第5話 墓標と武器の関係性
委員長タイプの利恵を先頭とした登山組は、黙々《もくもく》と山道を登った。
利恵と姉御の愛衣、ボクっ子ツインテールの桐子は、昨日もこの山道を経験している。
一方、ぽっちゃり和佳子と金髪ヘレンは、ハイキングみたいに周囲を眺めながら山道を登る。
前を行く利恵が振り返って愛衣に声を掛ける。
「愛衣さんは無理しなくて良かったのに」
血だらけの制服を私服に着替えた愛衣が物憂い表情で首を振る。
「いいのよ。ずっとあそこに居る方が辛いから……」
彼女は妹分の敏美が惨殺されたショックのせいか表情が硬い。
そんな愛衣を見て利恵は励ましの言葉をかけようとするが思い留まる。
山道は次第に狭くなっていく。
左手には木々と茂み、右手は崖になっている。
ある程度、登ったところで神社が小さく見えた。
ツインテール桐子がそれを見下ろしながら呟く。
「昨日の神社か……」
ヘレンが同じ方向に目を遣りながら言う。
「昨日話してたやつね。妙なお墓があったとか?」
「ああ。乙葉の名前が刻まれてたんだ」
「ジーザス! 気味が悪いわね」
左手には斜面に沿って鬱蒼とした茂みが続いている。
しばらく進んだところで突如『ザッ!!』という音と共に丸っこい影が飛び出してくる。
そして影の主は『ドン!』とツインテール桐子を突き飛ばした。
その勢いで桐子の身体が宙を舞った。
「うわッ!」
桐子の細い身体は、狭い山道から外れて崖へ放り出される。
利恵が「桐子さんっ!」と、叫ぶ。
「ヘイッ!」と、ヘレンが手を伸ばすが間に合わない。
まるでスローモーションのように桐子は絶望的な顔で落ちていく。
彼女のツインテールがヒラヒラとなびく。
ぽっちゃり和佳子が「ひっ!」と、顔を手で覆う。
あっという間に桐子は10メートルほど落下して、崖下の大きな岩に後頭部を『グシャッ!』と、打ち付けられた。
「嫌ぁぁ!!」
「NO!」
崖上の4人が絶叫するが、崖下で仰向けに倒れている桐子には届かない。
* * *
薄暗い森の中をモエ、乙葉、野乃花、詩織の4人が一列で歩いている。
グラマー野乃花が、お尻をプリプリさせながら楽観的に言う。
「この先に町があるといいネ」
あがり症の黒髪セミロングの詩織は身を縮めながら頷く。
「お、大きな道路でもいいね。く、車が通るかもしれないし」
だが、森を出た所で目の前に広がっていたのは湿原だった。
へそ出し乙葉がガッカリする。
「なんもないじゃん」
詩織が「だ、だね……」と、シュンとなる。
湿原には何もない。
道らしい道も無く、見渡す限り水をたっぷり含んだ泥と湿った雑草が広がっているだけだ。
ところが、湿原の真ん中辺りになぜか矢倉のようなものが建っていた。
高床式どころか脚が異様に長く、まるで見張り台のようだ。
詩織が左手の方に目を遣って「あっ!」と、声をあげる。
「え? なんや?」と、モエがつられる。
「ほ、ほら! あそこ!」
詩織が指差した先には白い十字架が、ぽつんとある。
「誰のだろ?」と、乙葉の顔が強張る。
モエが呆れたように言う。
「ホンマに、あんなのがあったんやな」
へそ出し乙葉が先頭で走っていく。
詩織、モエ、野乃花がそれに続く。
足元が緩い中を走る4人。
最初に辿り着いた乙葉が目を丸くする。
「やっぱり同じだ!」
モエが十字架を凝視する。
「これが例のお墓かいな……」
十字架には棍棒のような物が立て掛けられている。
「なんやコレ? こんな物騒なもの……」
そう言いながらモエが棍棒に手を伸ばす。
が、手が触れた瞬間に『バチバチッ!』と、強烈な電撃がモエを襲った。
「あちっ!」と、慌てて手を引っ込めるモエ。が、腕が激しく痺れる。
「なんなんこれ? めっちゃビリビリきたで」
詩織が墓標を見て、ため息をつく。
「こ、これは……こ、梢ちゃん以外の人は触らない方がいいみたいね」
「え? なんでや?」
不思議がるモエに、へそ出し乙葉が説明する。
「この武器は持ち主が決まってるらしいの。てことは……」
乙葉が墓標を見る。
そこには『KOZUE』と刻まれている。
グラマー野乃花が人差し指で棍棒を突こうとする。
だが、ビリビリっときて「ひゃん!」と、指を引っ込める。
「ヤバいヨ! これ!」
そう言って野乃花は顔を紅潮させている。
モエが詩織と顔を見合わせる。
「昨日言うてたのは……これのことやったんか」
「そ、そ、そうみたいね」
乙葉が頷く。
「うん。他の人には使えない武器」
詩織が身震いする。
「も、もしかしたら他にも、こんなのがあるかもしれないのね?」
乙葉が、棍棒をチラ見して、やれやれと首を振る。
「たぶん、ね」
モエが気を取り直すように息を吸い込んで、湿原の真ん中あたりに目を向ける。
「ところでアレ」
野乃花が「見張り台?」と、首を傾げる。
「せや。とりあえずあっちも行ってみよか」
なぜこんな開けた場所に見張り台が必要なのか?
