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十五少女異世界漂流記【改】  作者: GAYA
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第50話 価値観の崩壊

 なかなか風呂場から出てこない委員長の利恵を心配して、姉御の愛衣が脱衣所から声を掛ける。


「利恵さん。大丈夫?」


 しかし返事は無い。

 シャワーのお湯が跳ねる音が聞こえるだけだ。


 愛衣は、しばし考えてから軽く首を振る。

 そして、いったん脱衣所を離れることにした。


 その間も委員長の利恵は、シャワーを頭から浴びながら無心で身体をこすり続けていた。

 何度洗っても返り血は落ちないような気がした。


 洗い過ぎなのかもしれない。

 あるいはストレスのせいか、彼女の足元では抜け落ちた長い髪が大量に排水口に絡みついている。


 利恵は思いつめていた。

 今、まさに彼女の価値観が崩壊しようとしている。


 ―― 人を殺してはいけない……なぜ? 


 ―― 誰かを傷つけてはいけない……なぜ?


 幾ら考えても利恵を納得させる答えは浮かんでこなかった。


 根が真面目な彼女にとって、道徳の根幹ともいえるそれらの疑問は、単純すぎるが故に答えにきゅうするものだった。


 利恵の両親は弁護士だ。


 その為、経済的には恵まれており、彼女は何一つ不自由することなく育てられてきた。


 ただし、両親は一人娘である利恵にお金をかける一方で、優等生であることを強く求めた。


 学業だけではない。

 皆の模範となるような行動を常日頃意識すること。

 それが弁護士である両親の最低限の要求だった。


 そして、当然のように利恵は、司法の道に進むことを義務付けられ、また本人もそれを疑問に思うことは無かった。


 それは両親を心底、尊敬していたからであり、また、多忙な両親とのわずかな家族の団欒だんらんの時に褒められることを何よりの喜びとしていたからだった。


 ところが2年前、両親のダブル不倫が発覚した。


 夜中にリビングで言い争う両親の会話を偶然耳にしてしまった利恵は、しばらくその場を立ち去ることが出来なかった。


 そして何日か悩んだ末に母親に問いただした。


 ところが、開き直った母親は自らを正当化し、挙句の果てに『離婚しないのは利害関係が一致しているから』と言い放った。


 父親も似たようなものだった。

 不倫をとがめる利恵に対して父親は逆切れ気味に婚姻関係と愛情は別物であること、離婚することのデメリットを強調した。


 そして、取りつくろうように『娘であるお前のことは愛している』と付け足した。


 そんな両親に利恵は失望した。


 理想の家族だと思っていたのは利恵だけで、両親の仲は十年以上前から冷め切っていたのだ。


 自分が感じていた幸せは偽りだったこと。

 そして、弁護士である両親が平気で嘘をつき続けていたこと。


 そのせいで利恵は、何が正しくて何が間違っているのか分からなくなってしまった。


 そんな彼女の心に辛うじて安定をもたらせたもの。

 それが『ルールを守ること』だった。


 ルールの内容は何でも良い。

 それを盲目的に守ることが何より重要だったのだ。


 しかし、それが今、崩壊しようとしている。


 ぽっちゃり和佳子を手にかけてしまった時点で、利恵の唯一の拠り所が完全否定されてしまった。


 確かにそれは武器と能力を敵に渡したくないという和佳子が望んだことだった。

 利恵は、その願いを受け入れただけに過ぎない。


 しかし……自らの手で和佳子の命を奪ったという事実は変わらない。

 それは重大なルール違反だ。


 そうなると、自我の崩壊を避けるためにはルールを変えるしかない。

「仕方がなかったんだ。ああするしか方法はなかった……」


 自分を正当化するには相手を貶めなければならない。


「私は間違っていない……悪いのはあの子達……」


 熱いシャワーを浴びながら利恵は思い出す。

 それは自分が和佳子に止めを刺した場面ではなく、和佳子を死に追いやった玲実達の姿だった。


 ふと左肩に浮き出た痣に目が留まる。

 それは和佳子を死なせてしまった直後にできたものだ。


 猛烈な発熱と痛み。

 それが十数秒続き、それが収まった時にこの痣が現れた。

 それは罪を示す刻印のように思われた。


 利恵は無意識に痣を2度叩いた。


 すると『スパァン!』という音と共に目の前にトライデントが出現した。

 それはまさに和佳子が使っていたものだ。


 突然の出来事に一瞬、利恵は身を引いた。

 だが、目は反らさなかった。


 トライデントという三又の凶悪な矛先を持つ武器を見ていると、玲実達との戦いが脳裏によみがえる。


 殺意が芽生える。

 それが形となってはっきり認識できるように感じられた。


 それと引き換えに、すっと肩の荷が下りるようにモヤモヤが去り、目的がクリアになった。


 ―― 義務感。それは必ずやらなくてはならないこと。


 ―― 復讐。それは和佳子の思い。


 憎しみの連鎖だとか復讐は何も生まないだとか、そんなものは、あの仮面夫婦の家族ごっこよりもずっと嘘くさい戯言ざれごとだ。


 利恵は、湯にうたれるトライデントを拾い上げた。


 その重みには和佳子の願いが込められているような気がした。


 シャワーを止めて改めてトライデントを握り締める。

 だが、それは無情にも『ボン!』と消失してしまった。


 その時、愛衣が「利恵さん、大丈夫……」と、服をきたまま風呂場に入ってきた。


 そして利恵の姿を見て「利恵さん!」と、目を見開いた。


