第45話 雪国での衝突
翌日、雪原の小屋を出たところで、ツインテール桐子がヘレンにしつこく意思確認する。
「ヘレン。本当に1人で大丈夫か? やっぱりボク達と行動した方が……」
しかし、ヘレンは頑として首を縦に振らない。
「サンキュー、桐子。でも、貴方達に迷惑をかけることになるから」
ヘレンが何を言わんとしているかは分かっていた。
自分と行動を共にするということは必然的にモエ達に狙われるということだ。
それに一匹狼のヘレンにとっては単独行動の方が性に合っている。
桐子は仕方が無いなといった風に首を竦める。
「分かったよ。これ以上、無理には誘わない」
昼前になって雪は止んだ。
昨夜の降雪で化粧直しした積雪は、雲間から顔を出した太陽の光を浴びて真っ白な肌を大胆に晒していた。
ヘレンは眩しそうに雪原を眺めながら言う。
「昨日、見せて貰った動画。あれは本当のことよ」
そこでヘレンは自らの左肘についた痣を3人に見せる。
そしてその部分を軽く2回タップした。
すると『スパァン!』という音と共に光が広がり、大きな槍が出現した。
さらにヘレンの左腕にはフライパンほどの大きさの盾が付いた防具が装着された。
ヘレンはそれを見せながら言う。
「この防具も同じ。おそらく、あの野乃花って子のものが移ったんだと思う」
桐子が目を丸くしながら呻く。
「すげぇ……てか、マジックみたいだ」
イリアは驚きながらも抑えた口調で尋ねる。
「その槍は、あなたに扱えるの?」
「イエス。見た目ほど重くはないよ」
そう言ってヘレンは槍を右手に持ってブンブン振り回した。
その途中で『ボンッ!』と槍が消え失せた。
ヘレンは右手を見せながら言う。
「この通り、13秒で完全に消えるんだけどね」
確かにヘレンが、槍をどこかにやった訳ではなさそうだ。
彼女の左腕の防具も跡形もなく消えている。
ヘレンが付け加える。
「この防具は有効時間が決まってないみたい。もしかしたら、戦っている時とか集中している間はずっと有効なのかもしれない」
ヘレンの見せたパフォーマンスに3人の目は釘づけになった。
桐子は興奮気味に尋ねる。
「凄いよヘレン! それって連続で使えるのかい?」
「ノウ。もう一度、武器を出すには13秒のインターバルが必要みたい」
桐子は「そうなのか。なるほどねぇ」と、感心する。
イリアがヘレンの顔を見ながら尋ねる。
「ねえ、能力も移るっていうのは本当なの?」
「イエス。多分、事実だと思う」
桐子は顔を強張らせながら聞く。
「まさか、それも体験済みだってことかい?」
桐子の問いにヘレンは少し考えるような素振りをみせた。
そして首を捻る。
「断言は出来ないわ。あの野乃花って子の能力が何だったのか分からないから。もともとの私の能力は、暗闇でも目が見えるものだったわ」
武器の所有権が移転することはヘレンによって実証された。
そして恐らく、能力についても同様の事がいえるに違いない。
ヘレンはリュックとライフルを背負ってから「そろそろ行くわ」と、ビニールシートを身体に巻いた。
桐子がじっとヘレンの目を見て言う。
「ヘレン。死ぬなよ……」
ヘレンはフッと笑って応える。
「オフコース。ユー達もね」
その笑みは穏やかなようでいて決意を秘めたもののようにも見えた。
* * *
昨夜、梢が何者かに襲撃されたこと。
それがあったので、お嬢様の玲実と双子の望海と梢は、午前中の探索は武器を携帯しながら慎重に行った。
新しい家に入る際には双剣を手にした望海が先陣を切って中の様子を伺う。
梢は電撃を出せる棍棒を握り締めながら望海の背後にぴったりついて姉をサポートする。
飛び道具を持つ玲実は少し距離を置いて2人の背後を守るように周囲を警戒する。
家屋内でも油断は出来なかった。
いつどこで襲われるやもしれないのだ。
昨夜、暗闇で梢を襲った暴漢が潜んでいる可能性を考慮すれば、いつでも反撃できるようにしておかなくてはならない。
そのせいで探索は捗らなかった。
2軒廻っただけで望海が音を上げる。
「もう駄目! マジで疲れる」
玲実も疲れ切った表情で、こめかみを押さえる。
「同感ね。この調子だと精神的に参ってしまうわ……」
梢は大きな溜息をついて頷く。
「だよね。ずっと緊張しっぱなしだもん」
次に探索する予定だった家の方向を見ながら望海が唸る。
「うーん。この状況で家探しを続けるのはやっぱ危険かもね」
梢は自分の肩を揉みながら頷く。
