それは双子ならではのトリックだった。
利恵は梢を望海と誤認して、まんまと罠だらけのコの字型建物の中庭に誘い込まれてしまったのだ。
ところが高笑いする望海に向かって何かが『シュッ!』と、飛んで来た。
梢が「危ないっ!」と、姉を突き飛ばさなければ確実に当たっていた。
何が起こったか分からずに望海が、きょとんとする。
そして、積雪に突き刺さったものを見て「なっ!?」と、目を剥いた。
炎の中から飛んで来た物体。
それは見覚えのある三つ又の鉾だった。
望海が驚愕する。
「な、な……なんで? 嘘でしょ? まだ生きてる!?」
業火の向こう側から飛んで来たトライデント。
それは利恵の生存を意味するものだった。
3人の視線がトライデントに集中する。
茫然としていると『ボフンッ』と、それが消失した。
益々、意味が分からなくなって3人が顔を見合わせた時だった。
背後から火の粉が、まとまって降ってきた。
そして『ブンッ!』と空気を裂く音と熱気を察知して3人は同時に振り向いた。
「あっ!!」と、悲鳴をあげたのは玲実だ。
そして『バキャッ!』という、やや鈍い音がして玲実が「ぎっ!!」と、真横に吹っ飛んだ。
「なっ!?」と、望海が玲実を吹き飛ばした相手を見る。
そして絶句した。
そこには炎の渦から飛び出してきた利恵の姿があった!
鬼の形相で3人に対峙する利恵は全身が真っ黒だった。
制服は焼け焦げ、肌は煤≪すす≫で真っ黒だ。
メガネは少し変形している。
そのくせ白目の部分はしっかりと3人を見据えている。
利恵はハンマーを構えて言う。
「やってくれたわね」
梢が「あっ……ああ……」と、腰を抜かす。
玲実はハンマーに脇腹を痛打され、うずくまる。
望海は顔を引きつらせながら後ずさりする。
利恵は3人をギロリと睨むと宣言した。
「覚悟してもらうわ。そっちがそういうつもりなら遠慮しない!」
しかし、真っ黒に汚れた利恵の表情は読み取れない。
ただ、その低い声は猛烈な怒りを何とか抑え込んでいるように聞こえた。
利恵はハンマーを持ってジリジリと間合いを詰めてくる。
誰を狙っているのかは分からない。
だが、その圧力は3人の動きを奪った。
まるで最初に動いた者を討つといった風に感じられる。
そのプレッシャーに耐えらなくなった梢が「あああっ!」と、電撃棒で利恵に殴りかかった。
「フンッ!」と、利恵がハンマーのヘッドを突き出してそれを受ける。
『カンッ!』と、金属がぶつかり合う。
ワンテンポ置いて『バリバリバリ!』と、梢の電撃が炸裂した。
電撃は梢の棍棒からハンマーに伝わり、利恵を痺れさせた。
「ぎゃっ!」と、利恵が絶叫する。
強い電気に打たれて身体が硬直する。
そしてハンマーを落としてしまう。
その隙に望海が「今よ!」と、梢の手を引く。
望海は呆然とする梢の腕を強引に引っ張り、その場を離れようとする。
背後で「待って」と、お嬢様の玲実が助けを呼ぶ声がした。
だが、それに構っている余裕など無い。
望海は必死で妹を引きずるように逃げる。
とにかく、戦っても勝ち目は無いことは明白だった。
望海にとってあの罠で仕留められなかったのは誤算だった。
それよりも、あの業火の中でダメージを負っていない利恵に心底、恐怖した。
置いていかれた玲実は望海達の背中を恨めしそうに見送ると、いったん目を瞑った。
そして、カッと目を開くとグレネードをしっかりと握った。
続けて、しゃがんだままの姿勢で銃口を利恵に向ける。
「いやああああっ!」
玲実は叫びながら引き金を引く。
が、いかんせん距離が近すぎた。
弾丸が利恵の脇をすり抜けて飛んでいく。
利恵は顔色一つ変えずに玲実に接近してくると、軽くハンマーを振るった。
『ガギン!』と、ハンマーヘッドが玲実のグレネード・ランチャーを叩き落とす。
腕の痺れを堪えながら玲実が利恵の顔を見上げる。
「あ、あ……」
そして彼女の異様な姿に言葉を失った。
真っ黒に汚れていた利恵は、いつの間にかプロテクターのような物を肩と腕に装着している。
その肩当てと籠手には煤が付着していない。
プラチナのように綺麗な色をしている。
まるで全身に墨を浴びた後でそれらを取り付けたみたいに防具だけが汚れていない。
メガネの位置を直しながら利恵は尋ねる。
「直ぐに止めを刺さなかった理由が分かる?」
その言葉の意味がまったく理解できずに玲実はプルプルと首を振る。
利恵は口角を上げて自ら答えを示す。
「それは、あなたの能力を確かめたかったからよ」
「え? え? 意味がわからない……」
ようやく言葉を発した玲実だったが、本当に質問の意味が掴めなかった。
「もういいわ。サヨナラ」
そう言って利恵は自らの痣をタップしてトライデントを宙に出現させる。
そして祈りを捧げるみたいに目を閉じる。
その何ともいえない間が玲実の恐怖心を煽った。
「い、いやだ……」
玲実は何とか立ち上がる。
そして覚束ない足元を気にしながら、逃げる方向を探ろうと視線を泳がせた。
だが、その瞳には、まるで投球動作のように腕を後方に引く利恵の姿が映った。
そして次の瞬間、利恵の放った三つ又の槍が『ザクッ!』と玲実の胸を貫いた!