4人は矢倉に向かうことにした。
* * *
『山海荘』の立て看板がついた民宿は鉄筋の3階建てだった。
ビジネスホテル風のロビーに船の模型、魚拓、海のパネルが飾ってある。
待合室のソファには玲実、望海、梢の非協力的3人組が座っていた。
少し離れたソファに智世とイリアがそれぞれ座っている。
双子の妹である梢が足をブラブラさせながら言う。
「いいのかな? 私らだけ旅館、移動して?」
お嬢の玲実は気にする風でもなく自慢の巻き髪を弄っている。
「だって嫌でしょ。死体があるとこなんて」
玲実の反応に梢が首を竦める。
「そりゃそうだけど。皆が帰ってきたら何て言うかな」
「知らないわよ。放っておけばいいじゃない」
2人のやり取りをよそに姉の望海が独り言のように言う。
「あーあ。早く誰か見つけてくれないかな。帰りたいよう」
玲実は脚を組み替えながら深くため息をつく。
そしてチラリと智世を見る。
「なんだか喉が渇いたわね」
スケッチブックに何かを描いていた智世がその視線に気付いてビクっとする。
「ね、アンタ、紅茶入れなさいよ」
玲実の命令に智世が困った顔をする。
望海がそれに便乗する。
「私も飲みたーい。お願いね。智世ちゃん!」
玲実と望海はニヤニヤと智美を見る。
気が弱い智世の顔は強張り、スケッチブックを持つ手が震えている。
その様子を横目で見たイリアが怪訝な顔をする。
* * *
山道の崖下では桐子が仰向けに倒れている。
ツインテールの辺りには大量の血が見られる。
桐子を崖下に突き落した影の主は、山道の上に向かって走っていく。
「イノシシ!?」と、愛衣が目を凝らす。
「NO……青い。あんな生き物見たことない……」
委員長の利恵とぽっちゃり和佳子は10メートル近くある崖下を覗き込みながらオロオロしている。
「桐子ちゃーん!」と、和佳子が必死で呼びかける。
すると、倒れていた桐子が、突如むくりと上半身を起こした。
「えっ!?」と、利恵が仰天する。
「いっ!?」と、和佳子も声を失う。
ツインテール桐子は、後頭部をさすりながら顔をしかめている。
「クソ痛ってぇな、オイ」
利恵が驚きながら崖の上から尋ねる。
「き、桐子さんっ! 大丈夫なの!?」
桐子が崖上を見上げながら大きな声で返事する。
「ウン。まだ、ちょっと痛いけど平気。けど、ビックらこいたなぁ、もう!」
ヘレンが崖下の桐子を見て唖然とする。
「……リアリィ?」
アングリ口を開けていたぽっちゃり和佳子が呟く。
「何で平気なの? 確かにグシャって……」
姉御の愛衣も驚きを隠せない。
「後頭部を岩に打ち付けられたのに……あれで平気だなんて」
崖上で唖然とする4人をよそに桐子は元気に立ち上がった。
「悪ィ。ちょっと待ってて! 自力で上がるからさ!」
それを聞いて利恵と和佳子が顔を見合わせる。
崖の下と謎の青い物体が飛び出してきた茂みを交互に眺めていた愛衣が「あっ!」と、声をあげる。
それに気づいたヘレンが愛衣の指差す箇所を見る。そして驚く。
「オウ、あれは!?」
謎の生き物が出てきた茂みの向こうに白い十字架がある。
振り返った和佳子がそれを見て声を出す。
「あ! またあった!」
茂みをかき分けてヘレンと和佳子が十字架に近付く。
十字架にはライフル銃が立て掛けられている。
「ライフル……」と、ヘレンが十字架に顔を近づける。
そして後ずさりした。
なぜなら、墓標には『HELEN』と刻まれていたからだった。
* * *
湿原帯の中央に鎮座する矢倉の下で4人は上を見上げていた。
4本の支柱の上には小さな小屋が乗っている。
そしてそこから縄梯子が、ぶら下がっている。
グラマー野乃花が「高いネ」と、呆れる。
確かに10メートルぐらいはありそうだ。
「上はどうなってるんやろ?」と、モエが見上げる。
「こ、こ、この縄梯子を上るしかないみたいね。う、上に行くには」
モエと詩織の言葉を聞いて、へそ出し乙葉が手を挙げた。
「あ、じゃあ、私が行く!」
野乃花が「大丈夫? 結構、高いヨ?」と、心配する。
「楽勝だよ。田舎育ちを舐めないでよね」
そう言ってへそ出し乙葉はスルスルと縄梯子を上っていく。
スカートの中は下から丸見えで、時におへそを覗かせながら乙葉は不安定な縄梯子を器用に登っていく。
野乃花が口を空けてそれを見上げる。
「すごーい。お猿さんみたい。まるでバナナを得た猿だネ」
その隣で詩織が呆れ顔で突っ込む。
「そ、それをいうなら水を得た魚でしょ……」
乙葉は縄梯子を上りきって小屋に入る。
中はログハウス内部のような部屋になっている。
広さは三畳ぐらいだ。
「へえ、こんな風になってるんだ」
狭い部屋には四方に小窓がついている。
部屋の隅には毛布が丸まっていて食べ物などのゴミが散乱している。
そして木の壁には何か文字が彫られている。
それを見て乙葉が息を飲む。
「なにこれ……」
そこには『絶対生き残る』と書かれていた。
他にも落書きのような汚い字で『殺ス!!』『あと3人』と刻まれている。
ショックを受けた乙葉は手で口元を押さえた。そして何かに気付く。
「これは……」
乙葉が見つけたのは図のようなものだった。
地図のようにも見える。
乙葉はスマホを取り出してそれを写真に収めた。
そして他の落書きも写メに撮ろうとするが、一瞬考えて首を振る。
その表情は何か思いつめたような顔つきだった。