 愛衣の驚く様を見て利恵が首を傾げる。

 そして自らの異変に気付いた。

「え? 何これ?」


 利恵の肩にはプロテクターのような防具が装着されていた。

 それは武器に施された装飾と対になっているように見える。


「利恵さん……それは……」

 そう言って愛衣は利恵の裸に見入った。


 確かにそれは奇妙な格好だった。

 裸なのに利恵の両肩には戦士のような肩当て、手首から肘にかけて剣道の籠手こてのようなものが装着されている。


 あまりに愛衣が真剣に見るので利恵は急に恥ずかしくなってしまった。

「ちょっ! やだ! 愛衣さん!」


 ところが利恵が素に戻ったところで不思議な防具はスッと色を失うように消えてしまった。


 それを見て利恵は訳が分からないといった風に首を傾げた。


 愛衣も首を竦めて苦笑する。

 そして利恵に風呂を出るよう促した。

「湯冷めしてしまうわ。早く着替えた方がいい」


 利恵は頷いて風呂から上がろうとした。

 そして先ほど自分に現れた変化について考える。


 おそらくあれは、和佳子のメッセージなのだろうと。

 そして、和佳子の能力を受け継ぐということは、彼女の無念を背負うことになるのだと。


 ぽっちゃり和佳子が残した武器、彼女の能力を継いだ証だと思われる謎の防具。


 利恵は覚悟した。もう後戻りはできない。


 ルールを破ってしまったという事実は消えない。

 仲間を手にかけてしまったという事実も……。


    *    *    *


 お嬢様の玲実は、梢が入れてくれた紅茶を飲みながら毛布にくるまっていた。


 室内は十分に暖まっているはずだが玲実の震えは止まらない。


 ソファの上で毛布を被って体育座りをする玲実。

 自分のしでかしたことに今更のように怯えているようだ。


 玲実のグレネード・ランチャーで撃たれたぽっちゃり和佳子は死んだ。


 とどめを刺したのは玲実ではないが、彼女の死の原因を作ったのは自分だという自覚があった。


 梢は玲実の様子を眺めながら困り果てていた。

 室内に望海の姿は無い。


「お姉ちゃん、どこ行ったんだろ……こんな時に」


 玲実に話しかけても、まともな返事は帰って来ない。

 かといって望海はどこかに行ったきりだ。


 もともと小心者の梢にとって今日の出来事はあまりに酷すぎた。

 そのせいで罪悪感や、これからどうなってしまうのかという不安で精神的に参っている。


 あんなことがあっても平気な姉に対する不信感もある。

 本当は誰かと話したくてしょうがない。

 だが、玲実はあの調子で話し相手にはならない。


 梢は感情のコントロールが出来ず、イライラを募らせていた。


 その時、勢いよく玄関のドアが開けられる音がした。


 梢が立ち上がって玄関まで姉を迎えに行く。


 そして雪まみれになった望海の姿を見て驚きながら文句を言う。

「お姉ちゃん! どこ行ってたのよう!」


 望海は片手で雪を払いながら「ゴメンゴメン」と、大して悪びれずに入ってくる。


「ああ、温かい。生き返るぅ♪」

 そう言って望海はニッコリ笑う。


「もう。どこで何してたのよ? こっちは玲実ちゃんが塞ぎこんで大変だったんだから」


「そう。まだ駄目か……」

「うん。ずっとあの調子。話しかけても返事なし」


「まあ、人を殺しかけたんだから仕方ないわね」

「ところでお姉ちゃん。何? それ」

 梢が望海が持ち帰った物に目を付ける。


 望海は左手に重そうな缶を持っている。

 直方体の缶は赤い塗色が所々剥げかかっていた。


「ああ。これね。ガソリンよ」


 望海の答えに梢が首を傾げる。

「ガソリン? なんでそんな物?」


「この辺りの家は結構、こういうのを持ってるんだよね。灯油でも良かったんだけど、やっぱりガソリンの方がいいから」


「ちょっと何言ってるのか分かんない。お姉ちゃん、何考えてるの?」

「それは、おいおい話す。それと格好の場所を見つけたんだ。それを探してたから遅くなっちゃったんだよ」


 それを聞いて梢は閉口した。話がまったくかみ合わない。

 というより、梢には望海の意図がまるで読めなかった。

「お姉ちゃん……よく平気だよね」


 コートを脱いで髪の雪を落としていた望海が、きょとんとする。

「え? 何が?」


「昼間の事だよ! 人が死んだんだよ? 何とも思わないの?」


 そう問われて望海が一瞬、険しい顔つきを見せる。

 だが、直ぐに口角を上げて答える。

「正当防衛だけど?」


「そ、そうじゃないでしょ?」

「殺らなければ、こっちが殺られてた。結果はともかくとして」


 梢は自分がビビッてまともに戦闘に参加できなかったことを棚に上げて姉を非難する。

「でも! やっぱり良くないよ……こんなの」


 望海はそれには答えず、無言で缶を床に置くと妹を押しのけてスタスタと歩きだした。


 仕方なく梢がついていく。


 望海はリビングに入ると、その暖かさに表情を緩めた。


 そして玲実に向かって声を掛ける。

「玲実ちゃん。今日はゆっくり休んでね」


 望海の明るい口調に玲実が微かに反応する。

 梢も姉の行動に注目する。


 望海はゆっくり椅子に腰かけながら言う。

「明日は忙しくなるから。みんな今夜は早く寝よ」


 望海の言葉に梢は一抹の不安を覚えた。

「お姉ちゃん、忙しくなるって……何が?」


 すると望海は得意気な顔をみせて答える。

「アイツ等を倒す為の準備よ。考えがあるの」


 そう言って望海は何とも言えない微笑を浮かべた。


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