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十五少女異世界漂流記【改】  作者: GAYA
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第51話 あの子の言葉

 翌朝、望海に叩き起こされた玲実と梢が連れて来られたのは、町はずれの建物だった。


 雪に埋もれた町は、どこも同じように見えてしまうので方向感覚が狂ってしまう。


 望海は「ここだよ!」と、振り返ってドヤ顔を見せる。


 だが、梢は首を捻る。

「ここがどうかしたの? なんかの施設?」


 正面には鉄筋の二階建てがカタカナの『コ』の字型に配置されている。

 学校のようで役所か会社のようにも見える。


 奥の建物の中央が玄関のようだが、駐車場の雪が深くて、そこまで辿り着くのが大変そうだ。


 駐車場には何台か車が停まっているが、ボディの半分以上が雪に埋まっていて、どんな形なのかどころか色すら判別できなかった。


 望海が奥の建物を指差しながら胸を張る。

「どうよ? あそこに誘い込むんだよ。いい考えでしょ!」


 望海が何を意図しているのかさっぱり分からない。

 梢は困惑した。

「お姉ちゃん、そろそろ説明してよ。何がしたいの?」


 そこで、お嬢様の玲実が不安そうな顔で望海の顔を見る。

 昨日から玲実は殆ど喋らない。

 そのせいでこのグループの主導権は完全に望海に移っていた。


 望海は手にしていた缶を持ち上げてニヤリと笑う。

「これを仕掛ける」


 望海の手には昨夜持ち帰ったガソリン入りのミニタンクがあった。


「は? お姉ちゃん、正気? てか、何の為に?」


 妹の質問に望海は真顔で答える。

「敵を倒す為に決まってるじゃない。これぐらいしないと不利だからね」


 玲実が「敵……」と、呟く。


 望海がニヤリと笑う。

「そうよ。これは玲実ちゃんを守るためでもあるの。攻撃こそ最大の防御って言うじゃない。誰が言ったか知らないけど」


 梢が軽く溜息をついて姉を睨む。

「なんでそれが玲実ちゃんを守ることになるのよ!」


「それは……ブタ女を殺っちゃったからよ」


 そこで玲実が驚いて顔を上げる。

 そして無言で何度か首を振る。


 望海はその様子を見て説明する。

「そうね。正確には直接、殺したわけじゃない。けど、相手はそうは思っていないわ。ブタ女が死んだのは玲実ちゃんのバズーカ砲にやられたって。きっと逆恨みしてるはずよ」


 望海が言うバズーカ砲というのはグレネード・ランチャーのことだ。


 お嬢様の玲実はショックを受ける。

「私が……恨まれる?」

 そんな言葉を漏らした玲実の唇はカサカサに乾いていた。


 望海は、わざと落ち着いた口調で「そうよ。死の原因を作ったのは玲実ちゃん。そう考えてるはずよ」と、玲実を追い詰める。


 あながちその考えは間違いではないのだが、利恵の葛藤など知る由もない望海にとって、それは単なる想像に過ぎず、玲実を支配下に置くための材料に過ぎなかった。


 梢が顔を歪めて他人事のように言う。

「そんなの理不尽だわ」


 望海は首を竦める。

「アタシもそう思うよ。でも、必ず復讐されるでしょうね。ブタ女の仲間に狙われるわ」


 それを聞いて玲実が怯える。

「そんなの嫌……どうしたらいいのよ……」


 梢も泣き出しそうな顔で訴える。

「だからといって戦うなんて駄目だよ。話し合おうよ」


 しかし、望海はピシャリとそれをねつける。

「無駄よ! 話し合いでなんか解決できっこない!」


「なんで、お姉ちゃんにそう言い切れるの? 仲間だったんだから正直に話せば……」


「甘いよ、梢は! まだ分かんないの? アイツらはアタシ達のことを敵視しているんだよ?」


「そ、それはお姉ちゃんの思い込みだよ」


「だから! ブタ女の武器。あれが無かったことが証拠よ。あれはアタシ達に武器が奪われないようにしたの。だから、自分で止めを刺したのよ」


 玲実がショックを受けたように項垂うなだれる。

「つまり、あっちは私達に武器が渡ることを阻止したってこと?」


 望海は断言する。

「そうなるわね。武器の所有権が移ることを知ってる。戦力を考えての判断よ」


 玲実はすがるような目で訴える。

「助けてよ。どうすればいいの? 教えてよ」


 その言葉を待っていたかのように望海がグイと顎を上げる。

「任せてよ。まずは、ここを踏み固めるの。奥の入口まで道を作って、それで敵を誘い込む」


 梢が怪訝そうに尋ねる。

「で、その後どうするの?」


 それに対して望海は「火を放つ」と、即答する。


「えっ!?」と、梢と玲実が同時に驚く。


 望海は駐車場を眺めながら自らの作戦を披露する。

「敵が追ってきたら奥の入口付近に誘い込む。それで先に中に入って鍵を閉める。その間にこっち側にガソリンを撒いて火を点ける。そうすれば駐車場で立ち往生することになるわ」