「そうだね。待ち伏せされてるかもしれないし」
それを受けて望海が舌打ちする。
「ちっ。敵の正体が分からないってのが厄介ね……」
と、その時、玲実が「しっ!」と、2人の会話を遮る。
そして急にその場に屈み込むと双子にも頭を下げるようジェスチャーで指示した。
望海と梢は首を傾げながらそれに従う。
玲実は植込みのてっぺんから、ちょこんと顔を出して前方を覗き見した。
そして小声で「あっち」と、指差した。
望海と梢もそれにならって前方の様子を探る。
その直後、望海が「あ」と、声を上げそうになって慌てて手で口を押さえる。
前方には人影が認められた。
それは探索を続ける利恵達だった。
委員長の利恵と姉御の愛衣は会話をしながら並んで歩いている。
その後ろを、ぽっちゃり和佳子がトボトボついて行くのが見える。
梢が「メガネの子と姉御の人だ……」と、呟く。
そこで玲実と望海が同時に息を飲んだ。
なぜなら2人とも利恵の手に大きなハンマーが握られているのを発見したからだ。
望海はポカンと口を開けた状態で玲実の顔を見る。
玲実は望海の考えを理解しているといった風に頷く。
望海が小声で断定する。
「あの武器……間違いないね」
玲実も険しい顔つきで昨夜の状況を思い出す。
「あのハンマーの形……たぶん書斎にあった丸い傷と一致するはずよ」
望海は冷めた口調で言う。
「あのブタ女も居る。今なら3対3。あっちは気付いてない」
玲実は望海の言葉を黙って聞きながら唇を噛む。
梢は2人のやりとりをハラハラしながら見守ることしかできない。
望海がゴクリと唾を飲む。
そして「やる?」と、尋ねた。
するとその一言で玲実が動き出した。
彼女は中腰でゆっくりと植込みの向こう側に移動した。
望海もそれに続く。
道路に出て玲実がグレネード・ランチャーを構える。
利恵達との距離は約30メートル。
玲実は狙いを定めると躊躇うことなくグレネード弾を発射した。
『ボシュッ!』と、音がして弾が飛んでいく。
音に気付いた利恵がこちらに目を向ける。
それと同時に利恵達の手前にあった壁で『バーン!』と、小爆発が巻き起こった。
「きゃっ!!」と、利恵の身体が一瞬、浮いて投げ飛ばされる。
和佳子は「ぎゃっ!!」と、短く絶叫して仰向けに倒れる。
愛衣は腕に建物の破片を受けながら大きくよろめいた。
それを見て望海が「外れた!?」と、上ずった声をあげる。
だが、玲実は「いいえ。わざとよ」と、望海に目配せする。
望海は残念そうに言う。
「なんで? 当てちゃえば良かったのに!」
玲実はすまし顔で答える。
「今のは警告よ。昨夜の犯人と決まったわけじゃないから」
一方、玲実達の存在に気付いた利恵は体勢を整えようとした。
利恵は眼鏡の位置を直しながらこちらを凝視している。
愛衣はかなり驚いた様子で目を凝らしている。
そんな中で苦痛に顔を歪めながら和佳子が立ち上がる。
そして爆発に驚いて落としてしまったトライデントを拾い上げると「あんたたちぃぃ!!」と、叫びながら物凄い形相で玲実達のいる方向に走ってきた。
それを見て望海は「望むところよ」と、玲実の前に進み出ると、交差していた双剣を切り離して左右の手で持つ。
そして、軽く振った剣先で凍てついた空気を『シャッ!』と、裂いた。
トライデントを逆手に持って掲げ、雪を踏みながら突進してくる和佳子。
望海は左右の手に剣を持って迎撃しようとする。
和佳子は望海の目の前まで接近すると「あああっ!」と、長めのリーチで鉾先を横に振った。
望海は一歩下がって鉾先の軌道を躱す。
「ふざけんなぁ!!」と、和佳子は鉾で細かい突きを繰り出す。
それに対して望海は、和佳子の突きを躱しながら、回り込むような形で間合いを詰める。
そして右手の剣で和佳子のボディを狙って斬りつけた。
だが、和佳子も半歩下がって刃先を空振りさせると、鉾を振って望海を遠ざけようとする。
望海は「危なっ!!」と、バックステップで再び間合いを取る。
「死ねっ!!」と、追い討ち気味に和佳子の突きが望海の顔面付近に伸びてくる。
それを左に流れながら屈んで躱す望海。
だが、和佳子は空を切った鉾先を剣道の面打ちのように「きえぇぇい!!」と、振り下した。
それはサーベルタイガーとの戦いで習得したフェイントだ。
「なっ!?」と、望海が咄嗟に左手の剣を掲げて鉾を受ける。
『ガキィッ!』と、嫌な金属音が生じて鉾と剣が接触する!