まるで肺を串刺しにされたかのように、それは深く、絶望的な痛みとなって玲実の呼吸を停止させた。
* * *
ステレオでクラッシック音楽を鑑賞していたヘレンは爆音に気付いて顔を顰めた。
「ワッツ? 何なの……」
チェアから身を起こして、飲みかけの紅茶を飲み干す。
そしてレコードを止めた。
様子を見るために家の外に出る。
外は相変わらずの銀世界だ。
しんと静まり返っている光景に、耳を澄ますまでもなく爆発音が聞こえた。
「あっちだわ」
見ると9時の方向に黒煙が立ち上っているのが目に入った。
時折、聞こえてくる爆音はそこからもたらされたものだと知る。
「町はずれの方角ね……」
ヘレンは少し考えてからいったん屋内に戻ると、ライフル銃を背に、その方向へ向かうことにした。
家を出て、しばらく通りを真っ直ぐに進む。
黒煙の位置を確認しながら向かう方向を調整する為に次の角を曲がろうと考えた。
と、その時、建物の角から突然、望海が姿を現した。
「オウ!」と、ヘレンが声を上げたのと同時に望海も「うわっ!」と足を止める。
望海はかなり慌てている様子だ。
彼女の後からは妹の梢が顔を出す。
ヘレンが怪訝そうに双子の顔を見比べる。
「ユー達……あの煙は何なの?」
丁度、双子が来た方向の先に問題の黒煙が上がっている。
望海が幾分かホッとしたような表情で答える。
「駐車場が燃えてるのよ。火事になりそうな勢いで」
火を放った張本人のくせに望海は他人事のようだ。
「ホワイ、ユーはそんなに慌てているの? 現場からは、だいぶ離れているけど?」
ヘレンの質問に梢が「そ、それは……」と口ごもる。
そこで望海が説明する。
「あそこに居たら殺されてしまうからよ」
「リアリィ? 殺されるって誰に?」
「利恵よ。たぶん、玲実ちゃんは、もう殺られた。このままだとアタシ達も殺される」
望海の説明に梢は違和感をもった。
本当は火を放って利恵を殺そうとしたのは自分達なのに、まるで被害者のような口ぶりだ。
「アンビリーバブル! 利恵って、あの真面目そうな眼鏡の子?」
「そうよ。ハンマーと変な槍を持ってる」
「分からないわね。なぜユー達と利恵がそんなことになってるのか……」
望海が懇願する。
「ねえ、ヘレン。お願い。そのライフルで利恵を撃って!」
「ホワイ? なぜミーが?」
「同盟、結んだじゃない。助けてよ!」
「ノー。それは出来ない。理由が無いわ。それに同盟なんて考えてない。私は一人で大丈夫だから」
ヘレンの回答に望海は小さく舌打ちした。
そして何とかヘレンを味方に引き入れようと思案する。
梢は不可解そうな顔つきで姉とヘレンのやりとりを黙って聞いている。
望海は苦し紛れに言う。
「でも、このままだと、いずれ利恵はアナタのことも狙うわ。あの子、普通じゃないもの。誰かれ構わず襲うつもりよ」
「イズザットソォ? 理由もなく人を殺す? そんな子には思えないけれど。ユー達が何かしたんじゃないの?」
ヘレンの指摘に望海が悔しそうな表情を見せる。
「でも、先に闇討ちしてきたのはアッチなんだもん。こっちは反撃しただけだよ」
「そうだとしてもミーが彼女を撃つことに正当な理由は無いわ。それに玲実も殺されたとか。だとしたら、ミーの手に負える相手ではなくなっているかも……」
「え? どういうこと? 武器を複数持ってるから敵わないってこと?」
望海の質問にヘレンは一呼吸おいてから頷く。
「ええ。武器だけじゃない。能力も得てるはずだから」
ヘレンの言葉に望海がきょとんとする。
代わりに梢が尋ねる。
「能力? 何それ?」
ヘレンは冷静に答える。
「どうやら武器の持ち主には、それぞれ固有の能力が芽生えるらしいの。それも戦いが有利になるような超人的なものよ。それが武器の移転とともに移るみたいね」
そこで望海が憤る。
「何ソレ? 聞いてない! てか、ヘレンはそれ、知ってたの?」
「ノー。最近知った。イリア達に教えられたの。だから南風荘の裏でユーに会った時点では定かではなかったわ」
望海はそれを聞いて唇を噛む。
そしてしばらく考えた後に首を振る。
「そんなことって……益々、厄介だわ」
驚き落胆する双子の顔を見比べながらヘレンが付け加える。
「それともうひとつ。これもイリア達から聞いたのだけど、この世界では武器でしか死なないそうよ。おそらくアクシデントで死ぬことは無いはず」
ヘレンが明かした衝撃の事実に望海が「そんな……」と、座り込む。
梢は天を仰ぎ、大きな溜息をつく。
「ホワット? ユー達、どうしたの?」
「いや、何でもない」
望海はそう答えるのが精一杯だった。
武器以外では死なないという信じがたい事実。
だが、あの業火の中で利恵は生きていた。
あれを見せつけられては信じるしかない。
ヘレンは思い出したようにブルっと身を震わせると2人についてくるよう促した。
「OK。匿ってあげるわ。こんな所で話し込むんのもなんだし」
ヘレンの言葉を聞いて望海と梢は少し安心したように顔を見合わせた。
幸い、今のところ利恵が追ってくる気配は無かった。