 望海の作戦というのは、この建物の『コの字型』の形状を利用して、敵を奥に誘い込み、手前の駐車場口を塞ぐことで閉じ込めてしまおうというものだ。


 玲実が作戦内容を理解してゴクリと唾を飲む。

「そ、それで閉じ込めたあとはどうするの?」


 望海はすっと手を伸ばして玲実の肩に手をかける。

「狙い撃ちするのよ。あなたのバズーカで」


「わ、私が……」

 玲実は眉を寄せて唇を噛んだ。

 そして複雑な表情で考え込む。


 玲実は彼女なりに葛藤していた。

 ぽっちゃり和佳子の死に繋がってしまったあの戦いを悔いている反面、命を狙われる恐怖が拭えない。


 それを見透かしたように望海が玲実の目を覗き込む。

「殺らなきゃ、殺られるよ? いずれは」


 望海の言葉は玲実に戦うことを強要しているように思えた。


 玲実はその視線を受け止めながら頷く。

「……わかった。やるわ。死にたくないもの……」


「そうよ。殺されない為にもやらなきゃ、ね?」


 望海が玲実を説得するのを見守っていた梢が顔を引きつらせる。

「ちょっと、お姉ちゃん達。なに恐ろしいこと企んでるのよ……」


 しかし、望海は妹を一瞥して言い放つ。

「梢。アンタ、なに他人事みたいに言ってんの? 殺されかけたこと、もう忘れたの?」


 望海の指摘に梢がハッとする。


 そうだ。最初に暗闇の中で襲われたのは梢だった。


 3人のうち梢が狙われたのは、たまたまかもしれない。

 だが、真っ暗な書斎で何者かに襲われて殴られかけたのは事実だ。


 あの時の恐怖が蘇る。


 望海は追い討ちをかける。

「狙われてるのはみんな一緒よ。アタシだって同じ。だから3人で力を合わせて戦わないと、みんな殺されてしまうわ」


 梢は望海の言葉を噛みしめるように「うん……」と俯いた。


 計画に参加せざるを得ないことは理解したようだ。

 しかし彼女は大きく溜息をつくとが、やるせないといった風に首を振った。


 梢のリアクションを見守ってから望海が雰囲気を変えようと明るい口調で言う。

「とりあえず、この作戦は『コの字作戦』と名付けるわ」


 玲実が首を傾げる。

「コノジ? ひょっとして、この建物がコの字型だから?」


「そうよ! さすが玲実ちゃん。察しがいいわね」


 望海はそう笑うが梢は呆れ気味に首を竦める。

「なにそのネーミング。相変わらずセンスないね、お姉ちゃん」


「うるさい。とっとと作業するわよ」


 そして3人は望海の指示で作戦準備に入ることにした。


    *   *   *


 ―― イリアは夢を見ていた。


 それは暖炉の炎を眺めながら智世と語り合っている場面だった。


 智世は、しきりにイリアのことを褒める。

 あまりに智世が褒めちぎるものだから居心地が悪くなって逆に智世のことを褒めようとする。


 だが、うまく言葉が出てこない。

 なんとか智世に対して「あなたも強い子だよ」と伝える。


 だが、智世は照れながら言う。


「私はダメだよ。見ての通り虐められっ子だし、コミュ障だから。自分で嫌になるぐらい弱虫だし……でもね。お父さんが教えてくれたの。逃げ道を選ぶのは悪い事じゃないって。それで救われた」


 夢の中の智世は饒舌だ。

「ホントは学校なんか行きたくないのにお母さんが許してくれなかった。でも、お父さんが庇ってくれたんだよね。


 絵を描く楽しさを教えてくれたのもお父さん。優しかったな。無理に学校なんか行かなくていいから好きな事をしてていいよって。私、お父さんのアトリエで毎日絵ばっかり描いてた。


 でもね、お父さんの偉いところは甘やかすだけじゃなかったことかな。

 お父さん、よく言ってた。


 嫌なことから逃げてもいいけど、それに抗うことを止めてしまったら駄目だよ。完全に諦めちゃったら行きつく先はドン底しかないからね。それを理解したうえで逃げ道を選ぶなら、お父さんは何も言わないよって」