しかし、望海は片手で支えるのは無理とみて、即座に右手の剣を添えると剣をクロスさせて挟み込むような形で鉾先を受け止める。
上から押し込む和佳子。
下から持ち上げる望海。
和佳子は「ぎっ、ぐぅぅ……」と、なおも力任せに振り下そうと力む。
「お、重っ……」と、望海の顔が歪む。
そして梢に向かって怒鳴った。
「梢!! 早くっ!」
だが、望海の目に映ったのは梢の棒立ちの姿だった。
「な!? 何やってんの! 今よ!!」
望海の言葉は耳に届いているはずだ。
しかし、梢は怯えたように棍棒を両手で抱えてこちらを見ているだけだ。
望海は「あのバカっ!!」と、吐き捨てると、援護を諦めて和佳子を睨みつける。
そして、フッと膝の力を抜くと、押し返すのを止めてしまった。
急に抵抗力が消え失せたので和佳子がバランスを崩す。
振り下そうとした鉾先が空を切って雪に叩きつけられる。
そこで和佳子が驚く。
「え!? 消えた!?」
和佳子には一瞬、望海の姿が消えたように見えた。
だが、実際には、望海は軽い身のこなしで回転しながら体勢を整え、高速で和佳子の死角に入ったのだ。
そして、左右の剣で和佳子の鉾を『カ、カーン!』と、立て続けに打ちつけた。
さらに和佳子の懐に潜り込むと腹に前蹴りを食らわせてから3歩下がった。
それらの動きは一瞬の出来事だった。
和佳子は望海のスピードに「速っ!?」と、驚愕した。
和佳子には望海の動きがサーベルタイガーよりも速く感じられた。
その証拠に、蹴られた腹部の痛みを知覚し始めた時には既に望海は数歩離れた位置で次の攻撃に備えている。
恐ろしく俊敏な動きを見せた望海は興奮している。
「なにコレ……超ヤバい! すっごく速く動ける!」
望海は大きく頷くと剣を構えてダッシュする。
右の剣で突き、ワンテンポ遅れて左の剣で横斬りを繰り出す。
が、そのコンボは、先ほどの動きほど鋭いものではない。
和佳子は右へのステップで難なく望海の突進を躱す。
交わされた望海は「あれ?」と、思ったのと違うといった表情を見せる。
和佳子も拍子抜けしたような顔を見せる。
望海は剣を構えながら「どういうこと?」と、困惑した。
今の攻撃はイメージしていたものと違う。
圧倒的なスピードで攻めたつもりが、あっさりと躱されてしまった。
ちょうどその頃、少し離れた場所で和佳子を追ってきた委員長の利恵とお嬢様の玲実が揉みあっていた。
利恵は和佳子を止めるつもりで駆け付けたのだが、玲実がグレネード弾で和佳子を撃とうとするのを見て、体当たりでそれを阻止したのだ。
雪まみれの玲実が利恵に向かって叫ぶ。
「卑怯者! 闇討ちなんて最低よ!」
利恵は何のことか分からずに怒鳴り返す。
「何のことよ! 言いがかりはよしてっ!」
玲実はグレネード・ランチャーを両手で持って振り回す。
それを避けようとした利恵がバランスを崩したのを見て、玲実はドンと利恵を突き飛ばした。
「きゃっ!」と、利恵が雪の上を転がる。
玲実はすぐさま、ぽっちゃり和佳子達の方向に向き直ると「どいて! 望海ちゃん!!」と、叫ぶ。
玲実のグレネードが自分に向けられているのを察知した和佳子が「うぉぉ!!」と、唸り声をあげて鉾を投げる。
『ドンッ!』と、放たれたグレネード弾。
『ビュンッ!』と、一直線に飛ぶトライデント。
『バーン!』という破裂音と共に和佳子の身体が不自然な方向に弾かれた。
巻き添えで爆風を受けた望海が「ひえっ!!」と、雪の上を転がる。
一方の玲実はグレネード・ランチャーを構えたまま目を見開いて固まっている。
その頬には一筋の鮮血が付着していた。
その傷は和佳子の放ったトライデントが玲実の顔を掠めた時に出来たものだった。
トライデントは玲実の後ろにあった民家の壁に突き刺さっている。
眼鏡が外れた利恵がバッと起き上がって「和佳子さんっ!」と、爆発現場に駆け寄る。
梢が望海に駆け寄る。
「お姉ちゃん! 大丈夫?」
近距離で爆風を受けてしまった望海はゆっくり上体を起こす。
梢が手を貸して望海を立たせてやる。
望海は「サイアク……」と、ぐったりした様子で梢にもたれ掛かる。
「行くよ、お姉ちゃん」
梢はその場から離れたい一心で姉を支えながら必死で逃げだした。
その途中で玲実にも声を掛ける。
「玲実ちゃんも早く!」
梢の声掛けに玲実が我にかえる。
そして前方の惨劇をチラ見すると「ひ、ひぃぃ!!」と、奇声を発しながら梢と望海を押しのけるように逃亡した。