 父親の話をする時の智世は心底、嬉しそうな顔を見せた。


 イリアはそんな彼女が羨ましくてたまらない。


 そして場面は唐突に転換して目の前にイリアの父親が現れる。

 途端に嫌な気持ちになる。逃げたくなる。


 だが、父親は執拗にイリアに触れてくる。

 それは親子のスキンシップとはいえないような気味の悪い接し方だ。


 そこに智世が助けに入ろうとする。

 彼女はハンドガンを構えてイリアの父親に警告する。


 ところが、いつの間にかそれは智世ではなく母にすり替わっている。


 助けようとしてくれているのは分かる。

 だが、忌みすべき父親は逆切れして母の首を絞める。

 それがエスカレートして、父親は刃物で何度も母を切りつける。


 やめてと叫ぶイリアの声は届かない。


 そして血まみれの女の死体。

 それが再び智世の姿にとって代わる。

 泣いても叫んでもどうにもならない。


 悔しさとやるせなさでイリアの胸が張り裂けそうになる。


 ―― そこで目が覚めた。


 気が付くと泣いていた。

 頬を伝う冷たさと朝露の湿り気でイリアは意識が孤立するのを自覚した。


 まどろみの余裕は無い。

 そして周囲を見回して昨夜と変わらない緑一色の森に辟易する。


 そこでイリアの目がある一点に留まった。


 イリアは自分の肩に寄りかかって眠っていたツインテール桐子を揺り動かす。

「ねえ、起きて」


「んあ……どうした?」

 桐子は寝ぼけ眼で大きな欠伸をする。

 そして朝露の冷たさに「ひゃあ」と驚く。


 桐子が起きたのを確認してイリアが「見て」と、ある一点を指し示す。


 イリアが指差す方向を見て桐子が目を見開く。

「あれ? 傾いてる!? 何でだ?」


 その視線の先では盛り土の上に立てた木が斜めになっていた。


 そこには智世の遺体が埋まっている。

 昨夜遅くまでかけて埋葬したのだ。


 本当はもっと深く穴を掘りたかったが、道具が無かったので止む無く土を運んで盛った。


 その際に、あとで掘り起こし易いように衣類をかけて軽く土をかけた。

 いつか救助された時のことを考えてのことだ。


 そこに目印となるよう枯れ木を差して墓標代わりにした。

 それが朝になって傾いている。


 桐子は立ち上がって墓の側まで行くと、墓標のささり具合を確かめる。

「あれ!? なんか昨日と違うような……」


 その隣でイリアも不思議がる。

「変ね……少し低くなってるような気がする」


 土の盛り上がり具合が昨晩とは異なる。

 と、その時、桐子が「ひゃっ!」と声を上げた。


「どうしたの?」


「いや、ちょっと崩れたぞ?」


「え? どういうこと?」

 そう言ってイリアが墓標の根元を覗き込む。

 そして「あ!?」と、息を飲む。


 なぜなら綺麗に固めたはずの表面にひび割れが出来ていたからだ。


 桐子は墓標を軽く揺らしながら感触を確かめる。

「見ろよ。陥没してるんじゃないか?」


 その動作で、ひび割れが他の個所でも生じる。

 あまりやりすぎると本当に崩れてしまいそうだ。


 桐子が手を止めて唸る。

「うーん。まさか死体が消えちまったとか?」


「そ、そんなバカな!」


 驚くイリアの顔を見つめながら桐子が言う。

「いや。有り得るかもよ。ここは異世界だ。死んで元の世界に戻ったって可能性がある」


 桐子の言葉が理解できずにイリアは絶句した。


「ボク達がいるこの場所は普通じゃない。なあ、考えてみなよ。そもそも、武器以外では死なないっていうのも変な話じゃないか? 実は前から考えてたんだけど、ボク達はとっくの昔に死んでいて、今の状態はあの世みたいなもんじゃないのか? 多分、撮影に向かう船で何かがあったんだと思う。事故か何かで皆が一斉に死んでしまったとか」


 桐子の説に反論できずにイリアは自らの手の平をじっと見た。


 手に着いた土はすっかり乾燥している。それが証拠だ。

 確かに昨夜、智世を埋めたはずなのだ。


 もしあれが夢か幻だというのなら、あの時流した涙は何だったのか? 


 擦り傷と泥だらけになったボロボロの手は何の為だったのか……。


 桐子が腕組みして顔を顰める。

「けど、掘り出して確かめる訳にもいかないしな……」


 そこでイリアが何かに気付いた。

「あっ!」


 イリアの反応に桐子がビクっとする。

「な、なんだよ、イリア? どうかしたのかい?」


 桐子の質問には答えずにイリアは「そうか……忘れてた」と、考え込む。

 そして顔を上げる。

「確かめる方法があるわ」


「なんだって? どうやって?」


「南風荘。はじめに殺された子が居たでしょ」


「……そうか! あの敏美としみって子だな?」


「ええ。もし、本当に死体が無くなってしまうなら彼女の遺体も消えているはずよ」


「よし! 行ってみよう」


 桐子とイリアは早速、南風荘に向かうことにした。


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